第14話 人外へ
血、血、血、辺りに満ちるのは血と錆の臭いばかりだ。そんな血だまりの中で、俺は一人立っていた。
「臭いな。辺りに満ちる血の匂い…全く、嗅覚強化があるから面倒だ。」
《技能〈把握Lv1〉を簒奪しました》
《技能〈軽骨格Lv1〉を簒奪しました》
《技能〈防鱗Lv1〉を簒奪しました》
………
「あら?…これは、どういう状態なのかしら?」
「何の積りだ。女」
俺に視線を向けるのは一人の女だった。鮮血のように赤く染まった長い髪が肩越しに揺れ、その先端は暗闇の中でわずかに輝いて見える。唇もまた同じ深紅を帯び、微かに牙をのぞかせた笑みは、見る者の理性を揺さぶるような魅力を放っていた。
中程度の身長に整った体つき、胸は程よく形作られ、ゴシック調の黒いドレスがその輪郭を際立たせる。ドレスの切り込みやレースからは、冷たくも妖艶な気配が漏れ、彼女の存在を一層神秘的に見せていた。
何より印象的なのは、その血のように赤い瞳だった。目が合っただけで心を捕らえられそうな気配がする。手には同じ赤で縁取られた十字の槍を持ち、静かに地面に突き立てる姿は、戦意よりもむしろ優雅さと冷徹さを感じさせた。
「この辺りで悪~い吸血鬼の噂を聞いたのだけど。…貴方だったようね。」
「どういう積りだ?俺は人間を止めたつもりは無いんだが」
そうだ。ステータスは俺をしっかりと人間だと言っている。いや、違う。〈人?〉だと?どうして…そうか、種族技能か。
俺がこいつ等から奪った技能は何も、人間種限定の汎用的な技能だけじゃない。俺が奪ったのは〈人獣化〉〈風適正〉〈吸血〉の3つだ。
「俺は人間だ。ステータスが人外だと言っていても、俺は人間だ。」
「いいや。〈汝は吸血鬼〉私が言うのです。当然です。」
その言葉が落ちた瞬間、世界が軋んだ。耳鳴りのような低い振動が鼓膜を叩き、視界の端が赤黒く滲む。血の匂いが、さっきまでとは比べ物にならないほど鮮明に、甘く、濃密に肺へ流れ込んできた。
《警告》
《種族定義が更新されました》
《〈人?〉→〈半吸血鬼〉へ移行中……》
「……っ、!」
喉の奥が焼けるように熱い。心臓の鼓動が、一拍ごとに重く、強くなっていくのが分かる。まるで体そのものが、血を求めて再構築されているかのようだった。
「ほら。否定するには遅すぎますわ」
「…なに、を…した。」
女…吸血鬼は、くすりと笑う。その笑みは嘲笑ではない。捕食者が獲物の変質を愉しむ。そんな、静かな笑みだった。
「吸血の技能を持ち、血に魅入られ、血の中で立っている。それを吸血鬼と呼ばずして、何と呼びましょう?」
俺は歯を食いしばる。否定したい。だが、身体が、正直すぎた。血だまりの中に倒れ伏す死体。その首元に残る、まだ温のある血脈。視線を向けただけで、舌の裏が疼いた。
《新たに技能〈人の理〉を習得しました》
《新たに技能〈核依存〉を習得しました》
《新たに技能〈境界存在〉を習得しました》
………
【種族技能】
人獣化Lv1.風適正Lv1.吸血Lv1.夜間適応Lv1.感染Lv1.血液感知Lv1
【特性技能】
核依存.殺人衝動.吸血衝動.鏡像欠損.信仰制限.真名脆弱.始祖拘束.人の理.境界存在
【耐性技能】
痛覚無効.熱耐性Lv1.冷耐性Lv1.衝撃耐性Lv1.打撃耐性Lv1.火耐性Lv1.日光弱化Lv10.聖銀弱化Lv10.流水弱化Lv10.十字弱化Lv10聖弱化Lv10.光弱化Lv10.
【称号技能】
異界の勇者.人外の血
ステータスを鑑定したところ、新たに変化が有ったのはこれらだった。
「なんだ…これ?俺は…人間じゃ無い?」
「やっと安定した様ね。これで貴方は吸血鬼…夜の道を生きる者よ。」
だが…クッ、血が欲しい。そうだ。この場には有り余るほどの血がある。そうだ、血が欲しい。
「ハッハッ…血だ。血が欲しい」
「くすくす。…犬みたいね。貴方」
俺は地面に溢れている血を啜っていた。それを見る女を無視して全ての血を飲み干す。味覚の暴力が俺を支配する。だが、それでも足りない。もっと寄越せと俺の中のナニカが喚く。
「…血だ。極上の血の臭いだ。」
「あら?私に手を出そうとするなんて、とんだおバカさんね。…でも、良いわ掛かってきなさい。」
そうだ…目の前に極上の血が有るんだ。…いや。俺は人間だ。
「グッ…ッツ~」
「へぇ、自らの血を啜るのね。」
俺は自らの腕に噛みつき、血を吸い尽くさんとする勢いで吸血する。それを、まるで、屠殺前の獣を見るかのような目で見る。そんな女の血の臭いに、無意識に舌が伸びる。
「これは…一体どういう事だ?」
「あら?第三騎士団の介入は想定外ね。でも、皆殺しにすれば問題無いわ。」
「ぶち殺すぞ…女ァ」
俺と女は向かい合っていた。互いに無数の屍を築き上げた者同士の対決は、今にも繰り広げられんとしていた。
俺は手刀で、女は手に持つ十字槍を手に、お互いが向き合った。だが、これだけで確信した。此奴には勝てないのだと。だが、それでも戦わなきゃならない理由がある。
だが、そんな向き合いは思ったよりも早くに終わった。
「…えっ。此奴には関わるな?統括局の野郎の言?分かったわよ。それじゃあ、夜に慣れたら、また会いましょう?」
「待てよ。俺をこんな風に堕としたんだ。」
そんな俺の言葉を無視するかの如くに女は、夜の暗さと共に消え去った。その後に続いてくるのはメギドさんだった。メギドさんは俺が血だまりの中に立っていることに驚いていた。
「悠馬…それは一体。」
「ごめんなさい。俺、人間止めちゃいました。」
罪悪感と後悔が俺を支配する。だが、その言葉に従うかのように、容姿が変化していた。横目に見えるのは赤く長い長髪だ。だが、それすら気にならぬ程に。メギドさんの血が美味しそうだ。
「血が欲しい。」
俺が言うと、メギドさんはあらゆる感情がごちゃ混ぜになったかのような表情をした。そんな中、最後に悲しそうな顔をした。
「そう言う事か…すまん」
瞬間…メギドさんが消えた。だが、次の瞬間に襲ってきたのは首筋への衝撃だった。恐らくはメギドさんだ。




