◆友達
今回の戦闘シーンは凄く短いです。
桜花は尻尾をフワリと動かしながら目の前にいる妖怪を見る。
目の前にいるのは日傘をさして緑の髪を風になびかせ、チェック柄のベストとスカートの女性…風見幽香。その顔は微笑みを浮かべており余裕の表情と言える。
「はじめまして、花の妖怪さん」
先に口を開いたのは桜花だった。にっこりと笑いながら挨拶をする。
「こんにちは、貴女が桜花って妖獣で間違いない?」
幽香も笑みを深くしながら挨拶をする。
「ええ、私の事はリンから聞いたの?」
「ええ、人間の為に戦ったらしいわね。貴女、変わってるわね」
「人間が好きなだけよ」
「ふ~ん、そう…」
一見なんてこともない会話だが二人から放たれる妖力で周りの空気は段々と重くなる。
「私、貴女に興味があるの…」
「あら、私にそんな趣味はないわよ?」
「…変なふうに考えないで!」
クスクスと笑う桜花に幽香が日傘を向ける。
「貴女と戦いたいの。私と勝負しなさい!」
「勝負?…いいよ、やりましょうか」
桜花は幽香にしばらく待つように言うと、チルノ達を集めた。
「…というわけで、今から彼女と戦うから近くに来ないようにね」
「了解よ、まぁ…あたいは桜花が負けるとは思わないけど…」
チルノは半分呆れたように言うと、他の妖精達やルーミアと一緒に離れた場所に移動した。
チルノ達が離れたのを確認してから桜花は幽香へと向き直った。
「おまたせ」
「やっぱり貴女って変な妖獣ね。妖精や他の妖怪に気を使うなんて…」
「みんな私の友達だからね」
「そう…」
幽香は日傘を握り直すと桜花へと駆け出した。
桜花は軽く半身に構えると幽香の攻撃を待つ。
「はぁっ!」
日傘で右下から掬い上げるような攻撃を繰り出してきた幽香に対して、桜花は一歩前に踏み出して右手で日傘を持つ幽香の左手を掴むと合気道の要領で投げ飛ばした。
「…ちっ!」
幽香は空中で一回転しながら態勢を立て直すとそのまま桜花の頭に踵落としを繰り出す。
体を少し右にずらすことで攻撃を回避した桜花と地面を砕いた幽香のお互いの視線が交わる。
二人の瞳に宿る感情は『歓喜』であった。
―桜花Side―
私は今純粋に楽しいと感じている。万の年月を生きてきた私にとっての最大の敵は“退屈”だった。
今までチルノやルーミアと戦闘訓練をした事はあっても真剣勝負はした事がない。…故に、いつも物足りなさを感じており、毎日そればかりを続けていた私は退屈だった。
だから今幽香と勝負をしていて何とも言えない楽しさが込み上げてくる。もっと戦いたい…。
おっと…私らしくないわね。私の妖怪としての本能かしら?
以前より妖怪らしくなってきたことを自覚してからというもの、私は精神的に不安定になっていた。上手く言葉が見つからないが…ふとした瞬間には私が別人になってしまうのではないかと不安になる。
私としては人間の心は失いたくない。だが精神は肉体に引き寄せられる。いつ“人間らしさ”を失うかわからない。だから私はよくリンの墓へと行くのだ。あそこなら自分が人間らしい生活をしていた頃を思い出せるから。
「戦いの最中に考え事なんて随分余裕ね」
「…っ!」
私が気づいた時には目の前に幽香の拳が迫っていた。慌てて両腕で幽香の一撃を防ぐ。しかし、踏ん張りがきかなかった為か少し離れた場所の木まで吹き飛ばされた。
「あいたた…腕が痺れたわ」
防いだ両腕が少し痺れたのでぷらぷらと振ってみる。
「本気で殴ったのだけど…頑丈なのね貴女」
幽香は日傘で肩を軽く叩きながら呆れた顔をしていた。
現在の私は尻尾を三本まで出している。つまり三分の一の力しか出していないのだ。幽香がそれに気づいているのかどうかはわからないが私の全力と勝負するには力がまだまだ足りない。
「悔しいけど、どうやら私ではまだ力不足のようね…全力の貴女には勝てない」
正直この発言には驚いた。あの幽香が自分の負けをあっさり認めたのだ。明日は槍でも降るんじゃないだろうか。
「でも、私としては傷一つくらいは付けたいわけ…と、いうことで」
日傘を私へと向けて構える。…ん?あの構えって…
「くらいなさい…」
日傘の先端に妖力が集まって球体を作る。間違いない、マスタースパークだ!
