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東方~青狼伝~  作者: 白夜
幕間
81/112

外の世界・下


 少女は幻想をかいま見る。


 それが少女にとって良い結果となるのか、それとも逆になるのか……


 それは本人にしかわからない。



 



「………」



 外の世界の町の遥か上空で、一人の巫女が呆然と景色を眺めていた。



「どう? これが外の世界よ」



 隣にいる桜花が霊夢へと問い掛ける。

 霊夢は地上の町並みを見ながら横目で桜花を視界に入れると、顔をしかめた。



「何よ、この文明の発展具合は……。妖怪の山の河童達よりも全然上じゃない」


「そうね……でも、幻想郷の文明は発展させない方がいいの」


「……外の世界の二の舞になるから?」


「……ええ」



 霊夢はビルが建ち並ぶ地上を見て、ゆっくりと目を閉じる。

 何かを探っているのだろうと、桜花は黙ってそれを見守る。



「……なんてこと」



 霊夢はそう呟くと目を開き、桜花の方に向き直る。



「何よ、これ……妖精や妖怪の気配なんて、ほんの少ししか感じないじゃないの!!」



 そう、外の世界にはもう力のある妖怪が僅かに残っている程度で、大半は消滅するか、幻想となり幻想郷へと移住している。



「いい、霊夢……よく見ておきなさい。これが人間の可能性。……そして、それに置いていかれた妖怪達が住めなくなった世界よ」



 霊夢は少し俯いて振り返る。



「なんか、寂しい世界ね」


「……えぇ、そうよね」



 桜花は空を見上げて小さく息を吐く。



「──ん?」



 すると、何か黒い物体がふわふわと空に浮かんでいる事に気が付いた。

 ふわふわと浮かぶ物体は霊魂のようだが、普通のものとは違い色がどす黒く、不気味だった。



「(あれは……悪霊になりかけている?)」


 桜花がそう思った瞬間、黒い物体がもう一つ現れた。



「───っ!?」



 一つ、また一つと増えていく黒い霊魂は、まるで雨雲の様に巨大な形を取る。



「な、何よ……あれ」



 霊夢も気づいたのか、空を見上げて唖然としている。


 やがて、その黒い雲はゆっくりと動き出した。

 その雲が向かう先は───



「──博麗神社!?」



 霊夢と桜花は顔を見合わせると、全速力で神社へと向かって飛び出した。




◇◇◇◇◇◇




‐美琴Side‐



 私の目の前にいる“自称”妖怪の八雲紫は自己紹介を終えると、ニヤニヤと胡散臭い笑顔を浮かべながら私を見据えている。


 妖怪、ねぇ……



「妖怪なんて……」


「いるはずない、なんて事はないわよ」



 私の言葉に被せる様に話す八雲紫に、僅かに苛立ちを感じた私は彼女を睨みつける。



「あら怖い、怖い」



 しかし、彼女は笑ってそれを受け流す。

 更に怒りが沸き上がるが、表情には出さずに我慢する。



「あらあら、怒らせてしまったかしら?」


「………」


「ふふ、あんな小さかった子がこんなに大きくなるなんてね」


「……何の話よ」



 今の発言からしてどうやら私の事を知っているらしいが、私には彼女と出会った記憶はない。


 すると、紫はポケットから飴玉を取り出した。

 それは、いつも私が持ち歩くラムネ味の飴玉だった。



「覚えていないかしら? 私は昔、此処で貴女にこの飴玉をあげたのだけれど」


「──ぁ」



 その記憶は私の記憶にある出来事の中からすぐに呼び出された。


 今から約十年程前、私が小学生だった時の事だ。

 とある出来事から、私は友達と些細な喧嘩をしたのである。

 私は、学校から一直線にこの神社に来ると、本堂の中に入り込んでずっと泣いていたのだ。


 そんな時、頭を優しく撫でられる感覚と共に「泣かないで」という言葉を聞いた。


 慌てて辺りを見回したが、結局声の主は見つからなかった。

 そして、私の手にいつの間にかラムネ味の飴玉が握らされていたのだ。


 それからというもの、私は嫌な事がある度にこの飴玉を食べる様にしていた。

 そうすれば、また 神様が助けてくれると信じて。



「まさか……」


「えぇ、あの時、貴女に飴玉をあげたのは私よ」



 私は少しがっかりした。神様が私を励ましてくれたんだ、と思っていたら妖怪だったなんて……。



