紅魔郷FinalStage前編
──495年。
それが少女が地下で過ごした時間。
今日も彼女は自分の部屋でぬいぐるみを抱きしめる。
ふと、雨が降る気配がした。
その時、彼女はふと思った。
青空が見てみたい、と───。
Final Stage──
東方紅魔狂~Sister of Scarlet~
BGM「Sweets Time Midnight(東方Vocal 106)」
レミリアと一通り話した桜花は、紅い館の中を進む。
目的地は紅魔館の地下にいるフランドール・スカーレットに会うことだ。
当然というか、レミリアには凄く反対された。しかし、霊夢との戦闘で力を消耗したレミリアと、連戦で既に体力の限界を迎えつつある咲夜では、桜花を止めることはできなかった。
紅魔館の廊下はとても静かだった。
妖精メイド達も大人しくしており、まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。
または、嵐の前の静けさの様にも感じられた。
窓の外にはもう紅い霧は無く、暗い闇だけがあった。
その窓に、小さな水滴がポツポツと付き始める。
それは量を増やし、次第に大雨となった。
雨の音が聞こえる様になっても、廊下は相変わらず静かさを失わない。
まるでこの館の中だけ、違う世界になってしまったかの様に……。
「………」
無言で歩いていた桜花は、ふと足を止める。
「…止まってください」
目の前にはチャイナドレスの様な服を着た、赤毛の女性が道を塞ぐ様に立っていた。
「…たしか、紅美鈴さんでしたか?」
桜花の問いに、彼女…紅美鈴は頷いて答える。
彼女は紅魔館の門番であり、今回の異変中に霊夢にやられて気絶していたので、紅魔館メンバーの中で桜花と戦っていない唯一の人物である。
「…妹様に会いに行くのですか?」
美鈴は険しい表情で桜花に尋ねる。
「ええ、そうよ」
それに対して、桜花は笑顔でそう返事をした。
「妹様は、まだスペルカードルールを完璧に守るとは断言できません。正直に言えば危険です。…今からでも、諦めては頂きませんか?」
「いやいや、そもそも私は妹さんに会いにこの館に来たの。だから、彼女に会うまで帰れないわ」
「そうですか…」
美鈴は半身になり、左手を腰辺りに構え右手をやや低めに構える。
どうしても桜花を止めたいようだ。
「…紅美鈴、そこをどいてちょうだい。
それとも、レミリアか誰かに頼まれたの?」
「お断りします。そして、これは私の独断です。妹様はお嬢様の唯一の肉親…、あのお二人の邪魔をするならば…」
ギリッ、と拳を握る音が静かな廊下に響く。
桜花はやれやれと首を振ると、右手で顔を覆って天井を見上げた。
「別に私は邪魔をしに行くわけじゃないし、逆に良くしようとしてるんだけど?」
再び美鈴を見る桜花の顔は真剣だった。
「それでも…私はお嬢様方を守ると決めたのです」
「覚悟の上…か」
「はい、これは弾幕ごっこなどではない、正真正銘の殺し合いです。
死ぬ覚悟で挑む…。そうでもしなければお嬢様に顔向けができませんから」
それほどの忠誠心を持った彼女を見て、桜花は美鈴への評価を変えた。
「そう…、貴女の気持ちは理解できるわ。
なら、私もそれに答えましょう」
桜花も半身になって構える。
「私は妹さんに会って話がしたい。
場合によっては戦うかもしれない」
「私は妹様をお守りします。
それが私の役目ですから」
美鈴と桜花は同時に走り出した。
一瞬でトップスピードに達した二人の拳がぶつかり合う。
二人の戦いが始まった。
「さぁ、私に力を見せてみなさい!中国!!」
「ちょっ…私は美鈴です!!」
ただ、始まり方はとんでもなくマヌケな台詞からだった。
結局、戦いはぐだくだのまま、桜花が美鈴へと渾身のアッパーをくらわせて終了だった。
最初の雰囲気は全く無く、脱力感だけがその場にあった。
「わ、私、かなり真剣なつもりだったんですが…裏切られた」
涙目で桜花を案内する中国…美鈴は軽く拗ねていた。
桜花はその後ろで苦笑いである。
「まあまあ、ただ妹さんに会いに行くだけなんだってば。
なのに、ちょっと真剣に言っただけでまさか殺し合いにまで発展するとは思わなくてね…」
「貴女の場合は冗談に聞こえないんですよ!!
