◆幻想郷の夜明け…そして、長い眠りへと…
決着、そして…
新たに幽香が加わった幻想郷チームは、少しずつ桜花を押し始めていた。
桜花が接近戦をすればチルノと幽香が迎撃…。遠距離では、紫と幽々子を中心として、それぞれが弾幕を放つ。
余裕だった桜花の顔も、少しずつ焦りが見えてきた。いくら膨大な力を持っていても多勢に無勢…。
完全に全員へと手が回らないのである。
『くっ…ちょこまかと…この!!』
その中でも、彼女にとっての一番厄介な相手はチルノだった。
小柄な体を生かした素早い動き…。そして、そこから繰り出される大剣による強力な攻撃。強力な割に素早い攻撃のせいで桜花は苦戦を強いられていた。
『…この、離れろ!』
大剣の腹を蹴り飛ばしてチルノから距離をとる。
途端に弾幕の雨が迫るが、しっかりと弾道を見切り、回避していく。
これならばチルノとの接近戦の方がまだ大変だ、と桜花は心の中で安堵する。
しかし、彼女はそこで驚愕する。
「ふふ…甘いわよ?」
『…っ!?』
弾幕の雨の中を突っ切って、幽香が迫ってきていたのだ。
『なっ…何て無茶苦茶な…!?』
「あら、貴女には言われたく無いわね」
幽香は、距離をとろうとする桜花の腕を掴むと、そのままチルノの方へと投げ飛ばす。
『くっ…!』
慌てて体勢を立て直そうとするが、既にチルノは目の前だった。
「うりゃあああぁぁぁ!!」
チルノが振り回した大剣を、咄嗟に結界を張って防ぐ。しかし、強い衝撃を受けた結界は徐々に皹が入っていく。
『うっ…くぅ…』
桜花は結界に過剰に力を込める。すると、供給される力に耐え切れず、結界が内側から破裂するかの様に砕けた。
「うわわっ!?」
突然の衝撃に、チルノは慌てて離れる。
結界の中にいた桜花は、爆風をもろに食らったせいで至る所に傷があった。
『ぐっ…』
しかし、能力を使っているのか傷は一瞬で治る。
「幽香、これじゃキリがないよ。何とかして能力を封じないと」
チルノが隣にやって来た幽香にそう呟く。しかし、幽香はニヤリと笑ってチルノを見た。
「大丈夫、そろそろ桜花は能力が使えなくなる筈よ」
「…え?」
幽香の言葉にチルノはキョトンとした顔で首を傾げた。
~桜花(青)Side~
暗い──。
何処までも真っ暗で……何も見えない──。
音は無く、ただ自分の手足を縛る鎖の感覚だけがハッキリとわかる。
もう一人の私がやっている事はわかる。
いや、感じる…と言うべきか…。
私の愛した幻想郷が危ない。でも…私には何もできない。
ただこの場所から外の様子を感じるだけだ。
「私は…」
ぽつりと声が出た。
「私は…一体どうしたら…いいんだろう?」
私は…どこかで間違えたのだろうか?
──過去の私を拒絶したこと…?
「…違う」
──前世の世界に絶望したこと…?
「違う……私は」
そう…私は──。
もう一人の“自分”をずっと独りにさせていた“私”自身が許せないんだ──。
頬を涙が伝うのを感じる。
あぁ…私に泣く資格なんてある筈が無いのに。
「……謝りたいな」
謝って、許してもらえなくたって…それでも謝って…そして、受け入れてあげたい。
だって…“彼女”は“私”なんだから──。
『…じゃあ、行こうよ』
「……え?」
突然聞こえた声に顔を上げる。
そこにはリンが立っていた。
「リン……どうやって?」
よく見ればリンの体は透けていた。
『私の能力、「言霊を操る程度の能力」で、直接桜花に話し掛けてるの』
言霊…元来、言葉には不思議な力が宿ると聞いたことがある。
リンは言うなれば、言葉を操る力を持っているのだ。
『桜花、「彼女」に謝りたいんでしょ?』
リンの言葉に、頷くことで肯定を示す。
『じゃあ、こんな所に閉じこもってないで、会いに行かなきゃ!』
「でも……どうやって?」
手足に巻き付く鎖は力を封じる力でもあるのかびくともしない。
『大丈夫、私達が助けてあげる』
「私…達?」
リン一人なのにどうして“達”なのだろう?
