博麗美琴の日常
これは外の世界で暮らす少女の話。
静かな部屋に朝日が差し込み、外からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そんな部屋のベッドで、一人の少女が静かに目を開く。
少女の名は博麗美琴。
外の博麗神社を管理する巫女であり、幻想郷を知る数少ない人物の一人である。
ベッドから降りた美琴は背伸びをすると、窓を開けて空を眺める。
爽やかな空気が部屋の中に入るのを感じながら、よく晴れた青空を見上げた。
雲一つない空を満足げに眺めた後、部屋を出て洗面や歯磨きを済ませ、リビングで朝食の準備をする。
彼女の両親の朝は早く、彼女が起床する頃には既に仕事に出かけている。
夜はそこそこ早い時間に帰ってくるのだが、家族揃っての食事は滅多にない。
壁にかかったカレンダーに目をやると、今日の日付には赤い丸がついていた。
これは彼女が修業を行う日を意味しており、学校が終わった放課後に神社で彩花やリンと修業をするのが彼女の日課であった。
「──ん、美味しい」
自分で作った朝食を満足げに平らげた美琴は片付けを済ませ、再び自室に入ると、壁にかかっている自らの学校の制服を手に取る。
制服に着替え、時間割を確認し、忘れ物がないかを確認する。
「……午後から英語があるわね」
彼女にとっての苦手教科である英語の授業があるのを確認すると、思わず顔をしかめてしまう。
最近、英語の担当である女性教諭は居眠りをする生徒に対して宿題を倍にするという対策を取り始めた。
居眠り常習犯である美琴は勿論反対したが、そこは教員と生徒の関係だからかあっさりと彼女の意見は却下され、無表情ながらも舌打ちしたのは記憶に新しい。
ちなみに、思わず札を取り出して本気で呪いを掛けようとした事は秘密である。
けだるい気持ちのまま学校へと登校した私は、友人達への挨拶も程々に自分の席へと歩むと、HRが始まるまでの間、頭の中で桜花さんや霊夢に教えてもらった術式の確認をする。
今のところ使える術式は博麗の基本形である『夢想封印』と『封魔陣』の二つだけだ。
二つともまだまだ鍛練が必要で、最近やっとまともな形で使えるようになったレベルでしかない。
桜花曰く、「千日の稽古を『鍛』とし、万日の稽古を『練』とする」らしい。
つまりは日々の精進を忘れるな、という事だ。
そんなわけで、私は暇さえあれば術式の確認や、新しい術式の構築を行っている。
術式の構築はパズルと数式の計算をしているみたいで中々に楽しい。
いつか新しい術式を組み立て、私だけの新しい術を作りたいものだ。
桜花さんは褒めてくれるだろうか……。
思わず頬が緩みそうになるのを我慢しつつ、私は教室に入ってきた担任に意識を向けるのだった。
「美琴、あんた最近数学と国語の成績凄くいいわね」
「……そうかしら?」
昼休みに屋上で幼馴染みの志穂と弁当を食べていた時、彼女は唐突にそんな事を言い出した。
その二つに詳しい理由はきっと術式を習い始めたからだろう。
なんといっても大学で教わる様な複雑な式を頭の中で組み立てるのである。高校の数学の問題などあっという間である。
その後は相変わらず眠たい英語の授業を受け、いつものように居眠りを注意された。
まぁ、最近は数学や国語を解くのが楽になったから、その分の勉強時間を英語に費やしているので、今までよりは英語の成績もいい。
そのおかげなのかは知らないが、なんとか宿題が増えるのは避けられた。
そのまま次の授業も終わって帰宅の準備をすると、志穂達と別れてそのまま帰路につく。
勿論、そのまま帰宅するのではなくて、家の裏を通り神社へと向かう。
今日は修業の日なのでしっかりと持ち物を確認する。
札と陰陽玉が鞄に入っているのを確認すると、神社へ続く階段を見上げた。
もう何度も足を運んだ神社へと続くこの階段。
一段目に足をかけ、二段目を踏む前に私の体はふわりと宙に浮いた。
ポケットからラムネの飴玉をとりだして口に放り込む。
コロコロと口の中で転がしながら辺りを確認。
人がいないのを確認すると一気に神社を目指して加速した。
◇◇◇◇◇◇
神社は相変わらず多少廃れているが今までより力を入れて掃除をしているからか、以前よりもだいぶ綺麗になっている。
今まで落ち葉が大量に入り込んでいた賽銭箱の前に座り込みながら今日は誰が来るのかを考えていた。
私の鍛練を指導してくれるのは大抵、桜花さんか彩花さん、もしくは霊夢。たまに紫もやって来る。
桜花さんは優しく丁寧に術式の構築に必要な霊力の使い方を教えてくれる。
彩花さんはあまり喋らないが、お手本を交えながら力の流れを判りやすく見える様にして教えてくれる。所謂、見て覚えろといった感じだ。
霊夢は歳が近い事もあって時には雑談を交えながらも博麗の術を教えてくれる。
説明が苦手なため彩花さんと似て見本を見せて覚えさせるタイプである。
紫はスペルカードについてや、幻想郷の歴史を教えてくれる。
今日は誰が来るんだろう。楽しみだな。
それから暫くして、私の視界にスキマが開き綺麗な金色の髪と尻尾を持つ美女が出てくるのが映った。
「……あれ、藍さん?」
「久しぶりだな、美琴」
金髪の美女───八雲藍は微笑みながら私の前に歩いてきた。
「今日は藍さんが私の修行を見てくれるの?」
「いや、そうじゃないんだ。……急用ができて皆来られなくなったのでその事を伝えに来たんだ」
私は少し残念に思ったが、皆幻想郷に必要な人物達だ。無理を言ってまで私につきあう必要はないだろう。
「わかりました。皆さんによろしく伝えてね」
「わかった。すまないな……では」
そう言ってスキマに入っていく藍さんを見送り、私は時計を確認する。
17時か……時間が余っちゃったわね。
仕方ない、今日は適当に商店街で時間をつぶしてから帰るとしましょう。
新たな飴玉を口に放り込むと、私は階段を下りて商店街へと向かった。
数十分後、とある人物と出会う事なんて知らずに。