第7話 ハスク・リード
キシュアから〈隠者〉の技能を奪って、一時間ほどが経過した。実験を重ねた結果、ひとつだけ明確な変更点が判明する。
「隠者使用中、常時魔力を消費してるな。五分で魔力一、か」
最大で百分。ほぼ透明人間のまま行動できる時間としては破格だ。
監視が厳しく、今まで足を踏み入れられなかった町へ行ける。そう考えただけで、胸がわずかに高鳴った。
草木も眠る丑三つ時。散歩と称して覚えた城内の地図を思い浮かべながら、俺は城門前に立つ。衛兵が二人。だが、視線はこちらを素通りしていった。
「ファ~ア。勇者様たちは今頃、夢の中か。簒奪使いが城に居ると思うと蕁麻疹が出るぜ」
「黙れ。王の背後を預かってる自覚を持て。ネズミ一匹通すな」
…やっぱり、嫌われてるよな。
大通りに出たところで〈隠者〉を解除する。魔力回復速度を考えれば、帰るまでに十分戻る。夜だというのに、人通りは多い。エウゴが言っていたスラム街。あれだな。
「夜中のスラムはやめとけ。マジで死ぬぞ」
「…すまん。この町に慣れてなくて」
声を掛けてきた男を無視し、路地裏へ入る。最初は浮浪者が数人いる程度だったが、奥へ進むにつれて喧騒が濃くなった。どうやら、ついさっきまで喧嘩があったらしい。
「おい、大丈夫か…?」
倒れている男たちに近づき、すぐに分かる。完全に無防備だ。無意識に、手が動いた。
《技能〈火魔術Lv1〉を簒奪しました》
《技能〈契約Lv1〉を簒奪しました》
火魔術はハスクの知能と相性がいい。契約は使役との相乗効果が期待できる。正解だ。そう確信し、帰路につこうとした―その瞬間。
「切り裂け〈風刃〉」
理解するより先に、衝撃が来た。視界の端で、右腕が宙を舞う。痛みはない。だが、背筋が冷える。
「誰だ……?」
「いやぁ、夜が深いと魔術も外すな。腕が飛んだのに悲鳴もねぇとは……つまんねぇ」
油断した。相手は格上。しかも、風魔術使い。
「…殺せ」触手に命令する。
「触手? それ見ると、ピンク女を思い出して気分が悪いんだよ。……裂けろ風刃、荒れろ旋風〈大風刃〉」
再生途中の右腕から伸びた触手は、到達する前に〈大風刃〉とか言うによって刻まれた。
「念力!」
「あぁ? 今度はそれか。〈風弾〉」
瓦礫は弾き飛ばされ、勢いのまま風弾が胴に突き刺さる。
「ぐっ〈隠者〉!」
姿を消す。だが、次の瞬間
「甘い、甘い、テメェの技能は全部が三流以下なんだよ。全部まとめて吹き飛ばすだけだ。舞え、〈風刃乱舞〉」
空間そのものが刃になる。理解した。これは詰みだ。―その時。
「ふむ。この程度の魔術師に後れを取るとはな」
声と同時に、視界が反転する。真夜中の教室。黒板の前に立っているのはキシュアとエウゴだった。
「…これは?」
「黒板を見ろ。それで分かる」
そこに映っていたのは、俺の視界。だが、動きが違う。半歩の移動で、魔術をかわす身体。
「ハスクが出た。お主がどんくさいからな」
「…今、体を動かしてるのは?」
答えの代わりに、魔術が構築される。奪ったばかりの火魔術。それが、異常な速度で形を成す。
「俺たちはコピー。あまり外界に手を出すまいと思っていたが、私の好奇心の為にも排除するとしよう。〈火縛〉。」
「…構築速度が異常だ」
男の声が微かに震えている。どうやら魔術の構築速度は異常に早いらしい。
「っそ、そんなもんで、俺様に勝てると思うなよ〈大風刃〉」
「穿て〈炎弾〉」
炎が、風を喰らう。
「…嘘だ」
「理解しろ。我が秘奥魔術が一、捕食回路。」
男は、自分の魔術が削られていくのを視た。炎が頭部を包み、潰す。トマトを踏み潰したような音。心臓に手を伸ばす。
「発動しない、か。なるほど。時間切れだ」
意識が戻る。目の前には死体。手が震える。心拍数が増加する。だが、驚くほどに感情は動かない。
《技能〈魔体Lv1〉を簒奪しました》
魔力の質の変化と共に、胸が高鳴った。だが、今の俺は、これを楽しんでいいのか? それは、目の前の死体が、答えを無言で示していた
隠者を発動し、部屋へ戻る。脳裏に焼き付いて離れないのは、潰れた頭部の感触。俺は、人を殺した。殺して、技能を奪った。頭部を打ち砕く感触、血のぬめり…全てが鮮明に蘇る
「ウォエッ…ハァ、ハァ、俺は元に戻れるのか?いや…そもそも、俺はもう堕ちているのか?」