そう思った瞬間、たくさんの人影がリンの後ろに現れた。
どうやら全員が女性らしい。しかも…あの服は……まさか…!?
たくさんの人影の中から一人の女性が前に出る。
その女性が着ていたのは巫女服…博麗の巫女が着る、紅白の巫女服だった。
『お久しぶりです…桜花様』
数百…いや、もう千年は経っただろうか?
生前と変わらぬ姿で、初代博麗の巫女…博麗霊樺が立っていた。
「霊樺…なの?」
目の前の光景が信じられなくて、私はただ呆然としながらそう呟いた。
『はい…と言っても、私は既に死んだ人間。今、ここにいる私は、リン様があの世から一時的に呼び出した魂のカケラでしかありません』
「じゃあ、後ろにいる彼女達も…」
後ろにいた女性達は皆、優しい笑顔を浮かべて頷いた。
『はい…皆、リン様のお声を聞き、桜花様のお力になろうとあの世からやって来た、歴代全ての巫女達です』
私はもう一度、彼女達を見る。
皆、力強い目をして私の視線に頷いてくれる。
私と共に幻想郷を飛び回り…そして、最期を見送った歴代の巫女達…。
「こんな…こんな私の為に…」
嬉しくて涙が溢れてくる。
私は…私はなんて幸せ者なんだろう。私の為に、死して尚力を貸してくれるなんて…。
突然、手足に巻き付いていた鎖が切れる。
いきなり自由になった体がふらりと倒れそうになるが、霊樺が支えてくれた。
『さぁ、行って下さい桜花様。私達にできるのはここまでです』
「皆…ありがとう」
彼女達は、全員頭を下げて私を見送ってくれた。
『『『いってらっしゃいませ、桜花様』』』
彼女達の声を背中で聞きながら上へと飛んで行く。
「…お……か…」
上から小さな声がした。
「おう……か」
次第にハッキリとしてくる声…。これは紫かな?
「桜花~」
「桜花殿…」
これは幽々子と妖忌だ。
「桜花さん!」
これは真矢…
「桜花」
「…桜花」
輝夜に永琳…
「桜花様…」
「桜花…」
「桜花さ~ん!」
霊那と幽香と大ちゃん…
──そして
「桜花、こっちだよ~!」
最後の声はチルノ…。
あぁ、皆が待ってる。今、行くからね──。
~幻想郷上空~
「…来た」
チルノの言葉に全員が彼女に注目する。
「間違いない。桜花が来る!」
チルノは剣を腰のホルスターに戻すと、両手を広げて何かを抱きしめる様な動きをした。
「…おかえり」
チルノの頬を一筋の涙が伝う。全員が、そこに“彼女”がいるんだとわかった。
『…ただいま』
皆に帰還を伝えるかの様に、いつもの優しい声がした。
『そんな…どうして?』
目の前の光景に、桜花(黒)は混乱していた。
彼女は間違いなく心の底にいた筈だったのに…どうやって出てきたのだろう?
