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東方~青狼伝~  作者: 白夜
原作前編
17/112

◆死別と決意

 ちょっと暗い話です。


 私がこの神社の神として祭られてから数年の月日が流れた。霊樺は身長が少し伸びて大人っぽくなり、妖怪退治の腕前も一級になった。修行も欠かさず行う真面目な子である。現在25歳、そろそろ結婚も考えていいのではないか、と話を持ち掛けたが断られた。


「私はこの神社と、里を悪い妖怪から守ることだけを生業にしています。桜花様の御心は嬉しいですが…結婚は考えてません」


 …だ、そうだ。


 ちなみに最近ルーミアを見かけないと思ったら旅に出たらしい。理由はもっと世界を見て回りたいから、らしい。


 旅に出たのは私が帰ってくる一週間前…入れ違いになったわけだ。まぁ、ルーミアもなんだかんだで強いから心配はしていないが。



 さて、現在私は博麗神社にて霊樺と陰陽玉の開発に奮闘している。霊樺単体でも十分強いのだが彼女のように強い巫女が今後も続くかどうかはわからないため補助の為に開発しているのだ。


「相手を自動で狙って攻撃してくれるものがいいですね。あ、あと直接投げつけるとか……」


 霊樺からの要求を踏まえて私が陰陽玉に神力を注いで効果を決めていく。ついでに能力を使って壊れないようにしておいた。


「…っと、こんな感じかな?」


「はい、助かりました。まさか桜花様自ら作ってくださるとは…」


「…ん、気にしないでよ。これから沢山世話になるんだしね」


 博麗神社の評判はとても良く、妖怪退治の他にも御札の販売も行っている為か生活費は普通に稼げている。幻想郷ができてからは妖怪退治も御札もあまり必要なくなるから今のうちに稼がなければ後で酷い目に合うだろう。原作の霊夢なんかがいい見本だ。あの腋巫女は万年金欠なのだから……


「桜花様、一休みしましょう。今お茶を入れてきます」


「ああ、お茶は三つ用意してちょうだい」


「え?三つですか?」


「そう、三つ…よろしくね」


「…わかりました」


 首を傾げて神社の奥に消えて行く霊樺を見送ると私は縁側に座り空を見上げる。ついでにさっきから覗いている奴にも声をかけるとしよう。


「いるんでしょ、紫?」


「あら、バレてたのね」


 目の前の空間がパックリと割れて大量の目玉が見える紫色の空間が見える。そこからいつもの紫色のドレスの様な服を着た女性が現れた。スキマの妖怪、八雲紫である


「久しぶりね、最後に会ったのは五年前だったかしら?」


「七年前よ…まったく、相変わらず突然現れるのね」


 紫は私の隣に座ると私と同じ様に空を見上げた。


「本当にこの辺りはいいわね…妖怪も人間も共存できてる」


「まぁ、まだ悪さする妖怪が多いし、人間も妖怪を完全に信用してないけどね」


「でも貴女は人間も妖怪も関係なく接しているのでしょう?」


「…まぁね」


 紫は扇子で口元を隠す。おそらく笑っているのだろう。目を細めて肩が小さく動いているから間違いない。


「…本当に貴女は興味深いわ。式にできないのが凄く残念よ」


「私は貴女の式になれなくて安心してるわ。貴女のことだもの面倒な事は全部式にやらせるのでしょう?」


「………そんなことないわよ?」


 じゃあ今の間はなんなのよ。明かに目を逸らしながら言っても全然説得力がない。


「桜花様、お茶を……っ妖怪!?」


 お茶を入れてきた霊樺が紫を見て懐から御札を取り出すのを手で制する。


「大丈夫よ、彼女は八雲紫…私の友人だから」


「はじめまして、博麗の巫女さん」


 私の友人と聞いて安心した様に御札を仕舞った霊樺を見てはじめて出会った頃を思い出す。あの時は突然御札を投げられたんだったか…そして私が考え事をしていて彼女に返事をしなかったのが原因で戦闘になったのだった。懐かしいな。


