Stage1
蛍の灯りはいつもより激しく見えたのは気の所為か。
今宵は永い夜になるだろう。
(原作、東方永夜抄・Stage1より……)
Stage1
『蛍火の行方』
BGM「幻視の夜~Ghostly Eyes」
・子の刻~PM11:00~
◇◇◇◇◇◇◇
‐桜花Side‐
最近はあれだけの猛暑が嘘みたいに涼しくなり、ようやく眠りやすくなってきた。
実は、私は夏という季節が嫌いである。
狼の妖獣である私にとって、あの気温の高い日々は正に地獄なのだ。
服を脱ごうが水につかろうが暑いものは暑い。
しかし、そんな時に役立つのが我が愛しきチルノである。
氷の妖精である彼女の能力のおかげで、私は暑い夏を乗り越えられた。
なんと言ってもあの冷たい体がいい。ずっと抱きしめているだけで周りも冷えてくるのだから凄くいい。流石はチルノ。頼りになる。
まぁ、一度だけコートを脱いだ状態で抱き着いたら逆に襲われた事があるのだが……。
──閑話休題
まぁ、それはそれとして……現在、私とチルノは人里に向かって飛行している。
人里は幻想郷のほぼ中心にあるし、迷いの竹林にも近いので目印として丁度いいのだ。
涼しい夜風を感じつつ、チルノと手を繋いでダンスを踊るようにくるりとその場で回る。
チルノを抱き寄せる様に移動させると、チルノは私に身を任せながらも空いている手で腰に下げていたバスタードチルノソードを抜き放つ。
そして、その剣を回転と同時に横薙ぎに一閃した。
切り裂かれ、消える弾幕。
私達は今、正に弾幕の雨の中を突っ切っていた。
必要最低限の動きで隙間をかい潜り、時には大きく動いて軌道をずらしていく。
その動きが、さながら踊っている様に見えるのはきっと、私が……いや、私達二人が純粋に楽しんでいるからだろう。
チルノへと視線を向ければニッコリと笑顔を向けてくれた。嬉しくて私も笑う。
「……チルノ」
「……桜花」
見つめ合い、二人の世界に入りかけた私達は、唐突に飛来した物体によって現実に引き戻された。
「うりゃぁぁああ!!」
叫びながら飛来した黒い影をチルノの手を引く形で避ける。
突進を外した影は空中で急停止すると、勢いよく振り返る。
黒いマントのような羽がバサリと靡く。
「むっ……私の蹴りを避けるなんて、やるじゃない」
羽で隠した顔が月明かりではっきりと見える様になった。
背は小さく、小柄で、緑色のショートヘアーからは二つの触角が生えている。シャツにズボンという服装はショートヘアーと合わせると、元気な少年のような雰囲気を漂わせる。
“彼女”はリグル・ナイトバグ。
蛍の妖怪で、「蟲を操る程度の能力」を持っている。
単体ではさほど驚異はないが、蟲の大群を連れて現れると身の毛がよだつ程の嫌悪感を醸し出す。
先程から隠れて弾幕を撃ってきていたのも彼女であり、不意打ちとはなかなかえげつない攻撃をしてくる。
まぁ、別にそれが卑怯だとは思わない。不意打ちだって立派な戦闘方法だし、格上や多人数を相手にする場合、わざわざ目の前に現れる方がどうかしている。実力に自信があるなら話は別だが……。
「あら、可愛いお嬢さんね。残念だけど、私達は急いでいるのよ。そこをどいて下さらない?」
私が笑顔でそう言うと、リグルは一瞬考える様に俯いたがすぐに構え直す。
「生憎、私も最近あの月のせいで妖力が増えなくてね。こうして誰かを襲わなきゃ力が入らないのよ」
真剣な顔で理由を話すリグルに、私は納得したとばかりに頷いた。
彼女は蛍の妖怪だ。夜に活動する妖怪であればその妖力は月の光で回復できる。
しかし、今夜空にあるのは欠けた満月。本物ではない偽りの月だ。これでは妖怪達は力を回復できない。
「と、いうわけで──悪いけど、一勝負受けてもらうわよ」
リグルが両手を持ち上げ、ゆっくりと開く。
それと同時に感じる無数の小さな気配。十や二十じゃない……数百、数千という蟲達が彼女の周りに集まり始める。
「さぁ、小さいからって馬鹿にしてると痛い目にあうわよ!?」
リグルの合図と共に、蟲達が一斉に襲い掛かってきた。
◇◇◇◇◇◇
BGM『蠢々秋月~Mooned Insect』
さて、早く紫と霊夢に追いつきたい私としてはあまり戦闘に時間を使いたくない。
リグルが言うように蟲達は小さいからといって侮れない相手だ。小さいものには小さいなりの戦い方があるのである。
一匹の力は弱くとも、数では圧倒的にむこうが多く、更に蟲の一匹一匹にリグルが力を貸している。
