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東方~青狼伝~  作者: 白夜
幕間
68/112

イメージチェンジ


 久しぶりに挿絵をいれてみました!!



 


 幻想郷の東の端に一つの古めかしい神社があり、そこには博麗の巫女と青い神、そして黒い少女が住んでいた。


 太陽が丁度青空の真上に差し掛かる頃、神社の境内には紅白の巫女服を着た少女が一人、箒を片手に掃除をしていた。

 言わずと知れた博麗の巫女──博麗霊夢は額に浮かぶ汗を袖で拭うと、境内を見回し、目立った汚れ等がないのを確認すると、箒をかたずけて縁側にできた日陰へと入る。



「まったく……今年も暑いわねぇ」



 季節は夏。


 蝉の五月蝿い鳴き声を聞きながら、霊夢は縁側に腰掛け、予め用意していた団扇を手に取りぱたぱたと自らの顔を扇いだ。

 団扇から送られてくる涼しい風に目を細める。


 実はこの団扇、チルノが作り出した氷を桜花が溶けない様に能力で加工したものだ。


 氷でできた団扇によって冷やされた風を浴びつつ、ついつい「ふぅ」と満足げに息を吐く霊夢の隣に、不意に一人の少女が現れた。


 霊夢が視線を向ければ、この暑い夏の日にも関わらず黒いロングコートを着て、長い黒髪を揺らし、桜花と同じ顔だがどこか暗い印象を与える少女──彩花が手に二つのコップと、麦茶の入った急須を持って立っていた。