「そんな顔をしないで。きっと、彼女だって私と同じ事をしたと思うわ」


「……彼女?」


「そう、この神社の神である彼女ならきっと……ね」



 廃れた神社へと顔を向けながらそう呟いた紫は、愛おしむ様に柱に手を当てると、目を閉じた。



 ──が、次の瞬間、突然目を見開くと私の方へと勢いよく振り返る。

 その顔に浮かぶのは、驚愕。



「なんて……こと」



 そう呟くと、地面を蹴って私を飛び越え、鳥居の上へと移動する。

 あまりに突然な行動に私が呆然としていると、紫は真横に現れた裂け目に日傘をほうり込むと、私へと指を向けて小さく何かを呟いた。



「いい、そこから動いては駄目よ!?」



 すると、私の周りに複雑な模様の描かれた壁が現れ、私を取り囲む。

 いきなり非現実的なものを見せられた私は、混乱する思考を無理矢理動かして紫を見上げる。

 彼女は両腕を広げると、短く言葉を呟き、パン、と手の平を合わせる。

 すると、今度は神社を囲むように模様の描かれた巨大な壁が現れた。


 その一瞬後、まるでトラックが激突したかの様な衝撃音が響いた。


 あまりの音に、私は反射的に目と耳を塞いでしゃがみ込む。

 ガリガリと、耳を塞いでも聞こえてくる音はまるで黒板を爪で引っかいたかの様な嫌悪感を孕んでいて、私は徐々に恐怖に呑まれていく。



「美琴、大丈夫!?」



 そんな中、聞こえてきた八雲紫の声で私は我に返った。

 彼女の声は余裕が無かったけれど、私を気遣かってくれている事がわかった。


 恐る恐る目を開ける。

 紫は変わらず鳥居の上で私に背を向けている。どうやらこの壁を作っているのは彼女らしく、時々腕を動かしては新しい壁を作っている。


 彼女から視線を外し、前方へと視線を移した私が見たものは──真っ黒な雲だった。


 雨雲よりも黒く、まるで生き物の様にうごめいている。

 そこから伸びる無数の手が、紫の作る壁を徐々に削っていた。



「低級の悪霊が集まって形を作ろうとしているわね。目的はこの神社に取り付き、力をつける事かしら……」



 紫の呟きから昔、祖母に教えてもらった知識を思い出した。

 神社が信仰されなくなり、廃れてしまうと悪霊が取り憑く事があるのだと。


 不気味な音が鳴る中、紫は次から次へと新しい壁を作っている。



「くっ……魅魔ほどじゃないけれど、なかなか強い!!」



 普通の方法では紫の障壁を突破できないと考えたのか、黒い手は一カ所に集まると、巨大な槍の形へと姿を変えた。

 紫が驚愕した隙を狙い、障壁へ突き出された黒い槍はドリルの様に障壁の表面を削っていく。



「くっ……結界の展開が追いつかない!?」



 紫が苦痛の表情を浮かべた瞬間、ついに障壁の一部が砕けて黒い槍が私の方へと迫る。



「──っ、しまった!!」



 紫が慌てて私の方へと向かって飛ぶが、明かに槍の方が速い。

 私を囲む壁をあっさりと引き裂き、槍は私の心臓の位置に向かってくる。



「(……あぁ、私はここで死ぬのね)」



 脳が危機を感じたからなのか、時間の流れがやけにゆっくりと感じる。

 そんな中、私は自分の胸元に迫る槍を、どこか他人事の様に呆然と見つめる事しかできなかった。



「(……あぁ、死ぬ前にもう一度だけ飴玉が食べたかったなぁ)」



 そんな事を考えていた私の耳に、突然“凛”と鈴の音が聞こえた。



「──縛れ」


「──ぇ?」



 そして、目の前に迫っていた黒い槍が突然、六本の光り輝く紐に縛られた。



「夢想封印」



 そして、今度は別の少女らしき声が聞こえたかと思うと、虹色に輝く光弾が黒い槍を吹き飛ばしていた。


 一瞬の間を置き、私の目の前に腋の部分がない巫女服らしき服を着た少女と、大人を軽く乗せる事ができる程巨大な青い狼が降り立った。



「……あんた、大丈夫?」



 巫女服を着ている少女が前を向いたまま私に問い掛ける。



「……え、えぇ、ありがとう」



 それに何とか答えると、紫が私の隣に降り立つ。



「美琴、大丈夫!? 怪我はない!?」


「な、なんとか……」



 紫はまるで我が子を心配する様に私の体に傷が無いかを確認する。

 やがて、無事だとわかったのか安堵の息を吐くと、そっと私を抱きしめた。



「ごめんなさい。もっと強い結界を張っていれば……」


「いや……あの……」



 私が困惑していると、巫女服の少女が紫の頭を叩いた。


 ……って、叩いた!?