負けることは無くとも時間がかかるのは目に見えているだろう。
さて、どうしようか……。
そんな考え込む私を見ていたチルノが一歩前に出る。
「桜花、ここはあたいに任せてよ」
チルノは剣を構えながら首だけで私へと視線を向けてくる。
相変わらず真っすぐな綺麗な瞳をしているな、なんて思いつつ、私は頷いて返事をした。
「さぁ、悪いけどさっさと終わらせるよ。あんたが使える一番強いスペルでかかってきな!!」
そう言いながらチルノは人差し指を立ててリグルへと見せ付ける。
その示す意味はスペルの数。この勝負でお互いが使えるスペルカードは一枚という意味である。
それを見たリグルが目を細める。どうやら機嫌を損ねたらしい。
「妖精ごときが馬鹿にして……!!」
次の瞬間、リグルの周りにいた蟲達が一斉に弾幕を撃ち出してきた。
リグル自身の弾幕も合わさってかなりの数になるが、チルノは余裕の笑みを浮かべたまま剣を構え直す。
「妖精ごとき……か」
一閃、光が走る。
リグルよりも明らかに遅く動いたチルノの斬撃は、一瞬で全ての弾幕を切り払っていた。
リグルが驚愕に目を見開き、動きが止まった隙に、チルノは剣をくるくりと回して肩に担ぐ姿勢になる。
「あんた自身が言った台詞じゃないか。……小さいからって、馬鹿にしてると痛い目にあうってさ!!」
右上から左下へと斜めに振り下ろされた剣から冷気が放たれる。
周りの空間の温度が一気に下がり、弾幕を放っていた蟲達が突然の温度の低下に混乱して次々と散っていく。
「っせい!!」
「──っ!!」
その隙にチルノはリグルへと飛び掛かる。
リグル自身も温度の低下によって動揺したのか動きが鈍い。
元々リグルは蛍の妖怪なのだから寒さには滅法弱い。チルノは相性最悪の相手なのだ。
衝撃にそなえて思わず頭を抱えてうずくまる形でリグルは目を閉じた。
しかし、その行動が彼女を救った。
チルノの剣はうずくまるリグルの頭上を空振った。リグルが立ったままだったなら間違いなく直撃だっただろう。
「ちっ」と舌打ちしたチルノはそのままリグルの頭上を飛び越える形で通過する。
そして、その勢いのまま振り返りざまに再び剣を振り抜く。
どんっ、と鈍い音がしてリグルの脇腹に剣が叩き込まれる。
「……か、は」
肺の中の息を強制的に外に出されたリグルが掠れた声を上げる。
刃の部分ではなく、剣の腹の部分で殴ったのはチルノなりの優しさだろう。普通ならば上半身と下半身がさよならしている筈である。
吹き飛ばされたリグルは近くにあった大木に背中から激突した。
衝撃で枝がざわざわと靡き、葉がいくつか舞い落ちていく。
しかし、リグルはまだ意識があった。初撃を空振ったチルノの攻撃は、リグルの意識を奪う程の威力は無かったのだ。
体を起こしたリグルは両手を前に突き出すと、チルノへと突き刺す様な視線を向ける。
「へぇ……あたいの攻撃を受けてもまだ向かってくるんだ」
チルノは嬉しそうに剣を構え直すと、冷気を徐々に体に纏わせる。
──動いたのはどちらが先だったか
二人はほぼ同時に動き出す。
チルノは剣を構えてリグルへと飛び、リグルはスペルカードを掲げる。
『季節外れのバタフライストーム』
スペルの宣言と同時に、リグルを中心に一斉に蝶が羽ばたいた。
まるで幽々子の弾幕に似ていると、私は思った。彼女のよりは荒々しくて優雅ではないけれど、その力強い弾幕はチルノを飲み込もうと迫る。
チルノは、その弾幕に迷うことなく飛び込んだ。
最小限の動きで弾幕を避け、無理だと判断したら剣で切り裂いてリグルへと向かっていく。
そんなチルノに、リグルは焦っているようだった。
「なんで──」
止まらないの、とリグルは呟く。
チルノはもう目の前まで迫っている。リグルは自らの身を護る為に自分の周りに蝶を纏わせる。
しかし、チルノはそれを待っていたとばかりに剣を掲げて宣言する。
『パーフェクトフリーズ』
チルノから放たれた冷気が一瞬で周囲の温度を下げる。
一瞬の静寂の後、視界に映る全ての弾幕が凍りつく。
弾幕で身を護ろうとしたリグルは、弾幕と共に巨大な氷のオブジェと化していた。
「結構楽しかったよ。また、やろうね」
チルノは驚愕の表情で固まるリグルへとそう告げると、私の隣に戻ってきた。
「おかえり、チルノ」
「ただいま、桜花」
チルノの事だから、たぶん一日も起てばあの氷も溶けるだろう。
少し寒いだろうがそれは我慢してもらおう。
私達は再び夜空へと舞い上がった。
◇◇◇◇◇◇
Stage Clear!!
少女祈祷中……