Stage2
鈴蘭畑の真ん中で彼女は目覚めた。
捨てられた彼女はついに妖怪になった。
誰もいない鈴蘭畑の真ん中で。
どこまでも、孤独なまま───
Stage2
『孤独で小さな毒人形』
現在地‐『無名の丘』‐
◇◇◇◇◇◇
‐桜花Side‐
妖怪の山とは正反対の方向に低い山があり、その中腹に大量の鈴蘭が咲く草原が人里から隠される様に存在する。
この場所は博麗大結界ができる以前は間引きの現場だったのだという。
私自身、間引きの様子を見た事がないので確認はしていない。しかし、阿求の持つ資料に書いてあったので、まず間違いないだろう。
そんな暗い過去があってか、今は誰もここに近寄る人間はいない。いつの間にか妖怪さえ近寄らなくなり、幻想郷に在りながら忘れ去られた場所、文字通り『無名』の丘となってしまった。
そんな場所でも妖精や幽霊等はちらほらと現れるので、時折様子を見に来る事がある。
妖精はともかく、幽霊は長くここに留まると後々悪霊になってしまうのである。
普通はそうなる前に死神が回収にやって来るのだが、生憎幻想郷の死神はサボり癖があるので、私自身が見に来ないとどうも落ち着かない。
まぁ、そんな訳で……私が鈴蘭畑を眺めながら低空飛行を行っていた時である。
突然、私の目の前に無数の弾幕が撃ち出されたのは。
「───」
勢いよく体を捻りながら弾幕が薄いスペースを探し、移動する。
よく見れば弾幕そのものはそこまで密度が高いわけでもないし、威力も小さい。
あれなら当たっても大したダメージにはならないだろう。
「あらら、外したみたいね……」
眼下から聞こえた声に視線を向ければ、可愛らしい少女がこちらを見上げていた。
毒性のある鈴蘭のど真ん中に立ちながらも一切の不調を見せないその振る舞い。人間でないのは明白だろう。
赤いリボンが結ばれたショートヘアーの金髪に、可愛らしいドレス姿。
正に人形の様な少女。と、いうのがしっくりくる姿だ。
それもそのはず。彼女は正真正銘、人形だからである。
彼女の名前は「メディスン・メランコリー」
無名の丘に捨てられた人形が、時を経て妖怪に成長したものである。
生まれたばかりでまだ世間に疎いが、人間に捨てられた記憶が残っているのか、人間を酷く嫌っている。
また『毒を操る程度の能力』を持ち、鈴蘭の毒をはじめとした様々な毒を操る力を持っているので、毒に対抗できる力を持たないと大変危険な妖怪だ。
「いきなり攻撃してくるなんて酷いわね」
「ふん、どうせまたこの辺りにいらないものでも捨てようとしてるんでしょ!!」
私の問いに答えた彼女は地だんだを踏みながらこちらを見上げている。
どうやら私がここにものを捨てに来たと勘違いしているようだ。
彼女自身も捨てられた人形なので何か思うところがあるのだろう。
しかし、私に簡単に突っ掛かってくる神経には感服する。
自惚れている訳ではないが、妖怪の世界は基本的に弱肉強食である。
力の弱い妖怪が強い妖怪に喧嘩を仕掛ける事など滅多にないし、強い妖怪もわざわざ弱い相手に手を出す様な事はしない。
そんな中でも幻想郷のトップに立つ私や紫、チルノや幽香といった面子と望んで戦う者等今までいなかった。
それを平気でやるという事は───彼女がまだ世間のルールを知らないということだ。
恐怖を知らない幼い心。───だが、それ故に恐ろしい事もある。どんな相手にも全力で向かい、手加減というものを知らないからである。
彼女がもし今のまま人里に降りてしまえば簡単に人間を殺してしまう可能性だってあるのだ。
そうすれば幻想郷のバランスを崩す因子を排除するために紫が動く可能性がある。彼女が動けば生まれたばかりのメディスンなど瞬殺である。
ここは彼女の成長を促すためにも、圧倒的な強さというものを教えてあげる必要があるだろう。
「───そこの貴女」
「……何よ!!」
まだ私を睨んだままの彼女に一応確認の為に問い掛ける。
私の事を知っているのかどうか……その問いに彼女は視線を変えずに答えた。
「知らないわよ、あんたなんか」
「………そう」
ざわり、と私の背後にあった尻尾の数が一気に増える。
その数は十。 九尾をも越えるその尾の数と私から溢れ出る妖力を感じ取り、メディスンが一気に顔色を変えた。
