妖々夢Epilogue
桜散り 冥界に舞ふ 花吹雪
懐かしき日を 思い出すかな
~鈴音桜花~
妖々夢Epilogue…
雪が降っていた幻想郷に春が帰ってきてから既に一週間が経っていた。
博麗神社の桜も見事に咲き始め、既に満開となっている。
そして、春雪異変の後、博麗神社の桜が満開になったら宴会を開くという噂に誘われ、今日の神社の境内は妖精達や知り合いの妖怪達で大賑わいである。
「ふぅ…こんなところかしら?」
酒樽を運んでいた博麗の巫女──博麗霊夢は額にうっすら浮かんだ汗を袖で拭う。
幻想郷の端に存在する博麗神社はろくに整備されていない道中の険しさからか、普通の人間は途中で妖怪に襲われやすく、中々たどり着く事ができない。
そうなると、当然神社に来れるのはそれなりの実力者である事が多い。
実力者の多くは個性的であり、ぶっちゃけ濃いメンバーとなってしまう。
「お~い!霊夢、来たぜ~!!」
暗くなり始めた空から聞こえた声に霊夢が顔を上げれば当然というか、白黒のエプロンドレスに黒い帽子、箒に跨がった普通の魔法使い──霧雨魔理沙が笑いながら大きく手を振っている。
「あら、ちょっと到着が早かったかしら?」
今度は反対側から聞こえた声に霊夢が振り返れば、そこにいたのは紅魔館の吸血鬼姉妹──姉のレミリア・スカーレットと、妹のフランドール・スカーレット。そして彼女達の少し後をメイド長である十六夜咲夜が付き従う形でやって来た。
「丁度準備が終わったところよ。今日は快晴だったから月も出てるし、夜桜を見るには絶好の日和ね」
宴会と聞けば必ずやって来る白黒魔法使いと、何故か懐かれている吸血鬼姉妹にそう言うと、霊夢は縁側に腰掛けて夜空を見上げる。
「ん?えらく敷物の範囲が広いな。桜花とチルノも含めてもまだまだ余るし、まだ誰かくるのか?」
魔理沙が境内に敷かれた赤い敷物を見て首を傾げる。
「あぁ、桜花が知り合いを連れて来るから多めに準備しておけって…」
「ただいま~!」
噂をすれば影、というタイミングで桜花は何故か突然現れた空間の裂け目から顔を出した。
霊夢は険しい顔をしていたが、残りのメンバーは唖然とした顔をしている。
「桜花、あんたそれ…“スキマ”じゃないの…」
霊夢の呟きに桜花は満足げに微笑むと、スキマから地面に降りる。ついでに片手に掴んでいたものも地面に引きずり落とす。
「あ痛っ!?」
地面に落とされた紫色のドレスを着た金髪の少女は腰をさすりながら立ち上がる。
「ちょっと、桜花。私は宴会には行かないって言ったじゃないの!」
立ち上がった少女──八雲紫は不満げに桜花を睨む。
「なによ、異変に気づかずに寝坊しただけじゃなく、博麗大結界を弄って遊んでたくせに」
ピクリ、と霊夢の肩が揺れる。上げられた顔は不満げで、紫を半目で睨んでいる。
「最近結界の調整がやりにくいと思ったら…あんたのせいね?」
紫は霊夢に視線を向けると扇子を広げると、小さく微笑む。
「あら、博麗神社のおめでたい人ね」
「前半はそうで後半はそうじゃないわ」
霊夢はいかにも私は怒ってます的な視線で紫を睨むが、紫はどこ吹く風といった顔で受け流している。
「なぁ、さっきから黙って聞いてるけどそいつは誰なんだ?」
話に入れず不満そうな魔理沙が割り込んできた。よく見れば隣のレミリアも不満げな顔をしている。……フランだけはスキマがあった場所を見ながらキラキラと好奇心に目を輝かせているが…。
桜花はそんな彼女達を見てクスリと笑うと、紫の隣に並ぶ。
「紹介するわ。彼女は八雲紫。私と一緒に幻想郷を創りあげ、管理をしているスキマ妖怪よ」
紫はこんな風に紹介される経験がないためか少し頬を染め、それを隠す様に扇子を口元を隠すように広げる。
