第2話 喪失
幻が霧散するように消え去り、空間は静寂を取り戻した。石造りの床、瘴気の満ちた空気、そして、目の前に立つ一体のスケルトンの存在が、俺の殺意を膨らましていた。
「〈魔刃〉」
「甘い、防げ触手」
触手で魔刃を防ぐが、余りの魔力量に防ぎきれなかった。その衝撃が、俺を包み込む。だが、まだ生きている。俺はまだ死んでいない。それだけが、俺の命を繋いでいた。
だが、魔弾と火矢がぶつかり合う。ギリギリで俺の火矢の方が打ち勝ち、相手のスケルトンの左腕を奪うに至った。だが、まだ殺しきれていない。それだけが、今の俺を突き動かしている。
「魔砲撃」
「…これは、不味い」
俺は即座に今できる最大の防備を固める。何か不味い。それだけが、今の俺に分かる最大限の事だった。触手と硬化によって、防御力を最大限まで高める。
「ッツ~。…両腕が持っていかれたか。」
両腕の断面から触手を生やして攻撃へと転じる。相手のスケルトンは大魔術を放ったせいなのかちょっとだけ疲れている様だった。その隙を突いて、一気にコアを潰そうと思っていた。
「魔壁」
「って、防衛魔術も心得ているって訳ね。でも、俺もタダでやられる程甘くは無いんでね。」
ダメだ。手数が足りん。太い触手一本じゃ使い道にならん。
「分裂せよ。分割せよ。相手を殺せ」
触手を細分化させる。初の試み故にかなり不安定だが、それで良い。相手を殺せればそれで良い。迅速化と先鋭化を伴った触手が相手を貫かんと到達する。だが、ギリギリの所で煙の如くに消えてしまった。
「どこに行った?」
「魔刀…」
その言葉と共に、半ば無意識的に心臓に硬化を使った。俺が意識の無い時に使っていたと言っていた技だ。ギリギリだが、賭けに勝ったようだ。
「貫き殺せ。触手」
「ガァァア~」
触手を精密に扱って相手の頭蓋に触手を通す。その感触だけで分かる。此処が核だと言う事が。俺は即座にその核を握りつぶした。後に残っているのは、スケルトンの死体だけだった。
《技能〈生命反応遮断Lv1〉を簒奪しました》
「この場所に何が在るのかは分からん。だが、この技能が重要となる筈だ。」
俺はそう呟いて、辺りを探索し始めた。その間も生命反応遮断のスキルを使い続けて、技能のレベルを上げていた。その際に、一つの発見をした。
「この迷宮…さっきの魔物が可愛く思えるレベルの敵が沢山いるな。」
そのどれもがかなりの強敵ぞろいだ。まぁ、良い事があるとするならば、ちゃんと肉があるゾンビが敵としている位か?
「吸血鬼になって良い事の一つが、こうして、血だけで生きれる事だな。…まあ、吸血鬼になって無かったらこうして迷宮刑になる事も無かったんだろうけど。」
取り合えず生命反応遮断と隠者を使いまくって暗殺ってのが一番簡単だな。でも、それだけで殺せるほどにこいつ等は甘くない。
さっきのスケルトン然り、この迷宮じゃあ動きの一つ一つが死に繋がる。さっきの、スケルトン戦だって運で勝てた要素が大きい。
「取りあえずはこの階層で生き残るのが最優先目標だな。その為には、触手の技能を伸ばすのが先決だな。」
今の俺の一番の武器は触手だ。他の魔矢と属性のコンボは強力だが、それ以上に単体で完結した強さはこれしか無い。
「幸いにして時間はたっぷりと有るんだ。さっきのスケルトン戦の所はあまり魔物通りが無い。あの辺で触手の技能の特訓をするか。」
それから触手の技能と視覚強化の技能を伸ばし始めて…何日が過ぎたんだ?あの迷宮刑から一体何日が経過した?俺の思考は至ってシンプルだ。生き残るために死ぬほど努力する。
「けど…このままこの場所で死ぬのか?」
いや…それだけは無い。この迷宮から外に出て、俺をこんな体にした吸血鬼に呪いを解いてもらう。それだけが、今の俺の行動指針だ。
〔触手Lv10.精密化Lv3.迅速化Lv4.分裂化Lv3.微細化Lv5.先鋭化Lv4.斬鋭化Lv2.硬質化Lv2.魔力回路Lv3.自律制御Lv1.〕
これが、凡そ数日?の努力の結晶だ。幸いにして吸血鬼化した事で、食べ物が無くとも活動できる。その恩恵をフルで活用した結果が、この触手だった。特に凄いのが自律制御だ。
「これさえあれば殆ど自動で攻撃と防御が出来るからな。」
この進化した技能を手にしてスケルトンローメイジと戦闘を始める。先に動いたのは、俺だった。
「殺せ。触手」
触手が俺の差遂に反応して、最高速度で相手の命を刈り取る。だが、相手のスケルトンも負けてはいなかった。
「お前は…俺か?」
いや…違う。俺じゃ無い。俺は此処にいる。と言う事は。幻覚か。
「まぁ良い。俺の幻覚を見せれば油断するとでも思ったか?生憎と、そんな感情は人間を捨てた時に置いてきてね。四肢をもぎ取って殺す。」
俺の宣言通りに触手は四肢をもぎ取らんと接近していた。なのにスケルトンは変化を止めなかった。瞬間…触手が静止する。
「何をしている。殺せ。殺すんだ。」
「呵々…我は古い鏡だ。お前を移す。弱い時の鏡。人間は自己を否定することが出来ん。我には分かる。」
此奴…知った口を聞くな。だが、触手は…いや、俺は恐れているのか?人間の時の己を殺す事を。いや…その感情は人間を止めた時に置いてきたはずだ。
「何をしている。殺せ。殺すんだ。」
「古き鏡は傷つけられまい。」
ならばと俺は、触手の技能を解除して、己の拳を叩き込もうとした。だが、
「何をやっている?俺」
「フハハッ…その反応は当然至極。それは過去の己自身の反応だ。」
俺の右手は、逆の左手によって静止される事となった。それを疎ましく思いながらも、俺はその反応を切って捨てる事は出来ないでいた。
「後は殺すだけよ。お主の魂など、浅ましく下賤だが、我の空腹を癒すのには使えよう」
俺の心臓部へと腕が吸い込まれそうになっていた。その瞬間、触手が反応した。俺を逃がすために触手を飛ばしたのだ。
「ほう…我の攻撃を避けるか。だが、無駄な事だ。お主は我に攻撃できん。鏡の中の自分を殺せない様に。我は、この手で侵入者共を殺しまわった。さぁ、消えろ。侵入者」
「いや…消えるのはお前だ。」
拳を構えた。その構えは、ただ相手を殴り飛ばすためのモノ。相手を攻撃するためのモノ。
「ブヘェ…お主。我を攻撃するか。我はお前自身。何故攻撃できる。」
相手のスケルトンが問うてくる。それは…簡単な事だ。一瞬だけ、言葉が詰まる。だが、それ以上に、俺の言葉はスラスラと語られた。
「俺はそれを捨てた。」
「お主は…お主は全てを捨て去る積りか…ならばその道行。我はしかと見定めよう」
触手の技能を再稼働させて、相手のスケルトンの頭蓋を握りつぶす。後に残っているのは、俺だけだった。そして、此奴を殺した触手の感触だけが残り続けていた。




