8話 里の生活
―――数日後。
オレは、いまやすっかりエルフの里での生活に馴染んでいた。
ここエルフの森は、昼は涼しい風が木々を撫で、夜は焚火の要らないほどの穏やかな暖かさが残る。
まるで一年中、避暑地にいるような心地よさだ。
エルフの森に入った当初は緊張していたが、今ではその緊張も霧散している。
木々のざわめきは柔らかく、葉を渡る光は銀色がかった緑を揺らし、鳥たちは人を恐れず枝から枝へと飛び移る。
この森全体が“客人であるオレ”を受け入れてくれているようにすら感じた。
さらに驚くべきことに、食事は集会場に行けば誰でも自由に食べられ、しかも無料だという。
エルフたちは食料を“恵み”と呼び、皆で分かち合うのが当然なのだと長老は言っていた。
金銭や利害で動く世界を渡り歩いてきたオレにとって、その価値観は新鮮で、不思議と心が温まった。
昨日、長老から──【解毒草】100束の準備が整った──と告げられたため、オレは朝食を取った後、集会場の二階にある倉庫へ向かった。
「トン、トン、トン──カズーです。【解毒草】を受け取りに来ました」
「入ってください」
木の扉越しに長老の柔らかな声が返ってくる。
部屋へ足を踏み入れると、床の上に積まれた【解毒草】100束が青々と輝いていた。
森の香気が強く、気持ちが澄んでいくようだ。
「カズーさん、こちらがお約束の【解毒草】100束です。どうぞお受け取りください」
「はい、確かに……ありがとうございます」
オレは、99束をアイテムボックスへ収納し、1束だけ予備としてポケットへしまう。
そのとき、長老が優しく尋ねてきた。
「カズーさんは、これからどうなさるおつもりですか?」
その問いに、オレは一瞬迷う。
(この地は快適だし、賞金稼ぎや男爵の追手がエルフの森に踏み入る可能性もほぼない。
しばらくここに身を置き、ほとぼりが冷めるのを待つのが一番だ)
しかし──
ただ食べ、寝ているだけの客でいるわけにはいかない。
(バツが悪い。何か働くべきだ)
「できれば、しばらくこの里に滞在したいと思っています。
その……私でもできる仕事があれば、手伝わせていただけませんか?」
長老は少しだけ目を細め、まるで人の内面を見通すように静かに言った。
「カズーさんは商人でしたね。ただ、この里は閉ざされた土地ですから、外との商いは滅多に起こらないのです。
商人の仕事は……ほとんどありません」
「実は、私は冒険者もしております。魔物の討伐は得意です」
そう言って、オレはハンドレッド等級の冒険者証を取り出し、長老へ掲げた。
証には、これまでの戦いの痕と、汗が染み込んだ重みがある。
「ああ、そうでしたね。狩猟リーダーと会った際に魔物を倒していたと聞いています。
わかりました。では──狩猟チームの護衛をお願いしましょう」
その言葉に、胸が高鳴る。
(魔物討伐で経験値も入る。運が良ければ、エルフの弓技も教わるチャンスがあるかもしれない)
「喜んでお引き受けします」
オレは深く頭を下げた。
―――翌朝。
まだ太陽が完全に顔を出す前、薄闇の森はしっとりとした冷気に包まれていた。
待ち合わせ場所に向かうと、すでに多くの狩猟メンバーが集まっている。
弓を背負った者、犬を連れている者、気配を殺して瞑想する者──皆が訓練された動きで狩りの準備をしていた。
その中に、以前オレを森へ案内してくれた狩猟リーダー、エンダールの姿がある。
「エンダールさん、今日はよろしくお願いします」
「カズーさん、こちらこそ助かります。
もし魔物が出たら、討伐をお願いします。私の近くにいてください」
そう言うと、彼は他のエルフへ指示を出しに歩いて行った。
やがて全員が揃い、総勢50名ほどの大所帯が狩場へ向けて移動を開始する。
―――2時間後。
現場に到着したのち、彼らは三つの役割に分かれた。
・追い立てチーム(約10名+犬10頭)
犬たちと共に獲物を囲み、狩場へ追い込む役目。
・待ち伏せチーム(40名以上)
長弓を構え、追い立てられた獲物を一斉に仕留める。
・ 監視チーム(エンダール、オレ、見張り2名)
全体の状況を把握し、魔物の接近があれば討伐を行う。
オレは大樹の根元に位置を取り、槍をアイテムボックスから手元に出して構える。
背中のバックパックからはシャムが顔を出し、尻尾を揺らした。
「主! 僕も戦うニャ!」
「いいけど……大虎をテイムするのは禁止だ。皆が腰を抜かすからな」
「……うニャ……」
見るからにしょんぼりしてバックパックに引っ込むシャムに、思わず笑いそうになった。
その時──大樹の上の見張りが声を上げる。
「リーダー! 追い立てチームが獲物を囲みました!」
直後、森の空気が一気に緊張を孕む。
「ワン! ワン! ワン!」
「ワン! ワン! ワン!」
犬たちの吠え声が木々を震わせ、追い立てチームが獲物を狩場へと導いていく。
待ち伏せチームは矢を番え、呼吸すら抑えて獲物を待つ。
森全体が狩猟の気配に染まっていく。
だが──。
「魔物だ! 狩場近くに魔物が出た!」
見張りの叫びが、空気を裂くように響いた。
「わかった! カズーさん、行きましょう!」
エンダールは駆け出し、オレもそれに続く。
走りながらオレは確認する──
「魔物はトレントですか?」
「はい。普段は木に擬態しているので気づけません。
しかし狩りの気配を感じると、動き出して襲いかかってくるのです」
案内された先には、一匹の巨大なトレントが待ち伏せメンバーを威嚇していた。
さながら地を歩く老木。黒ずんだ幹から軋むような音が響き、ねじれた枝が触手のように揺れている。
弓矢ではダメージが少ないようだ。
「オレがやる」
オレは前へ出て、攻撃魔法を放つ。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
炎の刃が枝葉を切り裂き、火矢が幹へ突き刺さり、火球と土球が着弾して爆ぜる。
トレントはオレの魔法で後退るが、倒れない。ならば連発するまでだ──
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
第二波の魔法が命中し、トレントが大きく怯んだ瞬間──
オレは槍を構えて突撃し、そのまま幹へ深々と突き通す。
ズンッ!
霧が爆ぜるように広がり、魔物は消滅した。
「オーー!!」
周囲のエルフたちから歓声が上がる。
そのとき、監視役の一人が駆け寄ってきた。
「リーダー! もう一匹出ました! こちらもお願いします!」
「カズーさん……いけますか?」
「問題ありません」
(オレには《オート・リカバー》のスキルがある。HPもMPも時間があれば直ぐに回復する)
オレは、次の魔物の元へ森を駆けていく。
そしてオレは学ぶ。
〈狩りはチームで成し遂げる〉
と言うことを。