 その後、霊樺と紫は自己紹介をして今は三人でお茶を飲んでいる。


「人間と妖怪が共存する理想郷…ですか」


 霊樺がお茶を啜りながら紫の方を向く。


「ええ、桜花や貴女が見守るこの地域は正にそうだと思うのよ。だから私の夢である理想郷をここに作らせてくれない?」


 紫はいつもの胡散臭い顔ではなく真剣な顔でこちらを見ている。


「私は構わない。霊樺はどうする?」


「私は桜花様がそう言われるのでしたら何も文句はありません」


「ありがとう、二人とも…」


 私達を見ながら紫は嬉しそうに微笑んだ。紫の本当の笑顔はとても綺麗で思わず見とれてしまう。


「それで、名前はどうするのですか?」


 霊樺の言葉に紫は視線を空に向ける。そよ風が彼女の金髪を揺らして、その光景がまるで一枚の絵のようになっていた。


「名前は…幻想が集う場所、どんな存在でも受け入れる理想郷だから…『幻想郷』にしようと思うの。どうかしら?」


 紫は微笑みながら私の方を向いて微笑んだ。


「ええ、いいと思うわ」


 今日からこの場所は幻想郷と呼ばれるようになった。この日は冬が終わり、春の訪れを感じる…そんな温かい日だった。










 それから六十年、私と紫と霊樺は幻想郷の地盤を固めていった。妖怪には昼間や里では人間を襲わないことを呼びかけ、人間には夜は里から出ないように注意した。それを破る者がいれば博麗の巫女や紫が退治に来る、となかば脅しともとれる内容だがなんとか形はできてきた感じである。


――そして


 今、私と紫は博麗神社の一室にいる。目の前には布団に入って横になっている霊樺がいる。


 彼女も85歳…随分と歳を取った。白くなった彼女の髪を触る。


「すいません…桜花様、紫様。もう少し…お二人と幻想郷を見ていたかったのですが…」


 私は彼女の皺の増えた手を握った。私の手は全く変わっていない…それが何だかもどかしくて仕方がない。霊樺はリンと同じくらい大切な人間だったからだ。


「お二人とも……私は…お先…に、失礼させて…いただきます。どうか…お元気で…」


「こちらこそ…長い間ありがとう。ゆっくり休んでちょうだい」


「ええ、後は私達が…何とか…するわ」


 紫はまるで自分の娘でも撫でるかのように霊樺を撫でて、私は涙を堪えながら霊樺の手をぎゅっと握った。


「…はい」


 霊樺はそう言うとゆっくりと目を閉じ、永眠した。その瞬間私は泣き崩れた。私が泣いている間、紫がそっと抱きしめてくれた。紫は悲しそうだったが涙は流していなかった。


「彼女は…きっと幸せだったわ。そうでしょ、桜花?」


「…ぐすっ……うん」


 その後、紫に抱き着いたまま眠ってしまった私は朝まで紫を離さなかったらしく、紫も朝まで私と一緒にいてくれた。


 それから二日経って霊樺の葬儀が行われた。里の人が全員集まり彼女の死を悲しんだ。


 その次の日、神社に一人の少女がやって来た。


「あの、霊樺さんに言われて…私が二代目になるように、と」


 霊樺は生きているうちに二代目の博麗の巫女を探していたのだ。私は霊樺と同じ修行方法を教えて少女もそれを素直にそれに従った。


 そしてその少女も同じように三代目を探し出してこの世を去った。


 次も、その次も…


 私と紫は博麗の巫女達と共に幻想郷の形を整えていった。



 そんなある日のことである。紫が私を見ながら心配そうにしていた事に気がついた。


「…紫?どうかした?」


「いえ…貴女が最近疲れているように見えたから」


 疲れている…そうかもしれない。私は縁側に座ったまま空を眺める。


「そんなに疲れて見える?」


 紫は困ったような顔をすると私の隣に座った。


「最近、妖精達とも遊んでいないじゃないの。それに雰囲気も暗いわ…貴女らしくないもの」


 私は湯呑みを持ったまま目を閉じて俯いた。妖怪になって一万年と少し…こんなに時が過ぎても私の心は人間らしさを今以上には失わない。妖怪らしく振る舞えたらどんなに楽だろうか…。これは元の世界を拒絶した私への呪いではないか、と最近は思うようになってきた。