「冷たい麦茶をいれたの……飲む?」


「えぇ、ありがとう。丁度喉が渇いていたの」



 彩花は霊夢の隣に座ると、手早くコップに麦茶を注いで霊夢に渡す。

 それを一気に飲み始めた霊夢は、喉を通る冷たい麦茶の感覚を心地好く感じながら「ぷはぁ~」と息を吐いた。



「うん、美味しい」


「そう……よかったわ」



 霊夢の笑顔を眺めながら、彩花も麦茶を喉に流し込む。



「ふぅ、あ……そういえば、桜花の様子はどう?」


「やっと……まともな反応が返ってくる様になった」



 萃夢が起こした異変から一週間。

 異変が解決する直前にチルノにさらわれた桜花は、何故か幼児退行を起こして帰ってきた。

 よほどチルノのプレイが鬼畜だったのか……昨日までは呼び掛けてもまともな反応が返って来なかった。

 漸く落ち着いてきたのか、今はその時の光景を思い出しては赤面しながら悶えるという行動を繰り返している。

 あと二、三日すれば完全に復活するだろう。



「まったく、何をどうしたらあんな風になるのよ……」


「聞かない方がいい。私は……桜花の中から見ていたけど……あれはかなり鬼畜なプレイ。普通の人間なら良くて発狂か廃人になるレベル」


「そ、そう…」



 この話はここまで、と言うように彩花はコップを傾ける。



 しばらく黙って麦茶を飲んでいた二人だったが、突然霊夢が彩花のじろじろと眺め始めた。



「……なに?」



 視線を感じた彩花は霊夢の方へと顔を向ける。



「いや、特に意味は無いのだけれど……彩花って、本当に桜花とそっくりよねぇ……」


「一応、同一人物なのだから……当たり前」



 すると、霊夢は再びじろじろと彩花を眺め始める。

 流石に気味悪く感じてきた彩花がコップをかたずけるために退散しようかと考えていると、霊夢がさりげなく呟いた。



「ねぇ、彩花はいつもその格好だけど……服とか髪型を変えたりはしないの?」



 彩花はキョトンとした顔で霊夢を見ていた。



「えっと……あれよ。紫がね、何て言ってたかしら……い、いめ……えっと……」


「……イメチェン?」


「そう、それ!!」



 笑顔で頷いた霊夢を見ながら、彩花は考える。


 彩花自身は桜花の一部にして分体である。

 したがって見た目も殆ど同じで、違うのは服や髪の色くらいである。

 それを別段不自由に思った事や不満を持った事もない。



「……別に、私は今のままでいいわ。困った事は……ないし」



 そう言ってコップをかたずけ始める彩花を見て、霊夢は顔をしかめる。



「……彩花」


「……なに?」


「あんたって本当に欲が無いのね……。女の子なんだから、お洒落しようとか思わないの?」



 彩花は少し考えた後、無表情のまま背を向ける。



「私は……桜花の影だから。お洒落とか……考えた事もない」



 そう言って歩きだそうとする彩花のコートの裾を霊夢は掴む。

 彩花は無表情な顔のまま、霊夢へと視線を落とした。

 座ったまま、彩花を見上げる霊夢の視線は少し怒っている様だった。



「あんた、自分の事をそんな風に思ってるの?」


「……だって事実だもの」


「……ふざけないで」



 霊夢は立ち上がると彩花の肩を掴み、無理矢理振り向かせる。

 思わず取り落としたコップが床に落ち、鈍い音を立てて砕け散る。



「ふざけんじゃないわよ!! あんたは“鈴音彩花”っていう一人の人間でしょう!? ちゃんと自分の意思を持ってるじゃないの!! それを、桜花の為だからとか言って蔑ろにするんじゃないわよ!!」


「………」


「もっと、自分を大切にしなさい。あんただって……私の家族の一員なんだから」


「…………」



 彩花は黙ったまま、肩から手を退かしたた霊夢の隣に屈むと、割れたコップを広い集める。

 かけらを全て集めると、再び霊夢に背を向けて歩き始める。



「……彩花」



 その背中に霊夢が呼び掛ける。

 廊下の角を曲がる瞬間、彩花はふと、足を止める。



「……霊夢」


「……なによ?」



 彩花は振り返らないまま霊夢へと、語りかける。



「私……髪を切りたい。……切りに行くなら、どこが一番良いかしら?」


「………っ」



 霊夢は彩花の背中を見つめ、クスリ、と微笑むと、彼女の隣に並ぶ。



「そうね……咲夜に頼めばいいんじゃないかしら? 彼女なら完璧に正確な仕事をしてくれるわよ?」


「……そうね」



 霊夢はちらりと横目で彩花の顔を覗き込む。

 その顔はいつもと同じ無表情だが、何故か……どこか嬉しそうに見えた。





◇◇◇◇◇




 霧の湖の辺に、真っ赤で窓が少ない館が建っている。


 館の名前は紅魔館。


 吸血鬼であるレミリア・スカーレットを筆頭に、妹のフランドール・スカーレット、瀟洒なメイド長・十六夜咲夜。魔女のパチュリー・ノーレッジと、その使い魔の小悪魔。門番の紅美鈴が住む館である。


 この館は悪魔の住む館であり、人間は一人しか存在しない。

 その唯一の人間こそ、メイド長・十六夜咲夜である。

 時間を操る程度の能力を持ち、紅魔館の掃除からレミリア達の世話までを、ほぼ一人で全て行っている。

 そのため、何かと頼りになり、よく頼み事を任される立場にもある。


 今日もそんな彼女を呼ぶ声が館にこだまする。




「咲夜、咲夜~? ケホッ…ケホッ……ちょっと、咲夜~?」



 長い紫の髪を揺らし、パジャマの様な服を靡かせ、紅魔館の頭脳であり『動かない大図書館』の二つ名を持つ魔法使い──パチュリー・ノーレッジは珍しく紅魔館の廊下を歩いていた。