「紫、今はこいつをどうにかするのが先よ」


「ちょっと、霊夢。いきなり叩くなんて酷いじゃないの!!」


「うるさいわね。早く構えなさい」



 霊夢と呼ばれた少女は懐から札を何枚か取り出すと、様子を伺っているかの様に漂う黒い雲に向かって投げつける。



「もぅ、わかってるわよ」



 紫も霊夢の隣に並ぶとレーザーの様な光弾を撃ちはじめた。

 ありえない光景を次から次へと見せられた私の頭はもう限界で、精神的疲労もあり、その場にペたりと座り込んでしまう。



「──ここは危ないわ。神社の中に避難しましょうか」


「……え?」



 そんな時、新たな声を聞いて、私は俯いていた顔を上げた。


 目の前にあるのは青空だと、一瞬思ってしまった。


 私よりも少し年上らしい少女が私の目の前に立っていた。

 ただ、その長い髪も、瞳も、着ている服も、全てが青かった。

 髪留めに結ばれている鈴が“凛”と小さく鳴る。



「……ぇ、誰?」


「私は鈴音桜花よ。よろしくね、美琴ちゃん」



 差し出された手を握り立ち上がる。

 桜花の背後では紫と霊夢が今だに光弾を撃ち続けているが、桜花は気にせず私の手を引いて神社の中へと入る。


 それから「少し待っててね」と言うと、本堂を出て二人と並ぶ様に立つ。



「よし……じゃあ、さっさと終わらせるよ」


「桜花が能力を使えば速いじゃないの」


「まぁ、そうなんだけどね」



 桜花が右手をゆっくりと持ち上げ、そのまま左から右へと薙ぎ払う。


 たったそれだけで、黒い雲は一片も残らず消滅した。




◇◇◇◇◇◇



‐Side Out‐




 夕暮れの博麗神社の境内で、博麗美琴は三人の少女と向かい合っていた。



「じゃあ、改めて自己紹介をしましょうか」



 桜花が言葉を発し、紫が一歩前に出る。



「さっきも言ったけれど、八雲紫よ。妖怪の賢者と呼ばれているわ」



 よろしくね、と微笑む紫に美琴は「はぁ、どうも」と返す。

 次に霊夢が前に出た。



「私は博麗霊夢。内側の博麗神社の巫女をしているわ。よろしく、外側の博麗の巫女さん」


「──っ、博……麗?」



 自分と同じ苗字であり、同じ博麗の巫女であると名乗った霊夢に、美琴は驚愕する。



「まぁ、詳しい話は後でね。じゃあ、最後に……」



 美琴の前に桜花が歩み寄る。

 彼女の腰辺りから、十本の尻尾が現れ、頭にも獣耳が現れた。



「私が博麗神社の神、鈴音桜花よ。よろしくね」


「神……様?」



 それから三人は幻想郷の存在や、どうして外の世界に来たのかを説明した。

 美琴は終始混乱していたものの、事情はわかったようで、何とか会話についていけたようだ。



「さて……話も終わったし、そろそろ帰りましょうか」



 紫がスキマを開ながらそう言うと、桜花と霊夢も頷く。

 それを見送ろうとしていた美琴は、一度目を閉じると何か決心した様に紫へと視線を向ける。



「あの、紫……さん」


「呼び捨てで構わないわ。……それで、何かしら?」


「私に、戦い方を教えてください」



 紫はぽかんとした顔で美琴を見た。彼女の目は真剣で、紫もすぐに真剣な顔になる。



「……理由を聞いても?」


「さっきの悪霊を見て……私も、この神社を守れるくらいに強くなりたいと思ったの。あんた達を見てたら……その、力のない私が博麗の巫女をするなんて……」