 自分だけ世界から逃げ出した代償の様なものだと…長い年月を生きて様々な生死を見て、経験すること…親しい者の死を経験し続けること。その苦しみが、私が拒絶した世界への償いになるのではないかと思えてならない。


 紫は私の頭に手を乗せると軽く撫でた。


「貴女はどの妖怪よりも長生きで強い…でも、どんな妖怪よりも人間らしくて脆いわ」


 紫は諭すように私に語りかけてくる。私はそれを黙って聞いていた。


「桜花、完全に妖怪の心になれとは言わないわ。貴女には貴女の生き方があるのだから……こう言ったらおかしいけれど貴女は妖怪らしくないもの」


「妖怪らしくない妖怪……かぁ」


 私はぽつりとそう呟いて紫の方を見た。紫は優しく微笑んで私の頭から手を離した。


「貴女は自分のやりたい事をすればいいのよ。無理に私や人間達に合わせる必要はないわ。もっと自由になりなさいよ」


 私は今まで皆の為になればと考えて行動してきたけど…自分のことなんてあんまり考えてなかった。そもそも自由に生きる権利なんてないと考え始めていたから。


「紫…私自由にやっていいのかな…」


「何を言ってるの。貴女の妖生でしょ?貴女の自由に決まってるじゃないの」


 私は妖怪だ…人間と違って長い時を生きる。なら、私は忘れないでいよう。今まで出会った人も妖怪も全て覚えていてあげよう。


 そして次の世代に伝えていく役割を担おう。それが私のやりたいこと…私の生き方というものだ。


「ふふふ…どうやら元気が出たみたいね」


「うん、今までたくさんの人間や妖怪の生死を見てきてちょっと鬱になってたけど…もう大丈夫。やりたいこと、見つかったから」


「そう…なら私の出番は終りね?」


 私は頷くと立ち上がり大きく背伸びをした。


 さぁ、今からチルノやリン達に顔を見せてやらなくては…心配もかけたからまずは謝らないとね。


 その後は旅にでも出よう。気分転換には丁度いい。


 折角自由にしていいと言われたのだ。しばらくは幻想郷の管理は紫に押し付けてやるとしよう。


 能力で調べたら今は西暦709年らしい…結構な時間が経ったものだ。霊樺と出会って、博麗の巫女達を見守る様になって数百年が経っていた…。


「紫、私ね…旅がしたいんだ…」


 私がそう言うと紫は優しく微笑んで私の背中を軽く叩いた。


「そう……なら、行ってきなさい。幻想郷は私と博麗の巫女達でどうにかするわ。いい気分転換にもなるでしょう」


「…ありがとう」


 最後に笑ったのはいつだったか…随分と笑う事を忘れていたように感じる。紫は私の顔を見ると扇子で口元を隠して目を逸らした。


「べ、別に礼を言われる程たいした事はしていないわ…いいからさっさといきなさい!」


 紫はそう言うとスキマを開いてどこかへ行ってしまった。私は紫のいなくなった縁側で一人微笑みながら茶を啜った。


「私の自由に…かぁ」


 もう一度自分に言い聞かせるように呟いてから私は立ち上がった。


「霊那、ちょっといいかしら?」


 私は今の代の博麗の巫女を呼ぶとしばらく神社を離れるとだけ伝え、準備を整えるとすぐに出発した。


 神社は紫が管理してくれるだろう。チルノや幽香あたりにも頼んでおけば大丈夫だろうし。


 …おっと、忘れていた。私はこれから全ての事を記憶して後世に伝えるんだ。なら記憶が消えないように能力で補わないと…


「私はこれから『記憶が消える』ことを拒絶する」


 …これで私の記憶は消えない。霊樺との思い出も、今まで経験した事も全て忘れない。あえて言葉にしたのは自分なりのケジメだ。もう迷わないように、前を向いて歩けるように…


「いってきます」


 神社へ振り返りながら私はそう呟いた。


『いってらっしゃいませ、桜花様』


 何故か私には霊樺をはじめとした歴代の博麗の巫女達が声を揃えてそう言ってくれた気がした。




 霊樺を気に入っていた人はごめんなさい(汗)


 次回から旅の話になります。

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