Stage Final
花畑の中心でチルノは暗くなりつつある空を見上げていた。
「霊夢…遅いね」
隣のリンにそう言えば、彼女はクスクスと笑っていた。
「大丈夫、もうすぐくるよ」
リンの言葉にチルノはため息を吐いた。
「そっか、ならいいや。あたいは見てるだけで手は貸さないからね?」
「当然、じゃないと意味がないじゃん」
「違うよ、リンに手を貸さないって言ったんだよ」
「へぇ、私がやられると思ってるの?」
「…いや、そうじゃないよ。ただ…」
「ただ…?」
「霊夢をあまり嘗めない方がいいってことさ」
二人はただ、彼女を待つ。
日も暮れ、薄暗くなってきた森の中を霊夢はひたすら進んでいた。
周りの木々の陰からこっそりと妖精や小妖怪達が霊夢の方を見て、すぐに森の中へと消えていく。不思議な事に、誰一人として霊夢へと攻撃をしてくる者はいなかった。
「(何かしら……凄く強い力を感じる。でも、この力は…)」
森の中を進む程強くなる気配。
しかし、霊夢はその気配を知っていた。
「私と同じ霊力…。しかも、博麗の力…」
感じるのは博麗神社にいる時と同じ力。桜花や霊夢が持っている博麗の術式を扱う者が操る力である。
霊夢はお祓い棒を握る手に力を込めると、スピードを上げた。
◇◇◇◇◇
それから少し時間が経った頃、突然視界が開けたので霊夢は速度を落とす。
暗くてよくわからないが、どうやら花畑に着いたようだ。
「遅かったわね。待ちくたびれたよ」
「っ!?」
前方の暗闇から聞こえた声に直ぐに戦闘態勢に入る。
すると、足元にあるいくつかの花が淡く光り出した。
霊夢は思わず空中にいるにも関わらずギョッとしてしまう。
「これは『月光花』だよ。月の光に当たると光る幻想の花…」
徐々に広がる光の中、花畑の中心に二つの人影があった。
一人はチルノだった。大きな岩の横にまるで従者の様に立ち、こちらを見上げている。普段の明るい印象とは違い、大人びた雰囲気をしている。
もう一人は知らない顔だった。チルノと大岩の前に立つ小さな少女。
桜色の肩より少し上くらいの髪。着ている服は多少デザインは違えど、間違いなく自分と同じ博麗の巫女が着る紅白の衣装だ。
こちらを見上げる桜色の瞳からは霊夢と同じだが、あきらかに巨大な力を感じる。
「よくぞ此処まで辿り着いた、今代の巫女よ」
桜色の髪の少女は凛とした声で霊夢へと声をかける。
「我が名は博麗リン。幻想郷を守護する博麗の神の一柱である」
「なっ、博麗の神は桜花じゃないの!?」
少女…リンの言葉に霊夢は驚愕する。
もはや毎日一緒に生活している桜花と同じく博麗の神を名乗る人物が目の前にいるのだ。怪しいと思うのが普通なのだが、霊夢はリンに言い返す事ができなかった。
彼女から感じる気配は間違いなく博麗のものであり、その膨大な量はまさに神そのものだったからである。
そんな霊夢を見てリンはクスクスと笑う。
目を細め、口元を隠すその笑い方は見た目に似合わず妖しい雰囲気を醸し出していた。
「ふふふ…姉様を呼び捨てにする巫女は其方が初めてだ。まったく、話に聞いた通り、目上の者への態度がなっておらぬ」
ふわり、と宙に浮かぶと、霊夢と同じ高さへと浮かび上がる。
「姉様?…あんた、桜花の妹なの?」
「血は繋がってはいない。ただ、万を越える時を共に過ごしてきた間柄だ、姉妹と言っても間違いではないな」
微笑むリンに、霊夢は警戒を強くする。
「……あんたの目的は何?賽銭箱を盗んだのはあんたでしょ?」
霊夢はチルノの後に置いてある賽銭箱へチラリと視線を向ける。
「うむ、確かにあの賽銭箱を持ち出したのは私だ」
霊夢は納得した。彼女は自分と同じ博麗の力を持つ者。身内の気配を持つ彼女に防犯機能が反応しないのは当たり前だったのだ。
「賽銭箱を持ち出したのは、お前の精神の強さを見る為だ」
「精神の…強さですって?」
「そうだ、身近な大切なものを奪われる事に対して、どれだけ平常心を保っていられるか…そして、それにどう対処するかの反応を見た。結果は…まぁ、ぎりぎり持ち直したので、及第点だろう」
リンは一度、賽銭箱へと視線を向けると、霊夢に向き直る。
「霊夢、お前にとってあの賽銭箱はどんな役割がある?ただの賽銭という名の生活費が目当てか?」
