閑話・洩矢諏訪子
夢を見た。
懐かしい夢だ。
あの顔、あの瞳、あの声。
もう、名前も思い出せないけれど、確かに存在した愛しい人。
もう、夢でしか会えないけれど、今でも私は……
その神は土着の神であった。
大地を司り、作物を生む土着神の頂点。
だが、彼女は祟り神であった。
人々の畏れを信仰として力をつけ、信仰を得られた分土地に力を与えてきた。
彼女の力で大地は潤い、人々は十分な生活をおくれた。
だが、いつしか人々は心の何処かで彼女を畏れなくなったのだろう。ある時、酷い飢餓が続く時期があった。人々の信仰が薄れ、彼女の力が弱まったからだ。
その時、人々は彼女に直接会った。
彼女は祟り神だ。その姿は人々には恐ろしい化け物に見えた。黒い祟りの霧を纏った巨大なナニか。ソレを囲むミシャクジと呼ばれる巨大な白い蛇達。
人々は彼女への畏れを思い出し、彼女が怒ることを恐れた。
そして、その年から人々は彼女に生贄を差し出し始めた。差し出された生贄は「人間」だった。
彼女は祟り神だ。畏れを得る以外で信仰を得る方法を知らなかった。だから、人々が差し出す生贄に拒みはしなかった。
彼女は土着神の頂点。つまりは王だ。彼女は迷わない。迷ってはいけない。彼女の指示一つでこの地方一帯の命運が左右されるのだから。
そのまま数百年の月日が流れた。
◇◇◇◇◇◇
満月が美しい光を放つ中、彼女は高台から自らが治める土地を眺めていた。
彼女こそ諏訪の土地を統べる土着神の王、洩矢諏訪子である。
四年に一度、周囲の村から選ばれた人間が一人、生贄として彼女の社へと運ばれてくる。
それは必ず満月の夜と決まっていた。彼女は村々を見下ろしつつ、深い溜息をついた。
彼女の長い髪が風に揺れる。まるで一面に広がる稲穂の様な金髪は月の光を浴びて美しい光を放っていた。細身の雪の様に白い身体もその輝きを幾重にも引き出している。
もし、彼女の真の姿が見えるのであれば、彼女の姿は人間とそう変わらない。二十歳前後の人間離れした美しさを持つ女性に見える筈だ。
だが、未だに彼女の真の姿を見た者はいない。誰もかれも彼女を恐れ、化け物の姿を幻視する。
それがどうした、と諏訪子は自笑した。
そんなものに意味はない。神々の姿形は人々が描いたイメージでしかない。本来は形のない神に対する人間の想像力が定着したにすぎない。
ならば、と諏訪子は目を細めて自らの身体を見下ろす。
祟り神たる自分が人間の言う「美しい」姿をしているのは何故か。皮肉なものだと、鼻で笑った。美しい姿は祟りによる畏れで隠され、人外の姿を幻視させる。
誰も本当の自分を見つけてくれない。誰も本当の自分を見てくれない。祟り神、土着神の王ではなく、洩矢諏訪子という存在と気づいてくれない。それが少しだけ……寂しい。
「ふふ…何を考えているのだろうな、私は」
諏訪子は踵を返すと社へと向かう。
彼女の去った高台の下で、灯りを持った人々が彼女の社を目指していた。
◇◇◇◇◇◇
諏訪子の社に一人の少女が供物と共に捧げられた。
どうやらこの少女が今回の生贄らしい。
まだ十にも満たない幼い子供。その命をこれから奪うという現状に諏訪子は少しばかり怒りを覚える。
この少女にはこれから様々な未来が会った筈だ。普通に生きて、普通に育って、恋をして、家庭を持って、そして死ぬ。そんな未来が会った筈なのだ。
こんな方法でしか信仰を得られない自分に嫌気がさす。しかし、祟り神たる自分が畏れ以外でどう信仰を集めるというのか。そればかりを考えて過ごしてきた。数十年、数百年と時を重ねても、まだ答えは出ない。
「王よ、どうしたのだ?」
隣からかけられた声にハッとする。
ミシャクジが諏訪子をジッと見つめていた。無機質な鋭い目を見返しながら、彼女は苦笑いした。どうやら少しばかり疲れているらしい、と白い鱗を撫でながら呟くと、諏訪子を心配する様に蛇は彼女に擦り寄った。