「はじめまして、八雲紫と申しますわ」
そう言って微笑む紫に対して…
「「胡散臭いわね」」
「胡散臭いな」
「胡散臭いですね」
「あのスキマもう一回みせて~!!」
上から霊夢とレミリア、魔理沙、咲夜、フランの順番である。
フランの頭を撫でながら拗ねてしまった紫に苦笑いしながら、桜花はぱんぱんと手を叩く。
「ほら、紫。残りの八雲一家を紹介しなきゃ…」
「……ぐすっ……うん」
紫が何もない空間に向かって腕を振ると、スキマが開く。
「じゃあ、紹介するわ私の家族の……「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」……きゃぅ!?」
スキマを開けた瞬間、中から回転する砲弾のように飛び出したなにかが紫を跳ね飛ばした。
「うがぁぁぁぁ!!」
飛び出した“何か”は桜花へと一直線に向かって行く。
「…あら」
桜花がわざとらしい動きでそれを回避すると、神社の裏の木々を薙ぎ倒しながら停止する。
「な、何なのよ…」
盛大に顔が引き攣っている霊夢を横目で見ながら、桜花は倒れた木々の方を向く。
「…えっと、もしかして怒ってる?」
何の事かわからず首を傾げる他のメンバーの視界にユラリと立ち上がる人影が映る。
「桜花様、橙の服は私とお揃いにすると言ったじゃないですか!!」
立ち上がったのは金髪に金色の九本の尻尾を持つ少女──八雲藍であった。
「ら、藍様、落ち着いてください~!!」
遅れて出てきたオレンジ色のワンピース姿の橙が慌てて藍を止めに入る。
ちなみに、スキマから出た瞬間倒れている紫を踏んでいたのだが……橙は気づいていないようだ。
「…くっ、橙が言うなら仕方がない」
「明日は藍様とお揃いを着たいです!」
「よしよし、明日が楽しみだよ♪」
そんなやり取りをしている八雲一家を見ながら桜花は苦笑い、霊夢は溜め息、魔理沙は盛大に引き攣った顔をしているし、紅魔館組は可哀相なものを見る目で見ている。
「と、とにかく、面白い奴らだってのはわかったぜ…」
魔理沙の一言でその場は収まった。
と、いってもその後、復活した紫が藍に説教したり、紫がいつまでも説教ばかりしているので見兼ねた霊夢が止めに入り、口論になった挙げ句に弾幕ごっこが始まったり……。
「あらあら…。皆元気ねぇ~。…ねぇ、桜花?」
「お邪魔します」
敷物に座りながら後ろを振り返った桜花の先には幽々子と妖夢がいた。
「ん…、いらっしゃい。元気そうで何よりだわ」
桜花は二人に笑いかけると、手に持った杯につがれた酒を飲む。
既に少し酔っているのか顔が赤い。
「迷惑かけたわね…」
幽々子は桜花の隣に腰を降ろすと扇子を口元にあてながらぽつりとそう呟いた。
桜花はクスクスと笑うと幽々子に猪口を渡す。それに酒をついでやると、幽々子はそれを飲んだ。
「気にしてないわ。だって、親友なんだから」
「……」
黙り込んだ幽々子の隣で桜花は再び杯に口をつける。
「少しだけ……思い出したの」
「…ん?」
幽々子が境内にある桜を眺めながら口を開いた。桜花は首を傾げながら幽々子の横顔を見る。
「ずっと昔…たぶん、私が生きていた頃。…こうやって、貴女と、紫と、一緒に笑っていた時があったのでしょう?」
桜花へと微笑みながらそう言った幽々子に、桜花は同様していた。
「(まさか…記憶が?)」
桜花は、幽々子が生前の苦しむばかりだった頃の記憶が戻ってしまったのではないかを心配していた。
あの頃の幽々子は見ているのも辛い程に追い詰められていたのだから。
「…クスッ。そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。私は私、変わらないわ」
「…そう」