「違うわ」
リンは霊夢が即答した事に「ほぅ…」と目を細める。
「最初はそうだったけどね。でもね、桜花が私の為に色々としてくれるのを見てると、ただの賽銭箱には見えなくなってきたのよ」
霊夢は真っ直ぐにリンの瞳を見詰めると、お祓い棒と札を構える。
「桜花や紫が一緒に古くなった賽銭箱を修理しようって言ってきて、文句言いながらも三人で作業してて思ったの…」
三人で賽銭箱にあれこれ仕掛けを組み込んでいた時を思い出して、霊夢は思わず口元が緩むのを抑えられなかった。
「家族がいたら、きっとこんな感じなんだろうなって…紫が姉さんで、桜花がお母さんで……そう考えたら、今まで以上にその賽銭箱も大切に思えてきた!」
霊夢が最初に激怒した理由はこれだった。
孤児であった霊夢は先代の博麗の巫女に拾われ、彼女の後継者として様々な事を教わった。
魔理沙という親友もできたし、人里の皆とも仲良くなった。
しかし、霊夢が一番欲しかったものは“家族”だった。先代は霊夢に最低限の事を教えると、すぐに人里へと降りて天寿を全うしている。
一人神社で生活する彼女にとって、家族とは自らの知らないものであり、同時に憧れでもあった。
魔法使いになることを反対され、家族と縁を切ったという魔理沙の話を聞いた時には、家族と喧嘩できる羨ましさと嫉妬心から不覚にも涙目で怒鳴ってしまったのを覚えている。
そんな霊夢の生活を変えたのが桜花と紫であった。
実は一緒に住んでいた大妖怪にして神というとんでもない存在、鈴音桜花。
身長も高く、何かと霊夢の頭を撫でては、まるで自分を娘の様に扱う彼女に、最初はとにかく振り回された。
生活にも慣れ、一緒に大きな異変を解決した頃、八雲紫という姉の様な存在もできた。
胡散臭い発言や行動をしながらも何気に正しい道へと導いてくれる二人に、霊夢は表には出さずとも、とても感謝しているのだ。
「と、いうわけで…あんたが何を考えてるか知らないけど、その賽銭箱、返してもらうわよ!!」
「く…くくく、あっははははははは!!」
リンは思わず笑ってしまった。
別に霊夢を馬鹿にしている訳ではない。彼女の在り方が面白かったのだ。
「妖怪や神を自らの家族としたか!…面白い、実に面白いぞ、博麗霊夢!!歴代の巫女達とは明かに違う“色”をしている!!」
そう言うと、リンは深く深呼吸をしてから霊夢へと向き直る。
その時の顔は先程の妖しい雰囲気と違い、あどけない少女そのものになっていた。
「うん、お姉ちゃんが面白そうに話す理由がわかったよ。声だけ聞いてもわからない事は多いからね」
口調も見た目通りになったリンに、霊夢は呆気にとられるが直ぐに構え直す。
「…そっちが素なの?」
「ちょっと違うかな、これは人間だった時の私。さっきのは神様としての私。どっちも私である事に変わりはないよ」
リンは霊夢と同じ様に札とお祓い棒を取り出す。
「博麗にはある習慣があってね。代々、博麗の巫女は代替わりした時、私と一度は戦わないといけないんだ」
桜色の霊力がリンから溢れ出し、徐々に巨大化していく。
「さぁ、お前の力を私に見せてみよ!博麗霊夢!」
◇◇◇◇
札による弾幕が飛び交う中、霊夢はリンの周りを旋回しながら反撃の機会を伺っていた。
リンの放つ弾幕は速度も精密さも正に一流。的確な場所に放たれた弾幕はぎりぎりで回避しなくてはならないくらいに正確で、時折フェイントを交えては霊夢の行動を制限してくる。
「くっ…埒が明かない」
霊夢は急旋回で弾幕の範囲から逃れると、スペルカードを掲げる。
「夢想封印!!」
放たれた光弾は一直線にリンへと向かっていく。
「………」
向かってくる夢想封印をリンはじっと見詰める。
「…クス」
正に直撃する瞬間、リンは小さく笑うと、光弾を真っ二つにするように右手を振り上げる。
─博麗『夢想封印・剣』
次の瞬間、霊夢は横っ跳びにその場から離れる。
そして、彼女がいた場所を巨大な虹色の剣が通過していた。
「なっ!?」
驚愕に目を見開く霊夢は、漸く夢想封印ごと巨大な剣で両断される寸前だったと理解した。
しかし、霊夢は博麗の巫女として過ごした年月の中で、あのような技は見た事がなかった。先代が使っていた記憶もなく、古い書物にも載ってはいなかった。