「はああぁぁぁ!」
…私が予想していたよりも遥かに妖力が多い!もはや幽香の姿が見えないくらいまで集まった妖力を見て冷や汗が流れる。
「マスタースパーク!!」
幽香の叫びと同時に“ズドンッ”と空気が震える。そして私は咄嗟に尻尾五本分まで妖力を解放すると目の前に障壁を作り出す。
マスタースパークと障壁がぶつかり合い、凄まじい衝撃が辺り一面を揺らす。
時間にして数秒…しかし私には数時間にも感じた攻防の末、幽香はその場に座り込み、私も安堵のため息をはく。
「はぁ…はぁ…貴女、とんでもないわね。私のマスタースパークを防ぎきるなんて…」
荒く息を吐きながら話す幽香を見ながら私は安心するのと同時に嬉しかった。まさかあの風見幽香に勝てるなんて思ってもいなかったからだ。
「貴女、全力じゃなかったでしょ?」
「まぁね…能力も使ってないし」
「そう…」
幽香は日傘を使って立ち上がる。
「さぁ、私は貴女に負けた。好きにしなさい」
私は一瞬何を言われたのかわからなかったが今の勝負が一応殺し合いだったのを思い出した。
「別にどうもしないわ。私、誰かを殺すのは嫌いなの。それよりも友達になりましょうよ」
私がそう言うと幽香は少しの間ポカンとした表情をした後、腹を抱えて笑い出した。そんなに笑わなくても…
「あははは…あ、貴女…やっぱり変わってるわ。でも…嫌いじゃない。いいわ、友達になってあげる」
幽香は笑いすぎて出てきた涙を拭くと日傘をさして背を向けてる。
「また遊びにくるわ。いいでしょ?」
顔だけで振り向いた幽香に私は笑顔を返した。そんなの、答えは決まっている。
「勿論、いつでも来てちょうだい」
お互いに微笑むと幽香は空に舞い上がった後、一度だけこちらを見るとすぐに飛んでいってしまった。
「…予想してたよりも話しやすかったわ」
私はそう呟くと雲一つない青空をしばらく眺めていた。
―幽香Side―
私は再び花畑にやってきた。地面に着地した後、花を踏まないように中心にある墓まで歩いた。
『あ、また来たんだね!』
墓の上にはリンが座っていて私に手を振っていた。
「桜花に会ってきたわ」
私がそう言うとリンは笑顔になった。
『どう?桜花お姉ちゃんに会ってみた感想は?』
リンの顔を見てこの子は答えがわかって質問してきているのがわかった。それでも私は素直に答える。
「そうね…おかしな妖獣だったわ。…まぁ、嫌いじゃないけれどね…」
『ふふ、でしょ?』
私は日傘を閉じてリンの墓の隣に座ると空を見上げる。雲一つない青空。桜花の瞳と同じく澄んだ青…
生まれてはじめて負けたけれど全然悔しくない。寧ろスッキリしている。
「次は負けないわ」
私が空を見上げてそう言うと、隣にいるリンが微笑むのがわかった。
『頑張ってね、幽香お姉ちゃん!』
リンの言葉に頷くことで返事をした私はもう少しこの空を眺めてから帰ろうと思い、いつもよりも綺麗だと感じる空の青さを堪能するのだった。
―オマケ―
「………」
「桜花…そんなに落ち込まないで」
桜花とルーミアの目の前には倒壊した桜花の家があった。幽香のマスパと桜花の障壁がぶつかった時の衝撃で周りの木々は全て倒れており、その中には桜花が家として使っていた木もあった。実は桜花はこの家を結構気に入っていたりする。
「桜花、大丈夫?…って、泣かないでよ!?」
「違うわ…ルーミア、これは心の汗よ」
「はぁ…なにそれ?」
「…気にしないでってことよ」
「へぇ…そーなのかー」
その日、チルノとルーミアと大妖精は珍しく桜花の尻尾には触れず、まるで慰めるかのように隣に寄り添って眠ったという…
幽香は実は優しいんじゃないか、と思うのは私だけかな?