桜花は俯きながら一言だけ返すと、また酒を飲む。
きっと、幽々子は完全に記憶を取り戻しても幽々子のままなんだろう。あれだけ壮絶な人生を送り、今は気楽に亡霊生活。性格や種族が変われど、それでも幽々子は幽々子なんだ、と。
桜花は小さく笑うと幽々子に向き直る。
「幽々子、私はいつまでも幽々子の親友だからね」
桜花の言葉に幽々子は生前と変わらない笑顔で頷いた。
「…ええ、ありがとう」
幽々子は扇子を畳むと懐に仕舞い込み、ゆっくりと立ち上がる。
「どうしたの、幽々子?」
座ったままの桜花が幽々子を見上げると、幽々子はウインクしながら歩き出した。
「恋人同士の空間に居続ける程、私は無粋じゃないわ」
「…それってどういう…っ!?」
桜花が疑問を口にしようとした瞬間、突然、背後から何かが抱き着いてきた。
「お~うか~~///」
慌てて振り向けば真っ赤になった自分の恋人の顔があった。
「あ……チルノ?どうしたの…って、酒臭っ!?」
背中から抱き着く形で頬をすりすりと擦り付けてくるチルノは明らかに酔っていた。
「チルノが酔うなんて…どれだけ飲んだのよ…」
ちらりと幽々子の方を向けば、幽々子は妖夢の半霊を片手に涙目の妖夢から逃げ回っていた。
「ほらほら~。早く追いつかないと、妖夢の半分を食べちゃうわよ~♪」
「わ、わわわ…食べないでください、幽々子様ぁ~!!」
桜花がそんな光景を呆然と見ていると、急に顔の両側を押さえ付けられて無理矢理振り向かせられた。
いつの間にか真正面に回っていたチルノは不機嫌そうな顔で桜花を見ている。
「…チ、チルノ?」
「桜花は…あたいらけを…ヒック……みへなきゃらめなのぉ~!!」
そう言うなりチルノは頭のリボンを外すと、続けて胸元のリボンまで外し始めた。桜花はそこでやっとチルノが服を脱ぎ始めた事に気づく。
「…ちょっ!?チルノ!?まさかここでするつもりなの!?…だ、だだだ駄目よ!?////」
慌てて鞘のついたベルトまで外し始めたチルノの肩を掴む。
すると、チルノは桜花を勢いよく押し倒した。
「あ、あわわわわ…////」
押し倒された桜花は酒の影響でうまく回らない頭でどうするか考える。
しかし、考えても考えてもチルノに美味しく頂かれる自分しか想像できず、軽くパニックになってしまった。
「桜花ぁ…///」
コートの前が開かれ、内側に着ている黒いシャツがあらわになる。
チルノは桜花の胸に顔を埋めるように抱き着いてくる。
何とか外そうとするが意外にチルノは力が強く、離れない。
「ぁっ…チルノ…だ…めぇ…////」
胸元から伝わってくる感覚に思わず甘い声を出してしまった自分に赤面し、誰も見ていない事を祈りつつ、何とか上半身を起こす。チルノは相変わらず胸に顔を埋めたままだ。
「チ、チルノ…ここじゃ恥ずかしいから部屋の中に……チルノ?」
ふと、動きを止めたチルノの顔を覗くと…
「ね、寝て…る?」
そこには、しっかりと桜花に抱き着きながらもだらし無く少し涎を垂らしているチルノの寝顔があった。
桜花は、嬉しさ半分、虚しさ半分といった気持ちで周りを見渡す。
霊夢と紫はまだ上空で弾幕ごっこの真っ最中。
魔理沙とレミリア達は神社の中に入ったらしく姿が見えない。
幽々子と妖夢は後ろの方でまだ追いかけっこを続けている。
藍と橙の姿もない。おそらくはレミリア達と神社に入ったのだろう。
「まぁ……平和ならいいか…」
桜花の呟きは誰にも聞こえず……ただ、舞い散る桜だけが桜花の言葉に答えるかの様にひらひらと舞い散るだけであった。
──END
これにて、妖々夢は完全に終了となります。
次回からは少しオリジナルの異変等を入れようかなと思ってます。
では、次の幻想でお会いしましょう!