「夢想封印とは、あらゆるものを封じる博麗に伝わりし秘伝の技。…この技に形はない。自由自在に形を変える。元々、妖怪退治を目的に編み出された技だ、あらゆる場面に対応できねば意味がない」
リンが腕を振ると、巨大な剣は砕け、無数の小さなナイフへと形を変える。
「行け!」
「っ、封魔陣!!」
霊夢は咄嗟に封魔陣による結界で弾幕を防ぐ。
リンは新しいスペルカードを取り出すと目の前に浮かべる。
─神技『夢想亜空穴』
リンの周りに黒い空間の穴が現れる。霊夢は咄嗟に札を投げつけるが、札は空間の穴に吸い込まれ、そのままのスピードで返ってきた。
「なっ、これは紫の…!」
その技は限りなく八雲紫のスキマに似ていた。
リンが手の平を“パンッ”と叩くと、霊夢の周りにも黒い穴が現れる。
咄嗟に身構えた霊夢はすぐに穴から離れる。
しかし、穴は何処までも霊夢を追い掛けてくる。
「さあ、逃げなさい」
リンが近くにあった穴の中に向かって弾幕を放つ。すると、吸い込まれた弾幕は霊夢の目の前にあった穴から飛び出してきた。
「くっ!?」
体を捻った霊夢へ再び弾幕が撃ち出される。
霊夢が穴へと札を投げても自分に返ってくるばかりで完全な一方通行である。
避けられない弾幕はお祓い棒で打ち落としながら防いでいくが、突然頭上に気配を感じ、上へと視線を向けると──
「ちょっ!?」
頭上の穴からリンが一直線に踵落としを仕掛けてきているところだった。
咄嗟に回避した霊夢は札を投げようとするが、リンは別の穴へと姿を消してしまった。
「結界を操るということは、スキマ妖怪の彼女までとはいかなくとも、境界を操る事に変わりはない。ならばこの程度使いこなせなければいけない」
いつの間にかもとの場所にいたリンは札をひらひらと振りながらそう言うと、ニヤリと笑う。
「これ、本当に人間にできるの?」
霊夢の不服そうな言葉にリンはむっ、とした顔をする。
「何を言う。博麗の技は全て歴代の巫女達と私が考え、実際に使われていたものだ。できるに決まっているでしょう」
「…そうなんだ」
「そうなのよ」
霊夢は札を二枚取り出すと、目の前に浮かべて力を込める。
「二重結界!!」
霊夢が作り出した二つの結界は一枚目と二枚目の間に穴を挟む様にして展開された。
「…っ!?…あぁ、そうか…考えたね」
リンは一瞬驚愕したかの様な顔をした後、納得したのか苦笑いをした。
二重結界は二つの結界を用いて弾幕の軌道をずらしたかの様に見せる事ができる。しかし、実際には一枚目で裏返った弾幕が二枚目で正しい方向に戻されて相手に向かうので、相手の撹乱様に使われる場合が多く、簡単に見切られてしまう。
しかし、霊夢はそれを利用した。
「裏の裏は表…でも普通なら正しい位置に戻る弾幕が、途中で穴に吸い込まれて再び最初に戻る…つまり、裏のまま…これでは永久に霊夢には届かない」
リンは霊夢の理解と応用の早さに感心した。まさか初見のスペルをあっさり攻略されるとは思わなかったのだ。
「(才能はある…いや、むしろ彼女は天才だね。修行次第では歴代最強になれるかもしれない…)」
リンはスペルを解除すると、お祓い棒を横に薙ぎ払う様に振り抜く。
霊夢も同じ様に振り抜くと、同じ様に放たれた弾幕がぶつかり合い、相殺される。
その間にリンは霊夢の背後へと回り込むと、蹴りを放つ。
しかし、持ち前の勘が働き、霊夢は屈んで蹴りを避けると、足払いをするかの様に下段の蹴りを放つ。リンは霊夢の頭上を飛び越えながら回避すると、夢想封印をばらまく様に放つ。
霊夢は安全な場所をすぐに見つけると、懐から陰陽玉を取り出し、振りかぶってリンへと投げつける。
投げられた陰陽玉は、リンへと届く前に力を解放して巨大な光弾と化した。霊夢にしては珍しい力技である。
「…ふっ!!」
目の前に迫る陰陽玉を、リンはあろうことかお祓い棒で打ち返してきた。霊夢は一瞬呆気に取られたがすぐに回避する。
「な…なんて無茶苦茶な事をするのよ」
背後にある木を薙ぎ倒してようやく止まった陰陽玉を回収しつつ、霊夢は頭の中に次の作戦を組み立てていく。
