◆集う者達
目覚めた“彼女”は全てを拒絶しようと動き出す──
そんな彼女を止めようとするのは桜花が出会った友人達だった──
草木も眠る丑三つ時…。
博麗神社から一つの人影が空へと舞い上がった。
星空の下を飛んで行く人影は、まるで楽しむように両手を広げる。
『凄い、凄い!空を飛ぶってこんな感じなんだ~!』
暗い夜空でも透き通るような少女の凛々しい声は、まるで小さな子供の様に弾んでいた。
『これが幻想郷…』
霧の湖を、妖怪の山を、人間の里を、ぐるりと一周見て回る。
『…実際に見ると、本当にいい所よねぇ』
少女は目を閉じて深呼吸をする。
そしてゆっくりと目を開ける。その時、彼女の目には狂気の色があった。
『まぁ、今から消えて無くなるんだけどね。……ふふふ…あははははははぁ!!』
桜花の姿をした少女は、狂気に身を任せてただ笑う。
『さぁ…今日は世界最後の日よ!!存分に足掻きなさい!!』
彼女が両手をぐっと握る。
たったそれだけで…空間が割れた。
バギリ、と鈍い音がして彼女を中心に空間に皹が入っていく。
『ふふふ…桜花、貴女に…私と同じ絶望を…』
~紫の家~
「…っ!?な、何よこれ!?」
幻想郷のとある場所に存在する家。そこでこの家の主、八雲紫は混乱していた。
突然現れた巨大な力。妖力、神力、霊力、全てが混ざった巨大な力が空間に皹を入れている。
「こんな出鱈目な事をするなんて……一体誰が!?」
紫が知る中でこんな事ができる人物は一人しかいない。
しかし、彼女はそんな事をするような妖怪ではない。あの青空の様な…優しさの塊の様な彼女では絶対にやらない事だ。
「でも、だとしたら誰が…?」
スキマを開こうとするが、何故か原因の近くにはスキマが繋がらない。
紫は舌打ちをすると、家を飛び出して空へと舞い上がる。そして、一直線に力の中心へと向かって飛んで行った。
~白玉楼~
白玉楼の一室で、西行寺幽々子は夜空を睨んでいた。
「この力は…一体?」
いつもの穏やかな顔はそこには無く、真剣な目をしたまま夜空の一点を見つめていた。
とてつもなく巨大な力を感じて目を覚ましたのが数刻前…。徐々に強くなる力に彼女は危機感を覚えていた。
「…妖忌」
「…はっ、ここに」
幽々子の声に答えたのは白玉楼の庭師、魂魄妖忌。
彼は、幽々子の部屋のすぐ外で、何時でも行動できるように控えていた。
「…出かけるわよ」
「承知致しました」
力の中心に向かって、静かに亡霊と半人半霊は飛び立った。
~妖怪の山~
「…これは」
妖怪の山の頂上付近にある天狗の屋敷。その屋敷の屋根に一人の着物姿の女性がいた。
「…天魔様」
部下の天狗に天魔と呼ばれた女性は振り返る。
仲間の鴉天狗を連れてこの山を再び訪れてから数百年。懐かしい桜花の気配を感じながら暮らしているうちに、彼女は“天魔”と呼ばれるまでになっていた。
「…私は少々出かけます。私がいない間、ここの警備を怠らないように」
「はっ!!」
部下の返事に頷くと、天魔……射命丸真矢は夜空へと飛び立った。
~迷いの竹林・永遠亭~
迷いの竹林の中に存在する永遠亭。そこに住む住人、蓬莱山輝夜と藤原妹紅は縁側で一緒に空を見上げていた。
「輝夜、これって…」
「わからないわ。永琳、調査するから準備して…」
「準備なら…もう終わっていますよ、姫様」
部屋の中から出てきたのは八意永琳。月の頭脳と言われた女性。
「輝夜…」
心配そうに見つめる妹紅の頭を輝夜は撫でる。
「大丈夫よ、妹紅。すぐに帰ってくるわ」
月の頭脳と月の姫は、親友に見送られながら夜の空へと舞い上がる。
~博麗神社~
「これは……異変?」
博麗の巫女…博麗霊那は、お札とお祓い棒を準備すると奥の部屋へと足を運ぶ。
「桜花様、大変です!!幻想郷が……」
霊那が部屋に入った時、そこには綺麗に畳まれた布団だけがあった。
「……桜花様?」
霊那は首を傾げるが、先に行ったのだろうと思い、神社を飛び出した。
~四季の花畑~
花畑の中心にある墓石。その上で、博麗リンは静かに目を閉じていた。
「リン…」
目を開いた先にいたのは小柄な少女だった。
青い服に青い髪、黒いリボンに左腕に着けた黒いカバー。そして、腰に挿した大剣。
「……待ってたよ、チルノちゃん」
チルノは腰に挿したバスタードチルノソードを地面に突き刺す。ズンッ、という音と共に、剣は三分の一程度地面に埋まる。
