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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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恵みの水の代償

作者: モンモコ
掲載日:2026/07/16

いやぁ、暑い。暑すぎる。

ほんと、何でこんな仕事引き受けちまったのかな、と。


ここは砂漠のど真ん中、商人たちが立ち寄る中継地点。俺は借金を返すために誰もやりたがらない砂漠を越えた先との取引を請け負った。しかも、のろまな小僧っ子を押し付けられてだ。ほんと、勘弁してほしい。

俺はフリーとはいえ魔導士様だぞ、それが今じゃラクダの尻を眺めながら砂を噛む毎日だ。


「親方ぁ、水がのみてぇ・・・、少しでいいから飲んじゃだめか。——— 喉がくっついて、もう声が出ねぇっすよ・・・。」


こいつは砂漠の商人の息子でまだ見習いだ。商売どころか砂漠の掟すらまともに分かっちゃいねぇ。困ったもんだ。


「声が出てんじゃねぇか。静かにしろ。その無駄口から、お前の大事な水分が蒸発してんだよ。」


「そんなこと言わないで、一口でいいから・・・。」


「バカやろう、何度も言ってるだろう。この先、次のオアシスまで何日かかると思っているんだ。砂漠で一番に死ぬのは、乾きに負けて予定を狂わせる奴だ。夜まで待てば、冷えて潤いが得られる。それまで我慢しろ。」


少しは涼しい廃屋の日陰で気温が下がる夕方になるまで俺たちは休んでいた。

正午を過ぎて気温も上がり、すでに水瓶が底を突きかけている。今飲んじまったら夜まで持たねぇよ。俺も辛ぇんだ。我慢してもらわなきゃ困る。


ここも水があった頃はオアシスの街としてそれなりに賑わっていたんだがなぁ。今じゃすっかり砂に埋もれ荒れ果てちまった。おかげでもう誰も寄り付かねぇ。——— まぁ、だからこそ、このルートの商売は儲かるってもんなんだが。


暑くてうまく働かない頭でそんなことをぼんやりと考えていた時だった。


——— バオン!


ん、なんだ? 集落の奥のほうから聞いたこともない大きな音が聞こえてきた。


「———なんでしょうね?」


「わからねぇ、ちょっと行ってみるか。」


顔を上げると、廃屋の向こうにある集落の一角が不気味なほど透き通って見えた。

いつもなら陽炎でゆらぐ景色が、水晶越しに覗いたように異常なほど鮮明で、輪郭が刺すように鋭い。

あそこだけ、空気の中の「ゆらぎ」が根こそぎ消えてしまったかのようだ。 同時に、鼻の奥がツンと痛むような、鬼のように乾ききった風が俺たちの頬を撫でた。


俺たちが近づくと、———どうやら先客がいたようだ。ラクダが数頭繋がれているのが見えた。

キャラバンだろうか、かなりの荷があるようだ。


「親方ぁ、人が倒れてる!」


5人の男が何かを囲むように輪になって倒れていた。なんだ、こいつら? 全員が異様なポーズだ。

人として自然な倒れ方ではない。曲がった関節が固まったままなのだ。


「おっさん、大丈夫っ? ——— ひっ!」


見習いが慌てて一人に駆け寄り、その肩を揺すったがその男はぐにゃりともせず関節を一つも曲げないまま、彫像のようにゴロリと転がった。


「しっ、死んでる! ———親方、こいつら、みんなミイラみたいにカチカチになって死んでますよ!」


それは乾燥しきった硬い木材にでも入れ替わってしまったかのような、異様な物体だった。

誰もが喉や目を押さえるような、もがいた形のまま固まって死んでいるようだ。

死後硬直には早すぎる。まるで一瞬で、体中の油っ気を全部抜かれちまったみたいだ。


ここで、何が起こったんだ。


——— ん、水瓶か?


死体が囲んでいたのは、バケツサイズの素焼きの瓶だ。しかも、しっかりと水を湛えている。

砂漠の真ん中、それもこの炎天下だっていうのに、瓶の表面は結露一つなく、粉を吹いたように白く乾いている。なのに、中にはなみなみと、不気味なほど透き通った水が湛えられていた。


ああそうか、こいつら水魔法を使いやがったな、真っ昼間に。


「親方ぁ、こいつら何なんです?」


「ああ、そこのそいつ、杖を持っているだろう。そいつは初級の魔道士が持つ安物の杖だ。———このバカが水魔法を使ったのさ。その証拠がこの水だ。どうだ、美味そうだろう。魔法で出した水だからな。」