目の前の少女は目を閉じてずっと黙っている。子供とは思えない程に達観した表情。自らの運命を受け入れ、恨まない覚悟をこの生まれて数年しか生きていない少女は持っている。
「童よ、これからお前を喰らう。お前は大地と一つとなり、この国を守る柱となる」
「…はい」
目を開き、諏訪子を見上げる少女は微かに震えていた。やはり恐怖はあるのだろう。だが、その心を自らの意思で押さえ込んでいる。こんな、小さな子供が。
諏訪子は少女の前に立つと、その頭を撫でた。優しく、丁寧に。不思議そうに見上げる少女の顔をしっかり見下ろし、記憶する。
「……喰らってくれ」
一瞬だった。
隣に並んでいたミシャクジの一匹が少女を丸呑みにする。少女は痛みもなく、恐怖もなく、その短い生涯を終えた。
◇◇◇◇◇◇
誰もいなくなった社の前で、諏訪子は一人佇んでいた。
既に空は白み始め、じきに朝日が登るだろう時間帯。
それでも、彼女はそこから動かなかった。自らに捧げられた少女の魂が無事に天へと登れる様にと願いながら。
そんな彼女に茂みの中から拳大の石が飛んできた。
ちらりと視線を向け、諏訪子は茂みの奥に人間が一人隠れていると気づく。邪魔をされたと少しばかり苛立ちながら、諏訪子は茂みへと声をかけた。
「そこの人間。我が誰であるかわかっての狼藉であろうな。我を傷つけようなどと考えるからには相応の覚悟がーーー」
そこまで言って、彼女は目を見開いた。
茂みから出てきたのは人間の男。だが、その姿は昨夜喰らった少女より少し歳上くらいの少年だったのだ。
少年は諏訪子を涙を溜めた目で睨んでいる。両手に石を握りしめて今にも殴りかかってきそうだ。
「童、何故我に攻撃をした。お前程度が我に適うと思っているのか?」
少年はますます敵意を強くして石を投擲した。しかし、投げた石は何もない場所で突然砕ける。諏訪子にとってそんなものは虫を払うのに等しい。
すると、少年は近くにあった木材を握りしめて走り込んできた。
社を補強する為に運ばれてきた木材達なのだろう。それは子供が持つのにちょうど良い大きさだった。
振り下ろされる木材を片手で受け止める。痛みはない。何度も何度も繰り返される打撃を諏訪子は全て受け止めた。
「……はぁ…はぁ…クソッ‼」
息を切らしながら少年が始めて口を開いた。吐き出されたのは悔しさ。強く握る木材の隙間から血が滴り落ちた。
その様子を諏訪子は眺める。彼女の頭に浮かぶのは疑問。
何故、この少年は私に立ち向かうのか。
そんな事を考える諏訪子を睨みながら息を整えた少年は再び木材を振り上げると彼女へと振り下ろす。
諏訪子は今度は受け止めるだけでなく、木材を掴み少年の足を払った。
「……ぐっ⁉」
地面に背中から押し倒された少年の首元に鉄の輪を突きつける。少しでも動けば殺すと、そう脅す。
少年は自らに突きつけるられた鉄の輪に一瞬息を呑むが、やはり鋭い目を諏訪子へと向けていた。
「童、答えよ。何故我に攻撃した?」
「……お前が俺の妹を殺したからだ‼」
「…妹」
それで諏訪子には判った。この少年は昨夜生贄にされた少女の兄であると。妹の敵討ちをするためにここまできたのだと。
「童、我に勝てぬとわかっていながら何故挑む。…何故、命をわざわざ散らす様な真似をする」
この時の諏訪子にはわからなかった。人間が何故こうも簡単に命を差し出せるのか。何故、自らを犠牲にしてまで行動するのか。
「わかんねぇだろうさ、お前達神に人間の事なんざわからねぇだろうよ‼」
少年は臆せず鉄の輪を握り締めると、手のひらが切れるのも構わずに真横に引っ張ると、諏訪子に向かってもう片方の腕で殴りかかってきた。
だが、諏訪子は人間の子供程度の腕力では傷一つつかないし、そもそも遅すぎて当たらない。
拳が当たる前にフワリと後方に跳躍し、少年と距離を離した。
少年は鉄の輪を両手で持つと諏訪子へと走り出した。雑な持ち方のせいで切れた指の隙間から血が滴り落ちていても、少年は止まらなかった。