私のあの時の真剣な気持ちを返してください!!」
振り返りながら叫ぶ美鈴に軽く謝りながら、桜花は廊下を歩く。
怒りながらも道案内を止めない美鈴の素直な性格に好感を覚えながらも、桜花はフランと対面した時の様子を想像していた。
「(う~ん…駄目だ、どう考えても戦闘にしかならない)」
ぶっちゃけ桜花は悩んでいた。
フランの所に行く理由は、能力で彼女の『狂気』を消してあげる為だ。
そうすればレミリアともちゃんと接することもできるし、外にだって出られるからだ。
前を歩いていた美鈴が立ち止まっことに気づいた桜花の目の前には、地下に下りる階段があった。
「妹様はこの先です。ここからは一本道ですから、迷うことはないでしょう」
「うん、ありがとう美鈴」
―桜花Side―
美鈴にお礼を言って地下へと下りると、螺旋階段を下りて一直線の長い廊下を進む。
「~♪林檎とハ~チミツ~♪赤色と金色混ぜなら~♪」
廊下を歩く間、何となく前世で好きだった歌を唄う。
廊下はとても静かだったから、私の声は山彦の様に反射して、廊下の先の扉まで響いていく。
「黒くなるのかしら?♪お空と同じ色~♪」
扉までゆっくりと歌を唄いながら歩く。
扉にかかっていた術式を解除してからゆっくりと深呼吸をする。
「…よし」
ガチャリ、と両開きの扉を開ける。
部屋の中はこれまでの部屋や廊下と同じく赤一色だ。違うのは、人形やぬいぐるみや絵本等がたくさんあることぐらいだろう。
ただ、目の前にある人形やぬいぐるみは、全てが引き裂かれた様にボロボロだった。
無事なものは無く、ぬいぐるみの中身だったであろう綿がそこらじゅうに散らばっている。
部屋の中に入ると扉を閉める。
一人部屋にしては広すぎる部屋を見回す。
すると、ベッドに一人の少女が腰掛けているのがわかった。
「……だぁれ?」
まるで無邪気な子供の様な声が聞こえた。
でも私には解る。この声の主はきっと──
──狂っている。
薄暗い部屋に明かりがつく。
立ち上がった少女を見て、私は思わず目を細めた。
感情のない紅い瞳、小柄な体に不釣り合いな宝石の様なものが付いた歪な羽。
レミリアに似ている白い赤いリボンが付いた帽子。髪は金髪をサイドテールに纏めている。
「…はじめまして、フランちゃん。私はレミリアの友達よ」
「……お姉様の?」
フランはどこかボーッとした感じでこちらを見ていた。
「そうよ…それでね、貴女と遊ぼうかと思ってね」
フランの瞳が微かに揺らいだ。
「私と遊んでくれるの…?」
フランの言葉に笑顔で頷いた。
フランは私に向かって握手する様に右手を向ける。
「嬉しい…じゃあ──
──死んじゃえ」
「…え?」
突然、右手の突き出す様に構え直すと、髑髏の様なものがフランの手の平に現れた。
「キューっとして…」
「…っ!!能力を拒絶する!!」
「ドカーン!」
次の瞬間、私の目の前の空間が爆発した。
私の胸の高さだったから、おそらく心臓を狙ったんだろう。能力を使わなければ危なかったかもしれない。
いくら能力で不死身になった私でも心臓を潰されたらたまったものじゃない。
……主に痛みが。
フランは自分の手と私を交互に見て不思議そうに首を傾げている。
きっと、私に能力が通じないことが理解できないのだろう。
何度かそれを繰り返すと、フランはまるで新しい玩具を貰った子供の様に瞳をキラキラさせながら跳びはねた。
「凄い凄い!!私の力が通じないなんて初めてだよ~!!」
フランは先程までの無表情が嘘の様に喜びを全身で表している。
私はフランに近づくと頭を撫でた。
「フランちゃんは元気ね~!でも、そんなことしたら直ぐに遊びが終わっちゃうよ?」
「だって、私が力を使うとみんな壊れちゃうんだもん!