小さく引き攣った叫び声を出したメディスンは真っ青な顔で後ずさる。
自分では敵わないと漸く覚ったのだろう。小さな体を震わせながら走り出そうとするが、その場にあった石に躓いて尻餅をついた。
私は無表情のまま彼女へと手を伸ばす。
「───ぁ、ぃや、嫌ぁぁぁあああ!!」
彼女は私が何か危害を加える事をしようとしていると思ったのか、ろくに狙いもつけずに弾幕をばらまいてきた。
当然そんな弾幕に被弾する私ではない。最小限の動きで全て避けると、彼女へと徐々に近づいていく。
すると、彼女は弾幕だけでは効果がないと考えたのか体に妖力を纏い始めた。
「スーさん、力を貸して!! コンパロコンパロ、毒よ集まれ────」
メディスンから溢れ出る妖力に誘われ、周りの鈴蘭から毒が集まってくる。
見るからに毒々しい紫色に染まった霧の様なものが私へと放たれ、一斉にまとわりついてくる。
「こ、これなら───」
無言で私が腕を振り、煙を払う様な動作をすると、纏わり付いていた毒が拒絶されて跡形もなく霧散した。
「────」
メディスンが信じられないという顔で呆然としているうちに私は弾幕を一つだけ作りだし、彼女の頬を掠る様に撃ち出す。
弾幕は彼女の頬を掠ると、背後の鈴蘭畑に小さなクレーターを作り出した。
ゆっくりとした動作でそれを確認したメディスンは、今度こそ完全に戦意を喪失したのか、その場によろよろと力無くへたりこむ。
私が彼女の目の前まで歩いてくると、彼女は呆然とこちらを見上げていた。
抵抗することも諦めたらしく、その目に光はない。ただ、これからの運命を受け入れるつもりなのだろう。
だから、私は彼女を───
───優しく抱きしめた。
「───え?」
困惑した様子の彼女から小さく声が漏れた。
こうして抱きしめてみると判るが、メディスンは凄く小さい。
元が人形というのもそうだが、彼女はまだ若いのである。
存在が小さい、と言うべきか………私と比べたらコップに入った水と霧の湖を比べるくらいの差がある。
そんな若い芽を早々摘み取る様な事はしたくない。
「は、離して──」
「嫌よ」
嫌がるメディスンの言葉をばっさりと切り捨てる。
それから彼女の頭をゆっくりと撫でる。ふわふわとしていてとても気持ちがいい。
「──いい? 今回は私だったから良かったけど、時には問答無用で殺される場合だってあるのよ?」
「…………」
「貴女は世間を知らな過ぎる。ここを離れて世界を見なさい。そして、学びなさい。まずはそこからよ」
「でも……私は………人間が……嫌い」
ゆっくりと体を離すと、メディスンは俯いたまま小さく震えていた。
もう一度、彼女の頭をゆっくりと撫でる。
「じゃあ、私の所に遊びに来るといいわ」
「……?」
俯いていた彼女が顔を上げる。
私はにっこりと笑いかけながら立ち上がる。
「私はご覧の通り貴女と同じ妖怪よ。それでも、私は人間と一緒に暮らしてる。その様子を、貴女に見せてあげたい」
「…………」
「人間も、全てが悪い人達じゃない。私と一緒に、その様子をを見てみない?」
そう言って手を差し出す。
「────」
彼女は一瞬、戸惑う様に息を詰まらせたが、怖ず怖ずと私の手に自分の手を重ねた。
その手を握り返して、彼女の小さな体を引き寄せて抱え上げる。
彼女は突然の出来事にビクリ、と体を震わせたが、私は彼女を抱いたまま鈴蘭畑を歩いて行く。
そして、無名の丘の鈴蘭が無くなり、草原になる境界までやって来た。
メディスンが小さい手で私の服を強く握る。
彼女はこの場所から出た事がない。だから世間を知らないし、孤独だったのだ。
……なら、私が彼女を連れ出す役割を担おう。
「大丈夫よ、心配しないで」
「………」
「きっと、友達もいっぱいできるわよ」
「………本当?」
「ええ、私は嘘はつかないわ」
一歩、鈴蘭畑から踏み出した。
幻想郷から忘れられた陰の場所──無名の丘。
そこから今日、一人の少女が光のもとに歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
Stage Clear!!
少女祈祷中……
間を開けて申し訳ないです。なかなか執筆する暇がなくて……(汗)
さて、急いで次を執筆しなければ……