「お前達はいつだって勝手だ‼人間を見下して支配して、人の命を虫けらみたいに扱いやがって‼……妹だって、お前さえいなければもっと生きていられたのに‼」
「………」
少年の振る鉄の輪を自らの鉄の輪で弾き飛ばす。
ガキンッ、という鈍い音と共に少年も背中から地面に倒れた。
ちくしょう、と何度も呟く少年を見下ろしながら、諏訪子は目を細めた。
「……確かに、我にお前達人間の事はわからぬ。だがな…童よ。我は一度とてお前達人間に生贄を差し出せなどと言うてはおらぬ。全てはお前達が勝手に始めた事だ」
「……だからって差し出された人間を簡単に喰らうのか‼ お前が一言でもそう言えば何人も命が助かったのに‼」
「我は祟り神だ。恐れられる以外の方法を知らぬ。それに……生贄にされた者は誰一人とて命乞いをしなかった」
わかるか、と少年を見下ろしながら諏訪子は僅かに目を伏せる。
「生贄にされた者たちは、誰一人として恨みも、後悔もなく、我に命を差し出した。そうすることで皆が助かればと……自らの命をかけてまでそうしたいと願っていた。
私は神だ。人の願われては叶えてやらねばなるまい。それが命を差し出すのならば尚更ではないか」
だが、と今度は悲しげに、空を見上げながら。諏訪子は鉄の輪を地面に落とした。
「我とて命は無駄にしたくはない。だがな、我はこの方法以外を知らぬのだ。我が力を失えば誰がこの地を潤す?
我は王だ。迷ってはいかんのだ。我が迷えばこの地が滅ぶ。だからこれまで我は差し出される命に何も言わなかった。
童よ、わかったか。我はこの道以外を選べぬのだ」
諏訪子は踵を返すと社に戻ろうと歩き始めた。
「……今回の事は不問にしてやる。今すぐ村へと帰るがよい。だが、次はないとーーー」
「……ふざけんな」
「……なに?」
振り返った先にいた少年は立ち上がっていた。俯いたまま両手を握りしめて。
両手から落ちた血が地面へと吸い込まれていく。
「何が知らないだ……何が迷わないだ‼ 結局、お前は理解しようとしてないだけじゃないか‼」
「……っ」
少年の叫びに、諏訪子は息を呑んだ。
理解しようとしていない。少年から放たれた言葉は驚くほどあっさりと、諏訪子の中に染み渡った。
今まで人間の願いを叶えてきた。恐れられながらも、嫌われながらもそうしてきた。
だが、その中で彼等のことを理解しようとしたことがあっただろうか。この地に生きる命の意味を本当に理解していただろうか。
人々が贄を差し出す意味を、差し出される者達の願いを、真に理解できていたのか?
諏訪子は目の前の少年が何かとてつもなく大きく、恐ろしい存在に感じられた。そして、同時に嬉しかった。
神である故に、頂点であるが故に、こうして誰かから叱られたことなどなかった。こんな小さな子供に言われた言葉でも、堪らなく新鮮で、眩しかったのだ。
「………っ、王よ‼」
傍に控えていたミシャクジ達の言葉にはっ、として前を見れば少年が再び此方に走り込んでいた。
諏訪子は動き出そうとするミシャクジ達を手で制すると、一歩だけ足を踏み出した。
向かってくる少年はボロボロで、あちこちに怪我をしていた。しかし、そんな姿の中で一つだけ……その瞳だけが力強く輝いて見えた。
命をかけて強者に挑む。その姿が諏訪子には堪らなく美しく、愛しく思えた。
あぁ、人間はこうも美しく、強くなれるのだな……。
諏訪子は拳を振り上げる少年を見つめたまま、避けることはなかった。
◇◇◇◇◇◇
「……なんで」
「……ふふ、何故だろうな」
諏訪子は少年の拳を避けなかった。痛みはないが、何よりも胸に響いた気がした。
殴られた頬に触れながら彼女は小さく笑う。怒りも、迷いも、哀しみもない。あるのはすっきりとした心地よさだけ。
「礼を言うぞ、童よ。我は人の強さを、美しさを知った。同時に、自らの未熟も悟った。」