原因を考えるが全く解らない。
しかし、彼女はまだ万全ではない。どうやって出てきたかは知らないが、肉体の主導権はまだ自分にあるのだから…。
と、自分なりに気持ちを安定させた桜花(黒)は再び構えをとる。
チルノもそれに気づき、バスタードチルノソードを構える。
『チルノ、私の力を貸してあげる。だから…思いっきりやっちゃいなさい!』
すぐ側から聞こえる桜花の声と気配に、チルノは思わず笑顔を浮かべる。
頭上で剣を数回回転させると、右足を半歩引いて半身になる。剣は剣先を下ろした腋構えに構える。
「いくよ、これが…最後の攻撃だ!」
今までで一番速いスピードでチルノは飛び出した。
青いオーラの様にチルノと桜花の力が混ざり合い、そして体を包む。
桜花(黒)は迎撃の姿勢をとると、能力を発動させようとする。
『…え?』
しかし、彼女の能力は発動しなかった。それどころか、今まで回復に使っていた能力まで解除されている。
『まさか…』
表に出た本来の桜花によって、彼女の力は完全に無力化されていた。
焦っているうちにチルノが迫る。
能力に頼った戦いはもうできない。彼女はありったけの力を込めて結界を作る。
しかし、その結界もチルノの一振りであっさりと砕けちった。
チルノが振り抜いた剣を持ち直すと、「ガチャリ」という音が剣から発せられた。
「…ブレイク!!」
『…っ!?』
次の瞬間、一本だった剣がバラバラに分解され、六本となる。
それらは桜花(黒)を囲む様に宙に浮いたまま静止する。
チルノから出るオーラが強くなる。その衝撃で頭の黒いリボンがハラリと解け、風に流されていく。
「くらえ…あたいの最強の奥義!」
チルノは近くにあった一本を手に取ると、正に閃光と言っても間違いではない程のスピードで彼女を切る。
『ぐっ!』
彼女は防御しようとするが、チルノが速過ぎて完全に無駄に終わっている。
チルノは新しい剣を手に取ると、再び切る。手に取る、切る、手に取る、切る……。
まるで嵐と呼べる怒涛の連続攻撃。チルノの姿は青い光の筋にしか見えず、誰にもその姿を捕えることはできない。
そして、数十にも及ぶ斬撃の後、チルノは上空に待機していたメインの剣…あたり剣を手に取る。
「これがあたいの奥義…」
チルノは全身に力を込めて急降下する。周りにいた者全員が、チルノの背中を桜花が優しく押してあげた様に見えた。
「超⑨武神覇斬!!」
あたり剣による必中のトドメの斬撃が桜花(黒)に直撃し、青い光の衝撃波が周り吹き荒れる。
そのまま地面に着地したチルノの周りに、空中に留めていた剣達が役目を終えたとばかりに、次々と落下して地面に刺さる。
そして、掲げた右手にあたり剣が納まる。ふぅ、と小さく息を吐く。
ゆっくりとチルノが顔を上げると、そこには二人の桜花が浮いていた。
「ねぇ…」
桜花は自分に語りかける。黒髪は乱れ、服は所々が破れており、傷だらけだった。
『なによ…』
俯いて荒い呼吸をしていたもう一人の桜花が答える。
「貴女に言いたいことがあったの…」
『………』
何も言わない自分に構わず桜花は続ける。
「今まで、寂しい思いをさせて…ごめんなさい」
『………っ』
ピクリと、彼女の肩が震えた。
「私はもう、貴女を独りにしない。私は貴女を受け入れて、これから生きていくよ」
しばしの沈黙、それを破ったのは彼女だった。
『名前…』
「…え?」
『私の新しい名前を決めてくれたら……許してあげる。同じ名前は……その…ややこしい…』
桜花は笑顔で頷くともう一人の自分の手を握りしめる。
「うん…貴女の新しい名前…決まったよ」
彼女が俯いていた顔をあげる。
「貴女は…彩花。これから、色鮮やかに生きれるように…。自分自身を彩れる様に…」
『彩花……私の新しい…名前…』
彼女…彩花の目から涙が溢れる。血の様に赤い涙ではなく、普通の涙が流れていた。
『私……私、皆にたくさん迷惑かけちゃった…』
俯く彩花を、桜花は抱きしめた。
「大丈夫…きっと、皆許してくれる。…もし許してくれなくても、私はこれからずっと、貴女の味方だから…」
『…うん、あり…がとう』
彩花は満面の笑みを浮かべると、光の粒になり、桜花の体へと吸い込まれる様に消えていった。
「私は…もう、一人じゃない」
胸に手を置いてそう呟いた桜花は、その場でくるりと振り返る。
「皆、ただいま」
