Stage1
風神少女は舞い踊る。
風を纏い、空を駆ける。
その姿は正に幻想の如く美しい。
Stage1
『風神少女、再び』
◇◇◇◇◇◇
‐魔法の森・上空‐
‐桜花Side‐
──幻想郷が蘇生する。
これはつまり、冬から春になり、雪に閉ざされた幻想郷が新たな年を迎えて再び賑やかになる事である。
桜の花が咲き、妖精達が騒ぎ出し、人里にも活気が満ちる。
ところが、今年の幻想郷は違った。
季節を問わず様々な花が咲き乱れているのである。
桜は勿論、向日葵、野菊に桔梗……。
一部の者達はこれを異変だと思い、行動を開始している。
しかし、実はこの事態は正しくは異変ではない。
これは六十年周期で起こる博麗大結界の緩みが引き起こす現象なのだ。
そのため、今回ばかりは霊夢の勘も働かないに違いない。私が霊夢について行かなかったのもこれが理由だ。
……さて、まず私は幻想郷で何か騒動が起きていないかの見回りをする事にした。
結界の緩みによって不安定な力が流れ、妖精達が活発に悪戯をしていたり、妖怪が人間を襲う可能性もある。
「ここは異常なし、っと……」
特に妖精や妖怪も暴れていないし、やたらめったらにマスパが撃たれているわけでもない。
私が移動しようとした時、突然突風が私の真横を掠める様に吹き荒れる。
同時に視界に映る黒い翼。
「あやややや、見つけましたよ桜花様!!」
「あら、文じゃない。久しぶりね」
右手に葉団扇を、左手にカメラを携え、いつもの白いシャツに黒いスカート姿で鴉天狗の少女──射命丸文は微笑んだ。
おそらく私を探して飛び回っていたのだろう。彼女の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「桜花様、見てくださいよ。 異変ですよ、異変!! これはネタになります!!」
どうやら真矢譲りの取材癖が発揮された様で、彼女は目を輝かせながらメモ帳を取り出すと私に迫ってきた。
その時の文のスピードは普段の三倍は速いであろう速度だった。
「桜花様、何かこの異変で知っている事があれば教えてください!!」
「え、えぇ……いいけど……」
あまりにも彼女のテンションが高いので少し引いてしまったが、彼女の記者魂の成せる技なのかその間を一瞬で詰めてきた。
……今のは私にも見えなかった。恐るべき速さ……いや、執念である。
「じゃあ、私と勝負しましょう。修行の成果を見てあげるわ。それで話すかどうか判断するから」
「わかりました!!」
即答する文に苦笑いしながら私は構えると、思考を戦闘の為のものに切り替える。
文は気持ちが盛り上がってハイになっているため、普段以上の力を発揮する可能性がある。
「では……いきます!!」
文は葉団扇を構えると、その場で体を捩る様に一回転させる。
そして次の瞬間、彼女は体をもとに戻す勢いのまま、葉団扇を振り抜く。
押し出された風は見事に刃の形をしてこちらに向かって来る。
形もしっかりしていて、私でも直撃すれば怪我をするだろう。
だが、それ以上に刃の数に驚いた。
向かって来る風の刃の数は少なくとも三十を越えている。
前回の戦いから半年程しか経っていないにも関わらず、これ程の力をつけるなんて……。
いやはや、末恐ろしい子である。
「だけど、甘いよ」
そう、私にはまだまだ届かない。
爪に妖力を込めて一閃。
私に直撃するものだけを一気に薙ぎ払う。
文は結果が解っていたのか特に驚いた様子はない。
ただ、頬に一筋の冷汗が流れていた。
「さすが……ですね」
葉団扇を再び構えながら彼女は笑う。
私もそれに笑顔で答える。
「勿論よ。私がしっかりしなきゃ幻想郷が危ないのだから」
「──っ!?」
一瞬で文の隣に移動して頬に伝う汗を舌でペろりと舐め取る。
ビクリ、と肩を震わせた文はすぐに振り向きながら葉団扇を振り抜くが、もうそこに私はいない。
文は一度大きく深呼吸をすると、目を細めて構える。
