◆私と“私”
それは死の奔流──。
あぁ、懐かしい──。
かつて西行妖が放った死の衝撃、それが……
彼女の中の闇に眠る、もう一人の彼女を目覚めさせた──。
夢を見た──
誰の夢で、いつの時代かはわからない──
その夢に出てくるのは、何の変哲もない一軒家と町並み……そして──
一人の少女だった──
幽々子の一件から一年経ったとある夜。
──私は夢を見た。
目を開けた私が見たのはいつもの我が家ではなく、現代にあるようなコンクリートの地面と、たくさんのビルだった。
はて、これは一体何が起こったのか?
私がそう考えていると、突然私の体を数人の子供がすり抜けて行った。
突然の事で驚いたが、どうやら子供達には私が見えていないようだ。そのまま何もなかったかの様に走り去って行く。
……あぁ、そうか。これは夢なんだな。
私はこれが夢なんだと理解した。よく見たら私の体は地面から少し浮いていて、若干透けている。
しかし、また随分と懐かしい夢を見たものだ。
この街は永琳のいた街ではなく、私の前世の記憶にある街だった。
前世の記憶なんて、ほとんど忘却の彼方だったのに……。まぁ、能力のせいで忘れたくても忘れられないんだけど…。
絶えず車が走る道路、高いビル、行き交う人々。
自然を破壊して、醜くも成長した世界…。ゴミで埋めつくされた世界…。
私はきっと無関心な目をしているんだろうな、と自分でわかる。人間だけが我が物顔で生活する世界なんて、幻想郷なんかと比べものにもならない。
此処には妖怪も、妖精もいない。ただ人間がいるだけだ。
そんなことを考えていると、私の隣を一人の少女が歩いて行く。
背中まである黒髪を揺らしながら歩く少女は私の胸元より少し小さいくらいの身長で、青いセーラー服を着ていた。手には黒い鞄を持っている。中学生のようだから、年齢からすると15歳くらいかな?
その少女は何を思ったのか、立ち止まると私と同じ様にゆっくりと街を見渡す。
少女の顔は前髪で隠れてわからないが、きっと私と同じ様な顔をしているんだろうな、と私はそう思った。
少女はしばらくすると歩き始めた。私の体も少女を追いかける様にして動き出す。私はただ、少女の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
少女の家は街から少し離れた場所にあった。目の前に小さな公園があり、周りには少ないけど自然が残っていた。
無言で玄関を開けて中に入る。
少女は「ただいま」も何も言わずに階段をのぼる。
そのまま部屋に入ると、着替えを済ませてすぐに机に向かう。
勉強を終えると、今度はパソコンをつけてネットサーフィン。
無言のまま、静かな部屋にカタカタとキーボードを打つ音だけが響く。
しばらくすると、下の階からガタガタと物音が聞こえだした。
それと…、大きな怒鳴り声も同時に聞こえる。男性と女性の声だった。
この部屋は防音に優れているのか、何と言っているかは聞こえない。
少女は一瞬だけ手を止めたが、再び画面に視線を向けた。
少女は食事もとらず、風呂に入るためだけに部屋を出ただけで一日を終えた。
突然、目の前の景色が変わった。
場所は何処かのマンションの一室だった。質素な家具と先程見たパソコンが一台。そんな狭い空間の真ん中に私は立っていた。
ガチャリ、と背後から聞こえた音に振り返る。
そこにいたのは先程の少女だった。
ただ、身長はだいぶ伸びていて、耳を入れなければ私と同じくらいだ。
相変わらず背中までの黒髪を揺らし、前髪で目元を隠した髪型だ。顔の形がいいからきっと美人なんだろうと思うのだが…。
少女は一人暮らしを始めていた。両親は……どちらも行方不明になっていた。
少女はベッドに腰掛けると、救急箱を取り出して袖を捲り上げる。
彼女の手足は傷だらけだった。しかも意図的につけられた様な傷ばかりで、私は思わず顔をしかめる。
消毒を済ませてから救急箱をしまうと、机の上に鞄を置く。
鞄から出したノートや書類にも虐めと思われる書き込みがいくつもあった。
少女は無言のまま机に向かうと、勉強を始めた。その手は、まるで機械の様に一定のスピードで動く。
最後の文字を書き終えると、少女は立ち上がり、玄関で靴を履く。すると、何かを思い出したのか再び部屋の中に戻ると、クローゼットを開けてコートを一着取り出した。
首元と手首にモコモコとした毛がついた黒いコートだった。
そのコートは…私のコートとそっくりだった。
夕日の中、少女は公園に向かって歩いていた。風に靡く黒髪は暗くなってきた空に溶けてしまいそうだった。
公園には誰もいなかった。人通りも少ない小さな公園。その中央に少女は立つ。
街灯も何もない公園は既に真っ暗だった。しかし、少女の輪郭はハッキリと見える。まるで世界から切り取られている様に……。
『…ねぇ』
一瞬聞こえた声に私はハッとした。
『…ねぇ、貴女は今……幸せ?』
暗闇の中、私の方を向きながら話す少女に私は思わず息を呑んだ。
『…貴女は今、幸せ?』
全く同じ問いに、私は頷いた。
『…そう、幸せなんだ……羨ましいな』
少女が俯くと小さな嗚咽が聞こえた。
「貴女は…誰?」
私はいつの間にか問いかけていた。
少女はゆっくりと顔を上げると、両手を広げた。
『…ここは夢。今は無い景色…過去の虚像…貴女が見ているのは自らの罪』
「自らの……罪?」
少女は頷く。
『思い出して、貴女の罪を……貴女は多くの人の未来を奪った』
「私が…?」
私は記憶を辿ってみる。しかし、私は人の命を奪ったり、誰かの人生を目茶苦茶にした事はない。
大昔の人妖大戦の時の護れなかった人間達の事だろうか…?
