あと一枚
静かに、ゆっくり、彼女は動き出す
「ただいま」
真っ暗な空間に少女の声が響いた。
無機質で感情なんて感じない声だった。
おかえり、楽しかったかい?
少女の声に答えたのは同じ少女の声。
「……うん、楽しかったよ」
あいつには会えた?
「うん、だいぶ無口になっちゃってたけどね」
ふん、無駄なことなのにねぇ。
「どうして?感情を消すことはどんなことにも冷静に対処できるって貴女は言ったじゃない」
そうだよ。でもさ、あいつはまだ捨て切れてないよ。
「そうなの?」
そうさ。じゃないと万が一の時に対処できないからね。
「ふ〜ん、そうなんだ」
そうなのさ。
「………」
そういうあんたは初めての弾幕ごっこだったんだろ?どうだったんだい?
「向こうの博麗の巫女は敵じゃないかな。まぁ、本気を出されたら苦戦するかもだけど」
平気さ、戦うのは私だからね。あんたはこっちの博麗の巫女を抑えてればいい。
「向こうに行く方法がわかったの?」
まぁね、大結界は通れないけど抜け道はあるんだよ、今回みたいにね。だからあんたに頑張ってもらわなきゃならないんだけどね。
「うん、わかってる。私は貴女だもの。だから……約束は守ってくれるよね?」
わかってるさ。今度は意識だけじゃなくてちゃんとあんた自身を向こうに送ってあげるよ。
「うん、約束だから」
あぁ、約束さ。
「……ん、そろそろ戻らなくちゃ。朝になったみたいだし」
そうかい、また遊びに来な。
「うん、またね。」
片方の少女の気配が消え、もう片方はやれやれと肩を落として目の前にある壁に触れる。
そこにあるのは一秒ごとに文字が入れ替わる複雑な結界だ。それが二枚ほど重なっている。
少女は片手を壁に当てるとぶつぶつと何かを呟いた。
すると、壁が一枚だけ砕け散った。残りは一枚だけ。
(やれやれ、やっと最後か。しかし、また最後だけあって頑丈だね)
少女は口元を緩めると最後の壁を眺めながら楽しそうに手を後ろに回すと、その先へと視線を向けた。
暗闇しかないが、少女にはその先にあるものが見えていた。
少女の笑みが深くなる。
口は三日月の様に釣り上がり、堪えきれないのか肩を揺らしながら笑い声が漏れる。
「さぁて、那由他……いや、今は彩花って名前なんだっけ?」
―――み〜つけた。
さあ、忙しくなるぞ~