先程までの好奇心に輝いていた目とは違う鋭い目だ。
「落ち着いたようね」
「えぇ、桜花様相手に軽い気持ちで挑んでいた数分前の自分を吹き飛ばしたい気分です」
スペルカードを取り出しつつ、文は顔をしかめた。
異変の発生で記者としての血が騒ぐのも判るけど、そのせいで目の前の状況を判断できないようでは生きてはいけない。
……いや、今はそれでも生きていけるのだ。
私やチルノや永琳や紫が生きてきた万を越える年月の中で体験した闘争に比べたら、今の幻想郷はとても優しい。
昔は“負け”は“死”と同意義だった。
月に住む月の民が地上にいた頃、彼らは妖怪と争い──負けた。
その時の……あの崩壊した街の光景を、私は今でも鮮明に思い出せる。
力が無いために犠牲になった一般人達もいた。
私の義妹も……あの戦いで一度死んでいる。
強くなれとは言わない。
でも、せめて自分の身を守れる力は持ってほしい。
「さぁ、文。今の貴女の力を見せてみなさい」
─蒼神「夢想封印・蒼」
蒼い光弾が私の周りに展開される。
相手が何であろうと問答無用で封印する博麗の奥義。
私が初代の巫女と完成させ、最も得意とする技。
─疾風「風神少女」
それに対する文のスペルは、正に彼女自身をスペルとしたかの様な技だった。
無数の風の刃と、それに続いて放たれる竜巻。
流石は真矢の孫と言うべきか。魔法の森が根こそぎ無くなる程の巨大な竜巻を文は完全に制御していた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
雄叫びをあげながら彼女の風は放たれた。
いくら私といえど、あの竜巻に巻き込まれたらただではすまないだろう。
腕や脚の一本でも無くすかもしれない。
──でも……足りないよ、文。
「打ち砕け」
私が腕を振り上げると、周りに浮いていた光弾が一斉に放たれた。
光弾は竜巻に真っ正面からぶつかり、あっという間に勢いを削っていく。
威力、スピード、バランス……どれも悪くはないけれど……。
「まだ、本気の私には程遠いわよ。──そして……」
その場で半歩だけ身体を動かす。
すると、私が今立っていた場所に葉団扇を突き出して飛び込む少女。
「──なっ!?」
驚愕に目を見開く文と、それを見下ろす私の視線が交際する。
「──私に、二度も同じ手は通じない」
彼女の身体を下から蹴り上げ、浮いた身体を掴んで森の中へと投げ飛ばす。
ドゴンッ、と鈍い音が響き、木々が二、三本折れて倒れる中に私も迷わず急降下した。
「がっ……は…ぁ……」
地面に叩きつけられた文の上に跨がり、首筋に爪を突き付ける。
「はい、私の勝ち」
「げほっ……ま、参り、ました……」
……文には強くなってほしい。
かつての闘争で、自分に力がない事で悩み、心身共に傷ついた真矢の様になってほしくない。
彼女が弱かった自分を捨て……親友を、家族を、全てを護れるように、天魔と呼ばれるまで努力した“強さ”の事を誰も知らない。
だから、彼女の孫である文には知ってほしい。
この幻想郷で最強と呼ばれる者達の力を……。
そして、文にはそこに辿り着ける素質がある事も。
「あややや……流石は桜花様ですね。私もまだまだ修行が足りません」
「うん、そうだね。でも、今日のところは合格かな」
文を助け起こし、服に着いた土埃を払いながら私は笑った。
そして、今回の反省点と異変の真相を教える。
異変の真相を知った文は複雑そうな顔をすると、記事にすると呪われそうですね、なんて言って笑っていた。
彼女もいつか真矢の様に自らの子供に伝えなければならない“強さ”を見つける事ができるといいな、とそんな事を私は思っていた。
◇◇◇◇◇◇
Stage Clear!!
……少女祈祷中
だいぶ間が空いてしまい、すいません。
忙しくて執筆する暇が無かったんです。
今回の話はこれから始まる戦いの開戦を意識して短く、軽く書きました。
決して……テヌキデハナイデスヨ?