『違うよ……もっともっと大きな罪』
少女は広げた両手をゆっくりと胸の前にもっていく。
『両親は喧嘩ばかりしていて嫌いだった…。学校も、友達なんかいなかった。親が離婚して、行方不明になって、更に無口になってから私は誰からも必要とされなくなった。誰にも受け入れてもらえなくなった…』
ゾクリと背中に寒気がした。
『皆、私を拒絶した。親も、友達も、そして………自分自身さえも…』
いけない……“彼女”は目覚めさせるべきではない。
『ねぇ、桜花…貴女は人殺しなんだよ。それも大量殺戮に等しい事をした…』
ダメだ…彼女にこれ以上喋らせたら……私の中の何かが壊れる。
足を動かそうとするが動かない。そのことに私は驚いた。まるで自分の足ではないかの様にピクリとも動かない。
『桜花、貴女の前世の記憶……結構曖昧じゃない?』
彼女の言葉にドキリとした。彼女はどうして私の名前や前世の事を知っている?
いや、そもそもどうして“私の記憶に穴がある”事を知っているのか…?
私の前世の記憶は曖昧だ。町並みやプレイしたゲーム等はハッキリと覚えている。しかし、自分の名前……いや、それどころかどのような姿で、どんな生活をしていたのか…自分の情報だけがスッポリと抜け落ちていた。
『自分の事がわからない……どうしてだかわかる?』
──ビシッ
「……あっ」
彼女が何かを包む様に手を動かすと、それに連動するかのように空間に皹が入る。
バキバキ、と徐々に皹が広がっていく皹をただ呆然と眺める。
知っている……私は、この光景を知っている。
『懐かしい?世界が消える瞬間だよ?貴女は世界中の生物を消したの』
そうだ…これは前世で私が世界を拒絶した時に……
『私は、貴女が世界を拒絶した時に一緒に拒絶して消そうとした過去の私…』
二人の間を一瞬だけ強い風が吹く。その時見えた彼女の顔は……私と全く同じ。
ただ、彼女の黒い瞳には私には無い狂気の色があった。
『酷いよ……私も…私も一緒にそっちの世界に行きたかった!!私だけが拒絶されるなんて間違ってる!!』
辛くて、忘れたくて、拒絶した昔の“私”……そうか、消えていなかったのか…
彼女は両手で顔を覆うと、うずくまってまた嗚咽を漏らし始める。
「私は……」
私が声をかけようとした瞬間──。
『もう……いいや』
今まで泣いていた彼女が立ち上がる。
『──ふ、ふふふ』
彼女の顔は──笑っていた。
真っ赤な涙を流しながら──。
『くっ…はは、ははは……あはははははははは!!』
自分と同じ顔が狂った様に笑う光景に、私は声が出なかった。
『いいわ……私を拒絶するなら………私が貴女を同じ目に合わせてあげる!!私が貴女の世界を壊してあげる!!何も無い、独りぼっちでいる事が…どれだけ辛いかを教えてあげる!!』
彼女は再び泣いていた。血の涙を流しながら。まるで母を求める子供の様だった。
「あぁ、私は……」
私は“私”をおいてきちゃったんだ。私は“私”なのに……消える筈がないのに…。
分かれてしまった私の分身。ずっと独りぼっちで眠り続けていたもう一人の私。
「私は、なんて…馬鹿なんだろう」
『さぁ、私が“私”に絶望を与えてあげる!!貴女はそこで見てなさい!!』
突然、何処からか現れた鎖が私の四肢に巻き付く。
「…あ」
私は抵抗しなかった。
いや、できなかった。きっと……これは私への罰。
一つの世界を消して、過去の自分さえも消そうとした…我が儘な私への罰だ。
『さぁ…眠りなさい。そうしたら余計な事なんて気にしなくて済むわ』
“私”の言葉を聞きながら、私の意識は深い闇に沈んで行った。
『…おやすみ』
真っ暗な空間に彼女の声だけが響いた。
『そして…おはよう』
次回はもう一人の桜花が暴れ回る!
ピクシブにて『表裏』を投稿しました。シンプルです。なんの捻りもありません(汗)
いつものように『二次小説』のタグで検索をm(_ _)m