出会う
彼女には自らの半身が全てだった。
それが手の届かない場所に行ったとき、彼女の中に初めて感情が生まれた。
寂しい、恋しい、愛しい、狂おしい―――。
それが歪んでいると知っていながら、彼女はそれを手放すことはしなかった。それが自身と半身を繋ぐ唯一の繋がりだと思っていたから。
空間の亀裂から2人の少女が現れる。
場所は空中、しかし2人はまるで気にする様子もなく空中に立った。黒と白、対極な色の2人は辺りを見回し、白い方の少女がふむ、と小さく花を鳴らした。
「霧の湖……ね。博麗神社に出るつもりだったけど、これは賢者に邪魔をされたわね」
クスクスと面白そうに笑う少女の隣で、黒い少女……那由他は普段の感情が感じられない瞳を眩しいばかりに輝かせていた。きっと、この場に美琴がいたならば信じられないと驚愕していただろう。
「お姉さん、私もう探しに行ってもいいかな!!」
「えぇ、いいわよ」
まるで無邪気な子供そのものだ、と少女は笑う。
那由他は返事を聞くや否やすぐさま空を駆けていく。始めて空を飛ぶ筈なのに一切の違和感もない。
「ふぅん……これも同位体特有の現象なのかしらね。……まぁ、あの子が無事に〝彼女〟に会えたら私の為にもなるしいいけどね」
少女は歪な笑顔を浮かべると懐かしむ様に辺りを見回し、徐に重力に身を委ねて落下する。
次の瞬間、彼女がいた場所を大量の弾幕が通り抜けていった。
込められた妖力は相当なものであり、下級妖怪や人間に当たれば間違いなくこの世から消えて無くなる程のものである。
自然落下しながら新たに放たれた弾幕を体を軽く捻る事で回避する。力も込めず、落下しているにも拘らず、少女は鼻歌を歌いながら余裕のある動きで水面ギリギリまで落下すると、そのまま自然に水面に立つ。
「いきなりご挨拶じゃない。酷いわねぇ……八雲紫」
「………」
少女が見上げた先にいたのはスキマに腰掛けた妖怪の賢者の姿。
無表情で少女を見下ろす紫の周囲には数えるのが億劫になる程の弾幕が浮かんでいた。
「問答無用で殺傷威力の弾幕を撃ってくるなんて……幻想郷は怖い場所だわ。全てを受け入れてくれるんじゃないの?」
「あら、生憎と幻想郷にも許容量がありまして、貴女みたいな大きな爆弾を置いておける場所がありませんの。地獄なら喜んで案内して差し上げますわ」
「くくく……いやはや、前回もそうだけど私は賢者様にはきらわれてるねぇ……ふふ」
「……前回?」
少女の呟きに紫は怪訝そうに眉を顰めるが、少女は小さく首を横に振る。
「ふふ……何でもないよ。ところで、人を一目見て爆弾だなんて、酷い例えだわ」
「博麗大結界と私の境界の結界……その二つに同時に穴を開けられるような力を持つ貴女が、まさか普通だなんて言わないわよね?」
紫の周りに弾幕が増えるのを眺めながら、少女は頬を吊り上げ、歪な笑みを浮かべた。紫も、その表情を見て視線をさらに鋭くする。
「いやいや、いくら私でも穴は開けれても、それを広げて二つの存在を通れる程に広げるなんて難しいわ」
「……できない、とは言わないのね」
「ええ、時間があれば私だけでも結界を壊す事は簡単よ。ただ、今回は私だけじゃなくて〝彼女〟の片割れを連れていたからね。すこし、裏技を使ったわ」
「……裏技?」
紫の疑問に思う顔を見上げながら、少女はポケットから小さな紙片を取り出した。それを見て、紫の視線に殺気が混ざる。
それは、紛れもなく博麗が使う結界用の札であり、紫自身が直接美琴に渡した札だったのだから。
「結界に異常が出たなら、博麗の巫女が動くのは当然の事でしょう? ……だから結界と同じ力である博麗の霊力をあの子が使った瞬間、その力を利用させてもらったわ」
「……外の博麗の巫女に手を出したの?」
紫の殺気を受けながら、少女は平然と再び宙に浮かび、優雅に頭を下げた。
まるで舞踏会でダンスを踊る直前の様に。
「心配しなくても、力を貸してもらっただけであの子には一切触れていないわよ?」
「……そぅ、それは安心できましたわ」
紫が呟いた瞬間、弾幕が倍に増えた。数が、密度が、込められた妖力が、全てが急激に膨れ上がる。
間違いなく、八雲紫は激怒していた。
「―――貴女をこの手で、直々に、何よりも残酷に、一片のカケラも残さず、殺し尽くす事ができるのだから!!」
紫の叫びは大気を震わせ、少女を囲むように大量のスキマと弾幕、何処かの道路標識、墓石、卒塔婆、車や電車、彼女が持つありとあらゆるスペルが展開される。
それらに囲まれながらも、少女はお辞儀をしたまま、くつくつと笑いを漏らしていた。
「……く、くくく……あは、あははははははは!!」
ごきり、と鈍い音がした。
紫が驚愕に目を見開き、同時にその体がぐらりと傾く。乾いた空気が呻き声と同時に口から漏れ出し、鉄の味の液体が喉からせり上がってくるのを感じながら、紫は気がつけば真っ逆さまに水面に向かって落下していた。
「紫様!!!」
直後、自らの式の声と同時に感じる包まれる様な衝撃を感じ、その直後、今まで感じていなかった痛みが一斉に押し寄せてきた。
「……グッ、ガァア!?」
「紫様、しっかりしてください!!」
スキマから飛び出し、落下した紫を受け止めたのは紫の式である藍だった。
紫が痛みでボヤける意識を境界を操ることではっきりさせた時、少女の姿は一変していた。
そこにいたのは先ほどよりも成長した白い少女。その顔や恰好は桜花や彩花に似ているが、髪も、服も、溢れる力も全てが白い。ただ、その真紅の両目と、妖艶に唇をなぞる舌が、まるで真っ白なキャンパスに零したペンキの様に見えた。
「では、前回の世界でもやったのだけれど改めて自己紹介しましょうか……」
漸く顔を上げた少女が手を掲げ、その手の中に白い水玉が浮かぶ。
それを伸ばす様に両手でなぞった瞬間、それはシンプルな鎌へと姿を変えた。
軽々と振り回した鎌から放たれた衝撃があっさりと紫の弾幕全てを吹き飛ばした。
「私は那由他の対になる者……白夢。絶望する彼女を破壊と死によって救済する者よ。―――よろしく」
◇◇◇◇◇◇
……少女祈祷中