おっと、こいつにはちっとも美味そうに見えてないらしい。———まぁこの状況じゃぁ不気味か。


「それで何で水魔法を使ったら、こうなっちゃうんです?」


「お前は魔道士じゃないから分からねぇと思うから教えてやる。——— そうだな、じゃぁ、俺も使うから知ってるだろう、水魔法とはどんな魔法だ?」


「えぇと、何もない所から水を出す魔法ですか。」


「まぁ、間違っちゃいねえがちょっと違う。何もない所から水を出すんじゃねぇ。水魔法っていうのは辺りから湿り気を集める魔法だ。だから何もねぇところからじゃぁ水は集まらねぇ。

——— 何もないように見えて実は周りに水はある。ほんの少しだがな。ほら、夜が明けたころにそこらに露が付くってのを知ってるだろう。その湿り気がそのほんの少しの水だ。」


「おいら、その露を見て、集められたらいいなって思ってました。」


「そうだ、それを集めるのが水魔法なんだが、暑い昼間の間はその湿り気が少ないんだ。夜になって冷えてくると湿り気が多くなる。俺が夜にしか水魔法を使わないのはそのせいだ。」


要は気温と飽和水蒸気量の関係だが、こいつには理解できないだろうからな。実際の水魔法は周辺の大気から湿度を30%以上、強制的に削り取る魔法だ。


「昼は周りにある湿り気が少ねぇ、それを水魔法で無理やり集めるとどうなる?」


「そりゃぁ、カラカラになるってことですかい?」


「そのカラカラの度が過ぎたのが、このザマだ。周りから湿り気を根こそぎ奪っちまうんだよ。空っぽになるどころか、それでも足りずに躍起になって湿り気を吸い込もうとしたらどうなると思う?」


日中の湿度が10%を切るこの砂漠でそれをやるのは、計算上の「マイナス」へ突入することを意味する。

魔法によって極限までハングリーになった空気は、文字通り狂ったように水分を求め、周囲にあるあらゆる水源を襲う。


「———どうなるんです?」


「そこにいた人の口の中も、喉の奥も、一瞬で乾ききっちまう。肺の中の湿り気まで全部吸い取られて、中がべったり貼り付いて動かなくなるのさ。そうなれば人はもう、息もできねぇ、叫ぶこともできねぇ。———そのまま、身体中の肉が干し肉みたいになって、中からカチカチに固まっちまうって寸法さ。」


人間の粘膜なんてのは、格好の餌食だ。 吸い込まれた瞬間に肺胞を濡らす水分が強奪され、細胞同士が癒着する。こいつらは窒息死するより早く、内側から「物質」として変性し、その場で固定化されたわけだ。


「じゃあ、この水瓶の中身は・・・。」


「そういうことだ。周りから集めただけじゃねぇ。こいつらの身体からずいぶんと集めたようだな。」


「うぇ。こんなに澄んだ水なのに飲めないなんて、ひでぇよ。」


「いやいや、そんなことはないぞ。魔法で集めたんだ、綺麗に決まってる。ぜんぜん飲んで大丈夫だ。美味いぞぉ。———どれどれ一杯いただくか。」


俺は手持ちの椀に水を汲むとゴクゴクと飲んで見せたが、こいつには人間から集めた水というのに引っかかりがあるようだ。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


まぁ、それはさておき、このキャラバンは全滅したわけだから、こいつらが運んでいた荷の所有者は誰も居なくなった。つまり、俺が拾っても文句を言う奴は誰もいなくなったってことだ。


「おいおい、見ろよこの香料も絹も一級品だ。それに元気なラクダが4頭か。———さっさと運び込むぞ。」


こういうバカな魔導士がいてラッキーだったぜ。これで借金を返してこのくそ暑い砂漠ともおさらばできる。


「死んだ人の荷物を盗むんですか!?」


「バカ野郎、盗むんじゃない、捨てられたものを拾うんだ。砂漠じゃそういうルールだ。おめえの親父だってそうするはずだぜ。———帰ったら絶対に褒められるはずだ、掛けてもいい。」


「ええっ、そうなんですかぁ・・・。分かりました、親方。」


納得がいかないようだが、まだ若いから仕方ないか。


「ほら、腰を上げろ。これから荷物の積み直しだ。———喉が渇いて動けねぇとは言わせないぞ。そこに『最高級の水』があるだろ。」


見習いはまだ十分な水が湛えている水瓶を見て、ゴクリとのどを鳴らす。迷っていたようだったが、意を決したように水をコップに汲んで飲み始める。


「(ゴクゴクゴク)、あぁ、うめぇ・・・!」


そうだろ、そうだろ、こいつらの命と引き換えで得られた水だ、美味いに決まってる。

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