第4話 殺意
【どこかの部屋】
「王よ。小見門悠馬の事で少しお話があります。」
「許す。話すが良いメギド」
白銀のオーラを纏いし英雄王…この国の人間ならば、幼い頃に読み聞かせで度々耳にすることがある。英雄その人である。
「悠馬に精神混濁症が見て取れました。このままでは壊れるかも知れませんが」
「良い。それでこそ我の計画に適切な処置を施せば、国をも亡ぼす爆弾と成りうる。」
やはり英雄。その言葉に偽りなしと言う事か。このお方は人間を見ておらぬ。人間の過程を見ておらぬ。ただ、それが齎す結末のみを愛でるお人だ。
「では、奴隷輸送の件。このまま進めても宜しいでしょうか?」
「あぁ…いや、メルリッサの奴に話を付けろ。面白い奴の特訓の場所を用意してやれと。そうだな。アウトサイダー当たりなら良いやも知れんな。」
アウトサイダー。我らがハイドリヒ王国や帝国や教会に属さぬ暴れ者。もしくは、そのどれもから弾き飛ばされた正に吹き溜まり。その場所を使うお積りですか。
「分かりました。では、国家最終魔道師には私から伝えておきます」
「急げよ。メギド。劇場の幕は既に開かれた。」
【悠馬の部屋】
「……あ~あ、壊れちまったか」
自分の口から零れた声が、やけに軽かった。足元には女が倒れている。白目を剥き、指先ひとつ動かない。生きているのか、死んでいるのか…どうでも良かった。
「伯爵様も物好きだ。だが、値は落ちんだろ」
そう考えた瞬間、胸の奥が僅かに軋んだ。今の言葉を、誰が言った?違う。俺はこんなことを考える人間じゃない。
「…ふむ」
思考が切り替わる。女を見る目が、急に“素材”へと変わった。
「魔力の反応は十分だな。恐怖と苦痛の比率も悪くない」
頭の中で術式が展開される。焼却式の調整、魔力収束の計算、失敗時の誤差…冷静で、正確で、感情が一切混ざらない。
おかしい。さっきまで俺は、値段の話をしていなかったか?
「違う、違う…」
口に出したはずの否定は、音にならなかった。代わりに、胸の内側で別の声が嗤う。役割が違うだけだやっていることは同じだろう?
視界が歪む。女の姿が、商品に見え、実験体に見え、数字に変わる。
「…やめろ」
俺は誰だ。名前は。立場は。何のために、ここにいる?答えが浮かぶ前に、思考が上書きされる。
「課題は未解決だ。次の個体を用意しなければ」
淡々とした結論。疑問も、嫌悪も、罪悪感も。全てがノイズとして処理される。
「違う…俺は…」
喉が詰まる。息が出来ない。俺は誰だ?俺は、何をしている?
「…ッ!」
跳ね起きた瞬間、肺に空気が雪崩れ込んだ。心臓が狂ったように脈打ち、全身が汗で濡れている。
「…夢、か?最悪だな」
そう呟いてから、否定が遅れてやって来た。夢にしては、思考の流れが、あまりにも自然すぎた。額を押さえる。頭の奥に、まだ“誰かの判断基準”が残っている気がした。そうだ。これは精神混濁症だ。技能を簒奪した時に発生する第四のデメリット。
「…尾を引いてやがる」
小見門悠馬。そう名乗ることで、かろうじて自分を繋ぎ止める。
「寝られる訳、無いか」
立ち上がると、床が少し傾いた。それでも歩く。止まれば、また“別の自分”が口を開きそうだったから。
俺は部屋から出て真夜中の王城の廊下を歩いていた。歩みは遅く呪いを受けたかの如くに、ゆったりとしていた。そんな俺だったが、訓練場に来た辺りで違和感に気が付いた。
「誰か居るのか?」
「うん…あぁ、悠馬君か。どうしたんだい?まるでゾンビの様な顔色だぞ」
訓練場で剣を振っていたのは英人だった。俺自身が言えたことじゃ無いが、随分と夜遅くまで起きているもんだ。
「少し悪夢を見てね。如月君は一体どうしたんだい?」
「僕かい?僕も同じようなモノさ。眠ったら両親の顔を思い出してね。居ても経っても居られなくなったと言う訳さ。」
成程。随分と両親に愛されている様だ。こんな時でも感傷に浸る程度の余裕があるみたいだ。
「どうして…どうしてお前ばっかり。」
「どうしたんだ?悠馬君」
そうだ…此奴さえいなければ。勇者が居なければこれ以上の希望が生まれることも無い。これ以上、絶望色に塗られることも無い。
距離にして約2メートル。訓練後の疲れで此奴は呼吸が荒れている。今なら殺せる。
「どうして、お前はそんな風に笑えてんだよ。こんなクソみたいな世界で。」
「君が何を見たのかは分からない。けど…君は視座が狭すぎる。もっと広く見た方が良い。例えばメギドさんは良い人だ。そう言うのを見たらどうだい?」
どうして…どうして今もそうして笑えてんだよ。奴隷制度、拷問。語るのも悍ましい程の犯罪行為の数々…此奴はそれを知らない。だからこそ言えるんだ。
「どうして…どうしてお前は笑えるんだよ?このクソみたいな世界で」
今の此奴は完全に無防備だ。俺の事を警戒してすら無い。殺せる。今なら殺せる。俺の中の精神が語り掛ける。
「勇者何てクソッ垂れ。直ぐに殺してやれ」
「ふむ…勇者の死体は研究素材として興味深い。正し鮮度に注意しろ」
瞬間…触手の技能に命令を下す。此奴を殺せと。だが、次の瞬間、触手へと変化した腕を押さえつける。
「…クッソ。鎮まれ。此奴を殺しても良い事は一つも無い」
「悠馬君…一体どうしたんだ?その腕は」
触手の技能が暴れる。それを腕力で押さえ込む。舌を思いっきり噛む。それにより取り戻した冷静な思考が語り掛ける。
「ゴメン…今日見た事は黙っていて欲しい。」
「あっあぁ。分かったよ。それじゃあお休み。悠馬君。…それと君には仲間がいる。それを忘れないで欲しい」
最後の如月君の言葉は、俺の胸にずっしりとした重みとなった。




