プロローグ
私立緑野高校…そこの2年B組に通っている俺、小見門・悠馬は、余裕を持って登校し、下駄箱に近づいた。
「うん…雪?って寒…くない?どういうことだ?」
「下駄箱で何をしているの?」
心音が激しく鳴り響くのが分かる。まるで、雪山で遭難したかのような感覚が、後頭部を殴りつけた
「何かあったの?」
「いや…何でもない。…筈だ」
その少女は、俺が通っているクラスの中でもひときわ冷静な存在だった。無機質とも言える佇まいは、まるで冷徹な観測者のようだ。
澄んだ灰色の瞳は、周囲の喧騒に揺らぐことなく、常に一定の視線を保つ。アクセサリーひとつ身に付けず、制服の下には黒いタイツがぴたりと肌に沿い、無駄をそぎ落としたシンプルな美しさを際立たせている。
感情を隠しているわけではないが、周囲からは冷たく見える。彼女は適度な距離を保つ。そんな少女だ。
「おはよう」
「ん…おはよ」
俺は間の抜けた声で返事を返す。実の所、この少女…霧切・麗華と俺は幼馴染と言う関係だった。まぁ、中学に上がってから真面に喋ったことも無かったからな。
そんな俺と麗華は、今はたまに声を掛け合う程度の仲へと変化していった。
「おい…今日も悠馬の奴と一緒だぞ」
「どうしてあんな奴と麗華様と仲良くできるんだ?」
俺と麗華は適切な距離を構築している積りでも、周りがそう思うとは限らないと言う事だ。それもその筈、彼女は学園の二大女王の一角だからだ。
「やぁ…今日も元気そうだね。麗華さん。それに、悠馬君も遅刻をしないと言うのは素晴らしい事だ。これは、彼女にも見習ってもらいたいのだがね。」
「おはよう。如月君も元気そうだね。そうだ、この間の地区大会…凄かったじゃん。優勝したんだって?」
俺に声を掛けてきたのは学園が誇るイケメン…そして、俺のクラスの学級委員長をしている如月・英人だ。切り揃えられたベリーショートの金髪は、どこぞのハリウッドスターの様だ。
だが、それもその筈。如月君は父方に外国人の血が混じっているらしく。英人は所謂、先祖返りと言う奴だ。この国じゃ滅多に見かけない髪色に加えて、天性の美貌には何時も妬ましいと思わずにはいられない。
「しかし…アイツは本当に遅いな。幾ら事情があるとっても。それとこれとは話が別だ。…あぁ済まないね。引き留めて。僕は後から行くから。」
「えぇ…分かったわ」
「それじゃあ…如月君も、あまり怒らないで上げて、本人も気にしている様だから。」
それから教室について、椅子に座ってボーっと窓の外を見ている。…校庭を凄まじい速度で走り抜ける人物には心当たりがある。クラスの二大女王の一角だ。
彼女が下駄箱に入ったのは見えなくなったころ…一筋の光が目を包んだ。何事かと目を見開けば、そこは一面の銀世界だった。
「アオオォ~ン」
何者かの遠吠えが、俺の恐怖を煽る。汗が酷く冷たく感じる。だが、その恐怖は正しかった。
振り向いた時に、背後に立っていたのは、一匹の狼だった。だが、その大きさが可笑しい。大型トラック並みだ。だが、うん?右目が無い?
ガタリ「ウワァ~ッ」
「どうかした?」
麗華が不思議がった視線を送ってくる。クラスメイトが皆、俺に視線を向ける。俺は手を振って大丈夫だと伝え、椅子に再び着席する。違和感が凄い、まるで、何かに引っ張られている様だ。
気が付いたら制服が汗でびっしゃりだった。これも、俺の恐怖を煽る助けとなった。
俺は窓の外を観察してみたり、机の下を確認したりとしていたが、何も新しい発見は無かった。
「放課後に改めて調べてみるか」
それから間もなく。…件の少女が教室の扉を開いた。それと同時にチャイムが鳴って、少女は嬉しそうに声を荒げる。
「やった…久しぶりに遅刻をしなかった。…あっおはよう麗華ちゃん」
「おはよう。それと、最後は0.2秒だけオーバーしていたわよ。でも、良かったわね。」
「うそ~…でも、ひっさしぶりに先生が来るまでに来れたから、それで良いのです。」
麗華の無慈悲な宣告に対しても何事も無いかの様に流しているその姿からは、彼女が如何に裏表の無い性格なのが見て取れる。彼女の名前は白羽・華音…このクラスの頂点陽キャの一人だ。
肩にかかる茶色の髪は柔らかく、少しウェーブがかかっていて、風や動きに合わせて自然に揺れる瞳は大きく丸く、明るい青色をしている。
活発ながらも清楚さを感じさせる健康的で整った顔立ちは、動きやすさと可愛らしさが共存している。肌は薄い小麦色で、運動少女らしい明るい血色を帯びている。
身長は意外に低く、体型は引き締まったスポーティーなラインを持ち、制服の上からでも筋肉が付いているのが分かる。
「それと、おはよう英人君。今日は遅刻しなかったよ。…まぁギリギリだけど」
「お前の事情は知っている。だが、ちゃんと席に付いておけ。もう少しで先生が来るぞ。」
ガラガラ「おはようございます。あら?華音さん、今日はちゃんと時間通りに来れたのね。」
「は~い、ちゃんと来れましたとも」
先生が華音が時間通りに来たことに対して、少し驚きを見せつつも、笑顔で続けるように言った。それと共に教壇に立つその姿に、無意識的に背筋が伸びる。
黒髪を高く束ねたポニーテールが、わずかに揺れるたび艶やかな光を放つ。冷ややかな眼差しは鋭く、誰もが不用意に口を開くことをためらうほどの圧を持っている。
身体のラインを美しく強調するピッシリとしたスーツは、彼女の隙のなさと理知的な美貌を際立たせていた。
そんな美貌を持つのは、俺たちのクラスの担任でもある清水・玲子先生だ。先生は、その姿に裏打ちされたかのごとくに冷静に、名前を読み上げる。
「では、小見門悠馬さん」
「はい」
それからも点呼は続き…最後の一人になるまで何も無かった。だが、この時は予想だにしていなかった。まさかあんな事態になろうとは。