私の力でも壊れない“玩具”が欲しかったの!」
フランは私から離れると空中に飛び上がった。
「ねぇねぇ、外にはこの屋敷みたいな“紅”じゃなくて、青空が広がってるんでしょう?」
「ええ、そうよ」
「青空って見たことないのよね~。貴女の髪みたいな色なの?」
フランが私の髪を指差す。寝ている間に伸びて、床すれすれまでなった髪に触れるとフランに向き直る。
「どうかな、よく青空みたいだねって言われることはあったけれど…」
「ふ~ん……じゃあさ…」
今まで普通に笑っていたフランの顔が歪む。
それは狂気の笑みだった。
「…青空って紅く染まるのかしら」
フランがそう呟いた瞬間、大量の弾幕が現れた。
咲夜のナイフ弾幕が可愛く見える程の量に一瞬驚く。
「キャハハ、いっけー!!」
フランが腕を振ると、弾幕が一斉に撃ち出された。
「よっと…」
横っ跳びで弾幕を回避すると、私がいた場所の床は弾幕の直撃を受けて砕けた。
間違いない、フランは殺す気で攻撃してきている。
弾幕ごっこを知らないわけではなさそうだが、弾幕一発一発の威力がとんでもない。たぶん、相手を殺さない様な力加減をしていないんだ。
「え~~い!」
弾幕を避けた私にフランが黒い歪な棒状の武器で殴りかかってきた。
「うわっ!?」
慌ててしゃがむことで攻撃を避けた私は、大きく距離を取った。
「ねぇ…さっき廊下で唄ってた歌をまた聞かせてよ。私、すっごく気に入ったわ」
歪んだ笑顔のフランは、そう言って私との距離を詰める。
「あの歌は昔、私が好きだった歌なんだ…今はもう、あまり歌わないけれどね…」
フランの一撃をいなしながら私は苦笑いした。
「ふぅん…何で?」
「さぁ…何でかな?」
もう、私は昔の様に狂気に捕われていない。
思えば昔(前世)の私とフランは少し似ている。だからあの歌が気に入ったのかもしれない。
「ふ~ん…まぁいいや───………!」
フランが蹴りを放ってきたので腕を交際して防ぐ。
腕を蹴りつけた反動で大きく距離を取った時、フランは小声で何かを呟いていた。
「さぁ、本番はここからだよ…お姉さん♪」
フランが指を“パチン”と鳴らす。
次の瞬間、私は赤と青の弾幕に囲まれていた──
―SideOut―
「咲夜……」
「何でしょう、お嬢様?」
桜花が地下でフランと戦っている頃、レミリアの部屋ではレミリアと咲夜が窓から外を眺めていた。
「フランは…大丈夫かしら」
「きっと大丈夫ですよ…」
レミリアの呟きに咲夜が答える。
「“フランは私が助けてあげる…。”…か。言われた瞬間は冗談かと思ったけど…」
「はい…」
二人が思い出すのは桜花との会話。
弱っていたレミリアは桜花との戦いにあっさりと負けてしまった。しかも、一発の弾幕で、だ。『瞬殺』とは正にこのことだろう。
レミリアは最初、目を疑った。
巫女と戦って多少弱っていたとはいえ、吸血鬼たる自分が妖獣一匹に負けるなど考えていなかったからだ。
そして、驚くレミリアに桜花はこう言った。
「フランは私が助けてあげる…。だから、貴女は待ってなさい」
その時の桜花の顔は、娘を心配する様な母親の顔だった。
夜でも映える青い髪、全てを包む独特の雰囲気。
レミリアは何故か、彼女ならフランを“狂気”から救ってくれると確信した。
「これも運命、かしらね……」
「………」
レミリアの呟きに、咲夜は何も答えなかった。
──雨はまだ、止みそうにない。
今回は原作とは違うので、道中のBGMを変えてみました。
美鈴とのほのぼの会話には合わないかもしれませんが…(汗)
※桜花の唄った歌詞に間違いがあったので書き直しました。