「あんたがわざわざ博麗の巫女や紫を呼ばず、あたいを呼んだってことは……桜花に何かあったの?」
チルノの真剣な眼差しを真っ直ぐ見据えながら、リンは頷いた。
「お姉ちゃんの……いや、世界の一大事だよ!」
「世界の一大事、か…」
ふと、辺りが明るくなったことに気づいた氷精と博麗の神の一人は夜空を見上げる。
「あれは…」
「………」
そこにあったのは、白い満月だった。
本来の月にあるはずの模様は一切無い。ただ白いだけの月があった。
そして…その中心に、月を背後に一つの人影がある。
背中まである髪の先を紐で束ね、頭の上には獣耳。腰の辺りからは柔らかそうな尻尾。
「…桜花」
チルノが名前を呼んだ時、複数の光が別々の方向から飛来する。
チルノは地面に刺さった剣を握ると、リンへと顔だけで振り返る。
「…チルノちゃん、お姉ちゃんをお願い」
「…うん、わかってる」
チルノはバスタードチルノソードを腰に挿して地面を蹴る。
「私が呼ぶまでもなかったかな…」
リンは目を閉じると光を残してその場から消えた。
チルノは舞い上がる途中で、湖から緑色の髪をした少女がやって来るのが見えた。
「…大ちゃん」
「私を置いていくつもりだったの?水臭いよ、チルノちゃん!」
大妖精はいつもの様にチルノに笑いかける。
「チルノちゃん、私だって役に立つよ。桜花さんの…いや、あの人の所に行くんでしょ?」
「うん…ありがとう、大ちゃん」
チルノは再び視線を桜花へと向ける。
いや…桜花の姿をした“何者”かに向ける。その目に静かな怒りを宿して。おそらく隣の大妖精も、今集まって来ている者達も気づいている。
「(…あれは桜花なんかじゃない)」
チルノと大妖精は飛ぶスピードを上げた。
~幻想郷上空~
『…ふふふ、来た来た。いっぱい獲物が来たわぁ』
桜花の姿をした少女は笑いながら白い月を見上げる。
空間の皹は徐々に広がり、カケラとなって舞い上がる。キラキラと輝くそれは、まるでダイヤモンドダストの様に綺麗だった。
「そこまでよ!!」
突然の声に彼女はゆっくりと振り返る。
『いらっしゃい、八雲紫』
笑いかける彼女とは裏腹に、紫は険しい顔をしていた。
「桜花、一体何故こんな事を!?」
紫のを聞いた彼女はニヤリと笑う。
紫はゾクリと背中に寒気を感じて思わず少しだけ後退した。桜花は絶対にあんな笑い方をしないはずだからだ。
『何故って…、この世界を壊したいからよ』
笑いながらそう答えた彼女に紫は言葉を失ってしまった。
そんな時、新たな姿がその場に現れる。
「嘘ね、桜花はそんな事を望むはずがないわ」
紫横に並ぶ様に、西行寺幽々子が現れた。すぐ後ろに妖忌もいる。
「そうです、彼女はいつも優しく全てを見守っていました」
幽々子とは反対側に黒い翼を広げた着物姿の女性…射命丸真矢が現れる。
「そんなあいつが、こんな事するわけないじゃない」
紫の後ろに輝夜と永琳が現れる。
「貴女は…桜花様ではありませんね?」
紫のすぐ隣に霊那がやって来た。
『あら、私が桜花じゃないなら誰だというの?私は正真正銘、鈴音桜花よ?』
両手を広げた彼女は見下すような視線を全員に向けている。
「違うね、あんたは桜花じゃない」
紫達よりもっと高い所からの声に全員が見上げる。
そこにいたのはチルノと大妖精だった。
『あら…酷いわチルノ、貴女も私のことを偽物だって言うの?』
「気安くあたいの名前を呼ぶな。あんたにそんな資格はない。桜花を帰せ!!」
チルノの目には怒りの色がある。今まで、ここまで怒ったチルノを見た者はいなかった。
『ふ…ふふふ…ふふふふふふ』
桜花の姿をした彼女は、笑いながら両手で顔を隠すと笑い始めた。
『いいなぁ、桜花は皆に愛されていて…羨ましくて、憧れるわ………そう、憎らしいくらいにねぇ!!!』
ざわり、と空気が変わった。まるで絡み付く様な空気が辺り一面を包み込む。
顔を上げた彼女の色が変わる。夜よりも黒い“漆黒”へと…。
獣耳や尻尾は消え、髪も服も黒くなる。その姿は正に人間だった。しかし、濃密な力が彼女が普通の人間ではないと理解させる。
『ふ、ふふふ……可愛らしい命達………私が粉々にしてあげる!!』
両手を広げた彼女の両目からは血の涙が流れていた。
『さぁ…終わりを始めましょう』
彼女の言葉を合図に、全員が動き出す。
ここに、幻想郷最強の者達による戦いが幕を開けた。
今回の戦いは幻想郷だけでなく世界をかけた戦いです。
さぁ、この世界はどうなるのか!?