「霊夢、お前は力を込めすぎているのだ。本来はもっと繊細な力の循環が必要なんだ…こんな風にね!!」
リンの言葉と同時に現れる五十以上の光弾。その数に霊夢は戦慄した。
「なっ、ちょ…」
浮かぶ光弾に使われている霊力の繊細さに霊夢は息を呑む。
合図と共に放たれる夢想封印を霊夢は全力で回避する。しかし、流石に数が多いため何発も腕や肩を掠っていく。
掠る度に背中に嫌な汗が浮かぶのを感じながら同時に通り過ぎる光弾に使われる力の使い方に思わず目が行ってしまう。
「(あぁ…こうすればもっと速く飛ばせるのか…)」
ある意味ピンチだというのに、霊夢は心の中でそんな事を思っていた。
「(さっきの空間移動を使ったスペルも…使えたら楽なのに……術式は…こう?)」
霊夢がそう考えた瞬間、残りの光弾が一斉に彼女へと殺到した。
◇◇◇◇
‐リンSide‐
「………」
光弾が爆発した衝撃で立ち込めた煙りを見下ろしながら、私は険しい顔をしていた。
「こんなものか…」
いくら歴代の中で一番の才能があろうと、霊夢はまだ十代半ば程の少女だ。
実力的にはまだまだ歴代の巫女達には遠く及ばない。幻想郷でスペルカードルールが普及する前は正真正銘の殺し合いをしていたのだ。並大抵の実力では生き残れない様な環境で、博麗の巫女達は常に上位の実力をキープしていた。実際、それでも命を落とす巫女もいたのだから。
今の霊夢では当時の幻想郷の環境で生きていくにはまだまだ弱い。精々、中の上くらいである。
「うん、まずは霊力の制御を勉強させようかな…」
そんな事を呟きつつ、晴れつつある砂塵へと目を向ける。しかし──。
そこに、霊夢の姿は無かった。
「…え?」
私はすぐに周囲を警戒する。
確かに直撃したはずだった。あの距離で回避する方法はない。封魔陣も二重結界も間に合わない。
ならば、どうやって……?
「……っ、まさか!?」
私は霊夢の霊力を探知するために辺り一面に霊力を飛ばす。
すると、少し離れた林の中に霊夢の力を感じた。しかも、移動している。
これはつまり、彼女は私の攻撃を回避し、今も戦える状態にあるということだ。
しかも、おそらくだが霊夢は無傷である可能性が高い。なぜなら、あの状態で攻撃を回避する方法は一つしかないのだから。
「はっ!!」
気配のする林の中に向かって大量の弾幕を放つ。隙間もないくらいに密集した弾幕を、やはり霊夢は回避した。
それも一瞬で場所を移動したかのように…
そして移動した場所は……
「…っ、上か!!」
さっき私が霊夢に繰り出した様に、今度は霊夢が私に向かって踵落としを繰り出していた。
咄嗟に体を捻って回避すると、擦れ違い様に霊夢と目が合った。
「(なんて…真っ直ぐな目…)」
そう思いながらもお祓い棒を霊夢へと振り抜く。しかし、既に霊夢の姿はない。
間違いない、霊夢は“夢想亜空穴”を使い、移動している!!
「末恐ろしい…」
たった一度見ただけの術をもう理解したというのだろうか…?
いや、力の流れに無駄が多過ぎる。おそらく完璧に理解したのではなく、感覚で使っているのだ。まさかここまでの才能があるとは思わなかった。
「これはもしかしたら、本当に歴代の巫女の中で最強になれるであろうな」
私は懐から最後のスペルを取り出した。
「うむ、楽しみだ」
にやける口元を隠すかの様にスペルの宣言をする。
─最終奥義『甦りし博麗伝説』
私を先頭にして歴代の巫女達が一斉に並ぶ。
霊夢が驚愕しているうちに、今度こそ私は彼女を逃がさない様に指示を出す。
「囲みなさい」
すると、巫女達の中から一人の巫女が前に出ると、札を取り出す。
『二重結界・縛』
術式が発動して霊夢の周りを囲む。この中にいる限り、いくら夢想亜空穴といえ抜け出す事はできない。
「今代の巫女に洗礼を」
今度は別の巫女が前に出る。
博麗の始まりにして原点。初代博麗の巫女──博麗霊樺。
『今代の巫女は頼もしいですね』
「そうだな、楽しみだよ…本当に」
だから、今は今後の為に眠りなさい。
『夢想封印・極』
その日、最後のスペルが宣言された。
Stage Clear?
少女休息中…
更新が遅れてすいません(汗)
バイトを始めたので、執筆する時間が短くなってしまったのです…( ̄○ ̄;)