桜花の言葉に、集まった紫や幽々子達は全員笑顔を見せた。
「「「おかえりなさい」」」
微笑む彼女達を、幻想郷の夜明けの光が優しく包んでいた。
三日後、博麗神社の縁側で桜花と霊那はお茶を飲んでいた。
暖かい日差しが気持ちよく、先日死闘があったとは思えないほど長閑であった。
「はぁ…平和ね」
「そうですね…」
お茶を飲みながら青空を眺める。いつもの日常である。
「桜花様、彩花様はどうなされていますか?」
「ん~?…あぁ、まだ寝てるよ。力を使い過ぎたからね」
苦笑いする桜花を霊那は心配そうに見つめる。
「桜花様…」
「ん?どうしたの?」
霊那は桜花の服をギュッと掴む。それは、まるで母親にしがみつく子供の様だった。
たしかに、桜花は霊那が小さい時から一緒に暮らしてきた“家族”だ。母親だと思われてもしかたがない。
「…いえ、何でもありません。…何だか桜花様が何処か遠くに行ってしまいそうな気がして…」
「…霊那、大丈夫よ。私はもう何処にも行かないわ」
「…はい、そうですね。変なことを聞いてしまいました。…私、掃除をしてきますね!」
霊那は立ち上がると、箒を手に境内へと駆けて行った。
「まったく……本当に家の巫女は勘が鋭いんだから…そう思わない?…紫」
桜花の隣にスキマが開いて紫が顔を出した。
「そうね、貴女も相変わらず何も相談してくれないけれど……」
「…ごめんなさいね。心配はかけたくないから」
桜花は目を細めて空を見上げる。
思えば、こうして空を見上げるのは一体何回目だっただろうか…、と桜花は考える。
「この空も…しばらく見れなくなるわね…」
桜花の言葉に紫は拳を強く握りしめる。
「…何年かかるのかしら?」
紫の問いに桜花は首を横に振った。
「わからない…少なくとも五百年から千年くらいは掛かるかな…」
どんな夢をみるのかなぁ、と言う彼女の隣で、紫は俯いていた。
先日の戦いで桜花は一度、自分にかかる能力を完全に解除した。
その結果、彼女は現在、力があまり残っておらず、とても危険な状態なのだ。
妖力も神力も霊力も、自らを存在させる程度しかない。このままでは桜花は消滅する。
そこで、桜花が取った選択は“休眠”だった。
力が元に戻るまで、桜花は休眠状態となり、力の無駄遣いを抑えることにしたのだ。
ただ、どの程度休眠すればいいのか検討がつかない。
元々膨大な力を持っていたが故に、どのくらい眠ればいいのかわからないのだ。
「…桜花」
紫の泣きそうな顔を見て、桜花は思わず苦笑いをする。
「私が寝てる間、幻想郷を頼むわよ?…そうね、そろそろ優秀な式でも探しなさい」
「…ええ」
それから二人は色々なことを話した。幻想郷を囲む結界を作る話や、月の様子を見るついでにちょっと戦ってみようか、といった話等…。
桜花も紫も、笑いながら話し合った。
「ふぅ…こんなにたくさんお喋りしたのは久しぶりだったわ」
「ええ、そうね」
桜花は柱に背中を預けて微笑んだ。瞼が少しずつ、閉じられていく。
「チルノ、怒るかな…」
「そうね、怒るでしょうね…」
桜花は苦笑いをすると空を見上げた。
「起きたらて…ちゃんと…謝ら…なくちゃ…」
紫はまた泣きそうな顔をしていた。桜花の目は、もうほとんど閉じている。
「紫…そんな…顔……しないで………また…会えるでしょ?」
紫は背を向けて涙を拭う。
「ば、馬鹿ね…私がそんな事を心配する筈がないでしょう?幻想郷は私に任せて、貴女は………桜花?」
ふと、何かに気がついた様に振り返った紫は優しい笑みを浮かべた。
「……おやすみなさい、桜花」
柱に背中を預けた状態で、桜花はすやすやと寝息を立てていた。ただの昼寝ではないかと思う様に自然な姿だった。
紫は桜花を抱き上げると、神社の中へと入って行く。
「安心して眠りなさい…。貴女が起きた時、幻想郷はきっと素晴らしい所になっているわ…」
この日より千数百年、幻想郷で青い妖獣の姿を見た者はいない。
彼女が目覚めるのは、とある夏…幻想郷が紅い霧に包まれる前になる。
実はもう少し色々な原作キャラ達に会いに行く話を書きたかったんですが、そうすると原作がなかなか始まらないので、思い切ってカットしました(汗)
ピクシブにて、チルノの「超⑨武神覇斬」発動の瞬間をイメージしたイラストを載せておきました。
それでは、また次回でお会いしましょう!