「俺はお前にそんな事を教える為にこんな事をしているんじゃない‼」
「それでもだ、我は礼が言いたい。そして、お前に謝りたい。」
「謝る……だと?」
「そうだ」
諏訪子は少年に躊躇わずに頭を下げた。
周りのミシャクジ達が騒ぐのも気にせず、王であるという立場であるにも関わらず、神である諏訪子が人間の名も知らぬ少年に頭を下げた。
「…すまなかった。我がもっと早くこの事に気づいておれば…多くの人が命を落とさずに済んだかもしれぬ」
「……」
少年はじっと諏訪子を見ていた。その瞳に浮かぶのは困惑。どうすればいいのかわからないという迷いだった。
少年は地面にどっかりと腰を下ろすと、小さく舌打ちした。もう、体が動かないのだろう。息も荒く、血塗れの手のひらを弱々しく握りしめた。
「ちくしょう…何なんだよ、お前。いきなり頭なんか下げやがって。王なんだろ。簡単に俺みたいな人間にそんなことしていいのかよ?」
「…よいのだ。我はお前に一つの可能性を教わった。ならば礼をするのは当然だろう。地位や年齢など関係ない。我がそうしたかった…ただ、それだけだ」
「ちっ、やっぱり変なやつだ。」
それから、二人は暫く何も言わなかった。お互い、ただ空が明るくなるまでじっと座っていた。
そして、空が白み始めた頃、少年がゆっくりと立ち上がった。
「…帰る。親に黙って出てきたからな」
「む、そうか……」
諏訪子は少年の後ろ姿を眺めていたが、ふと少年の傷だらけの手を見ると、近くに生えている草をひと束ちぎった。
「おい、人間。待つがいい」
「…なんだよ。不問にするって言ったのはお前だ。今更殺すなんて言わないだろうな」
「違う、怪我をしているだろう。これを使え。多少の消毒になる」
少年は差し出された薬草を握る手を見ていた。黒い霧の様なものに包まれた不気味な腕の様なもの。
目の前の神の姿は、名状し難い何か、というのが一番しっくりくるだろう。
だが、あしらわれたとはいえ、諏訪子に一撃を入れた感触から、少年は目の前にいる神の姿が正しいと思えなかった。
薬草を受け取らない少年に首を傾げている諏訪子を真っ直ぐに見つめたまま、少年は口を開いた。
「洩矢神、あんたの本当の姿を見せてくれないか?」
「…なに?」
少年の言葉に諏訪子は少しばかり目を見開いた。
「お前の姿はハッキリしない。目を向ける度に変わって見える。そんな不確かな姿じゃない本当の姿があるんじゃないのか?」
「それを知ってどうする? 我の姿はもっと酷い化け物かもしれぬぞ?」
少年はただじっと諏訪子を見ていた。
あぁ、この少年は本当に面白い、と諏訪子は思った。
「ふふ、いいだろう。だが、あまり期待はするなよ? 平凡な姿だからな」
黒い霧がゆっくりと消えていく。つま先から、指先から、本当の姿が現れる。
細い手足が現れ、金色の髪が現れ、大きな瞳が現れる。
丁度朝日が顔を出し、諏訪子の金色の髪が光を浴びてキラキラと輝いた。
どれほどそうしていたか。少年は諏訪子を呆然と眺めたまま何も言わず、諏訪子はそんな少年がおかしくてただニヤニヤと笑っていた。
◇◇◇◇◇◇
それから、少年は何度も諏訪子の所にやってきた。
時に戦い、時に笑い、時に泣いた。
互いの名前を教え合い、村の生贄の掟を改変し、これまでの生贄の墓も作った。当然、少年の妹の墓も。
いつしか少年は青年になり、毎日の様に諏訪子の元へとやってきていた。
そんな時、隣の国との戦があった。
周辺の村からは次々と男達が兵として集められた。
当然、青年にもその声はかかっていた。
◇◇◇◇◇◇
日暮れが早くなった季節。
諏訪子の社に青年が来た。その顔は何かを決意した様な、悟った様な、穏やかなものであった。
「なんだ、今日はやけに静かではないか。いつもは私に一言でも声をかけるというのに」
「………」
「……どうした。まさか体調が悪いのか?」
「…いや、なんでもない。ただ、お前に出会ってから今日までのことを思い出していた」