 何だか申し訳なくて、と続けた美琴に、紫は微笑みながら頷いた。



「わかったわ。明日のこの時間から、貴女に力の使い方を教えてあげる。……とは言っても私は忙しいし、藍も手が離せないから、誰がいいかしら……」


「私がやろうか?」



 手を上げた桜花に紫は首を振る。



「幻想郷の守り神が何度も幻想郷を離れるのは危険よ」


「う~ん……あ、じゃあ、彩花ならいいんじゃない?」


「そうね……彩花なら大丈夫でしょう」



 首を傾げる美琴に彩花の事を軽く説明する。

 といっても、ありのままに話すと問題があるので、桜花の分霊の様なものだと教えておく。



「じゃあ、そろそろ行くわ。駄菓子屋の彼女によろしくね」



 そう言った紫に、美琴は忘れていた質問を思い出した。



「──ぁ、そうだ、駄菓子屋のおばあさんとは知り合いだったの?」


「彼女は博麗神社を守る一族の末裔なの。普通の人間より長生きでね、ああ見えてもう百三十歳を越えているのよ?」


「……嘘、本当に!?」


「えぇ、上手く化粧なんかで見た目をごまかしたりしてるみたいね」



 呆然とする美琴に紫は小さく笑いかけると、何かあったら呼ぶように、と通信用の札を持たせる。

 そして、スキマに足を踏み入れた。



「それじゃあ、また会いましょう」



 その言葉を最後に、三人はスキマの中へと消えていった。


 一人残された美琴は、手の中に握る数枚の札を見つめ、夢ではなかった事を確認すると、力強く頷き、神社の境内をあとにした。




◇◇◇◇◇◇




~翌日~


‐美琴Side‐



 パシン、と乾いた音が鳴り、同時に私の頭に鈍い痛みが走る。

 顔を上げれば、また英語の先生が私を見下ろしていた。



「はぁ……またか、博麗。いい加減にしないと卒業できなくなるぞ?」



 呆れた顔をする先生に、私は頭を下げる。



「すみません。少し考え事をしていました」



 ガタン、と何か大きな音が鳴ったので顔を上げると、先生は驚愕した顔で隣の席に座っていた志穂の机を押し退けて後退りしていた。

 クラスメートの皆も驚愕した顔で私を見ている。



「………?」



 私が首を傾げると、志穂が俯いてぶつぶつと何やら呟いていた。



「……嘘、嘘よ。美琴が素直に謝るなんて有り得ない。そうよ、これはきっと夢……あははは」



 何やら危ない発言が聞こえたが、私が素直に謝ったのがそんなに珍しいのだろうか。

 確かに、私は自分らしく生きているから謝罪なんてしたことは殆ど無いけれど、これはあんまりだろう。



「……博麗、気分が悪いのか? 熱でもあるんじゃないのか?」



 驚愕から回復した女性教諭がそう尋ねてくるが、私が平気だと言うと、不気味そうに教壇に戻って行った。


 昼休みに志穂に何かあったのかと、しつこく聞かれたので適当にごまかしておいた。



 確かに、私の日常はほんの少し変わった。

 大きな変化じゃないけれど、確かに私は現実とは掛け離れた非現実の世界をかいま見た。


 それはそれは残酷で、だけど……








 ──とても美しく、儚い……幻想の世界を。




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