 彼女が図書館から出るのはレミリア達とのティータイムくらいのものであり、非常に珍しい光景である。



「もぅ……いつもなら呼んだらすぐに来てくれるのに。今日は喘息が酷いから……ケホッ……魔法も使えないし……ケホッ…ケホッ」



 いつもなら図書館であろうが、どこかの部屋だろうが、名前を呼べば駆け付けてくる咲夜が今回は何故かやって来ない。

 魔法で声を響かせようにも喘息が酷くて呪文が唱えられない。

 小悪魔は喘息の薬の調合中であり手が離せない。


 よって、パチュリーは仕方なく自力で紅魔館を歩き回っているのである。

 しかし、この紅魔館は外からの見た目と中の広さが一致しない。

 咲夜が能力の応用で紅魔館内の空間を弄って広くしているのである。


 普段ならレミリアの部屋まで風の魔法を使い楽々と移動しているパチュリーだが、今回ばかりは魔法を使えない。

 貧弱な自らの体を若干恨めしく思いながらも、彼女は咲夜を探す。



「はぁ……困ったわね。実験に必要な薬草を採って来て欲しかったのだけれど……ケホッ」



 諦めて図書館に戻ろうかと考えていた彼女は、前方から見知った顔が歩いてくるのを見つける。



「あら、パチュリーじゃないの。珍しいわね、あんたが歩き回ってるなんて……」



 紅白の腋の開いた巫女服を着た少女──霊夢はパチュリーの目の前まで来ると、彼女を見下ろした。

 肉体的年齢が十代初めあたりで止まっているパチュリーは、小柄である霊夢よりも更に身長が低い。

 その事に若干の苛々を覚えながらも、パチュリーは冷静に霊夢を見上げる。

 こんな事で一々怒る程、彼女は子供ではないのだ。



「……なんで貴女がここにいるのかしら?」


「あぁ、ちょっと咲夜に用事を頼んでてね。その間暇だから館の中を適当にぶらついてたのよ」


「……咲夜に? どうりでいくら呼んでも来ない筈だわ。……ぅ…ケホッ」



 でも、とパチュリーは思う。

 通常なら一声くらいかけにくる咲夜がやって来ない事に疑問が湧く。



「まぁ……いきなり彼女からあんな依頼を受けたら戸惑うかしらね」


「……ケホッ、ケホッ……彼女?」


「えぇ、彩花から髪を切ってほしいって……」


「ケホッ……なるほど、そういう事ね……ケホッ、ケホッ」


「……って、大丈夫?」



 パチュリーはへなへなとその場に座り込む。



「もぅ……だめ……むきゅう……」


「……はぁ、仕方ないわね」



 霊夢はぐったりとしたパチュリーを背負うと、図書館へと歩き出した。



◇◇◇◇◇




「……似合うかしら?」



 彩花は咲夜の方へ振り返りながら尋ねる。



「えぇ、似合ってるわ。でも、まさか貴女から髪を切ってなんて言われるとは思わなかったわよ。実は、まだ少し混乱してるもの……」


「そのわりには……完璧に仕上げてくれたけれどね」



 彩花は少し微笑みながら髪を触る。


 長かった黒髪は肩ほどの長さまでに揃えられており、前髪から全体的に右側に寄せた形になっている。

 そのせいか、右目が隠れて少しミステリアスな雰囲気にもなっているが、全体的にふわりとした印象も受ける。



「喜んでもらえたのならいいけど……何故髪を切ろうと?」



 彩花は今度は微笑みではなく、笑顔で答える。



「別に……ただの、イメチェンよ」



 滅多に見られない彩花の笑顔にみとれている咲夜を背に、彩花は紅魔館を後にするのだった。



◇◇◇◇◇



 



「……ぅ…はぅ……チルノ……ダメだってば…………はっ!?」



 夕日が差し込む神社の一室で、桜花は目を覚ました。

 きょろきょろと辺りを見回した後、大きく溜め息をつく。



「あぁ……何だか凄い悪夢を……いや、ある意味嬉しい夢を見ていたような……」



 頭を軽く振って意識をはっきりさせると、立ち上がって洗面台へと向かう。

 夏だからか若干暑い気温を感じながら廊下を歩く。


 冷たい水で顔を洗うと、縁側へと歩いて行く。




「ふぁ~……」


「眠そうね……桜花」



 小さく欠伸をしていると、背後から自分と同じ声がした。

 心なしか嬉しそうな声がしたので、珍しいと思いつつ、振り返る。



「あぁ、彩花……おは…よ………う?」



 唖然とした桜花を見て、彩花はクスリ、と笑う。

 短くなった髪を触りながら恥ずかしそうにしている彼女の姿は普段の無表情とは違い、少女らしい一面が垣間見える。



「そ、その髪……」


「イメチェン……してみたの。……似合う?」


「……えぇ、いいんじゃない? 何か、良い事でもあったの?」



挿絵(By みてみん)



 はにかむ様に笑う彩花の様子を見て、桜花も小さく笑う。


 「今日は随分と笑ったの……」と嬉しそうに彩花は呟く。

 きっと、それは彼女にとってとても良いことだったのだろう。


 夕日が沈むのを眺めながら、彩花はいつもよりだいぶ軽くなった髪の感触を楽しんだ。



 






◇◇◇◇◇




「……ねぇ、私、もしかして置いていかれた?」



 その頃、紅魔館の図書館で、密かに涙する腋巫女がいたそうな………。





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