そう言うと、青年は社の傍に腰を下ろして夜空を見上げた。
ーーらしくない。
諏訪子は青年の隣に腰掛けると顔を覗き込んだ。
いつもの様な強い光を宿した瞳は、満点の星空を見上げており、まるで何かを成し遂げた後の達成感を味わっているかの様な顔。
何故か、不安になる顔だった。
「どうした。何かあったのか?」
「いや、何もない。…これから起きるんだ」
寂しげに笑う青年は諏訪子の方へと顔を向けた。
「今日、招集を受けた。…明日には戦場に向かわなければならない」
「…っ、そうか」
諏訪子は理解した。
この青年は別れを言いに来たのだと。
戦場に出れば生きて帰ることはほぼ無いと思っていい。彼は先陣をきって敵の中に飛び込んでいくのだろう。かつて自分に挑んできた時の様に。
つまり、最後の会話になるかもしれない。もう、二度と会えないかもしれない。
「そうか、行くのか…」
諏訪子は目を細めて青年の横顔を眺めた。
出会った時はまだ少年で、諏訪子の胸元に届く程度の背丈であった。
妹の敵をうちにたった一人で戦いを挑んできた小さな存在。
諏訪子に人間の強さを見せた存在。
いつしか、諏訪子にとって彼は自らの中で大きな存在になりつつあった。
「…待っている」
「…え?」
ポツリと、諏訪子の呟いた言葉に彼は顔を向けていた。
「生きて、再び私の前に来るのを…待っているから」
「…約束はできない」
「………」
「だから、俺が居た証を残したい」
「……それは、どういう…んむ⁉」
諏訪子の言葉は突然塞がれた唇によって続けられなかった。
青年は両手で諏訪子の頬を優しく掴み、何度も、何度も唇を重ねた。時に激しく、時に優しく、舌を絡めながら何度も。
諏訪子は初めこそ抵抗したが、次第に身体の力が抜け、社の中へと倒れる。
それを支えながら、彼もまた諏訪子と共に社の中へと身体を倒した。
それは、二人にとって確かに激しく、甘い時間だった。
互いに理性を捨て、獣の様に何度も何度も交わった。
滴る汗も、淫らな香りも、月明かりに照らされた肌も、全てが幻の様で、儚い夢の様なひと時。
朝日が登り、彼が諏訪子に別れを告げるまで、彼女は夢を見ているのではないかと思った。
今までのことは夢で、夜になればまた彼がやってくるのではないかと。
だが、彼は来なかった。
一日経っても、二日経っても、一週間が過ぎても、彼は来なかった。
月日が流れ、自らの中に新しい生命が宿ったと実感したとき、諏訪子はようやくあれが夢ではないと実感した。
それから半年後、戦は終わった。
彼は……帰ってこなかった。
◇◇◇◇◇◇
村の村長の腕には一人の赤ん坊が抱かれていた。
場所は社の前。諏訪子は自分の子を社に捨てられていたということにして村に預けた。
これでいいと、自らに言い聞かせながら。ここで彼を待つと、そう決意して。
そして何年、何十年と待ち、自らの子が子を宿し、また次の子も…と、彼と自分の子が住む国を見守り続けた。
もう、彼以外との関係は作らない様にと、自らの姿を幼く変え、不思議な形の帽子を被り、陽気で無邪気な子供のふりをして。
彼女のもとに青い妖獣が現れ、大和の神々と戦が始まり、彼女が王の座を失うその時まで。
◇◇◇◇◇◇
「夢……か。ずいぶんと懐かしい」
目を覚ました諏訪子は、苦笑いをしながら自らの部屋を出る。
境内から早苗と博麗の巫女が戦っているのを感じ、そちらへと足を向けた。
帽子をしっかりとかぶり直し、鉄の輪をしっかりと握る。
「じゃ、行ってくるよ」
そう、誰もいない空間へと呟いた。
はい、皆様お久しぶりです。
いやぁ、リアルが忙しくてここ数ヶ月このサイトを開けませんでした。
今回は気合を入れて少し長めの話にしてあります。諏訪子可愛いよ諏訪子。
守矢一家が大好きな私としては、もっと凝った話を作りたいのですが、とにかく時間がなくてですね…_(:3」∠)_
では、次の話で会いましょう‼