7話 商人
オレは、シャムの様子が気になって仕方がなかったので、ゲームシステムからシャムのステータスを確認する。
(今までついていた状態異常は消えている)
それを確認した瞬間、胸の奥に張り詰めていたものがふっと溶けるように和らぎ、久しぶりに深く眠れた。
―――翌朝。
借りているこの家は、外から見ると小ぢんまりとした造りだが、オレとシャムにはそれが逆に心地良く、押しつけがましくない静けさがあった。
久方ぶりの柔らかいベッドで眠ったおかげで、体中に溜まっていた疲れがすっかり抜けた気がする。
(オレもシャムも、HP・MP共に全快だ。完璧)
身支度を終えたところで、扉が優しく叩かれる。 「トン、トン」と、控えめでありながらしっかりとした音。
「どうぞ」
オレが声を掛けると、扉を開けて入ってきたのは銀の髪の女性エルフだった。
長い銀の髪は背中まで流れ、年齢ではなく知恵を宿すかのような落ち着いた瞳が印象的だ。
「おはようございます、客人。私はここの長老をしておりますシルエリアと言います。
よろしければ、一緒に朝食を食べませんか?」
「おはようございます。はじめまして、カズーと申します。
泊めていただきありがとうございます。ぜひ、お願いします」
腹も鳴り始めていたので、断る理由などあるはずもない。
「では、こちらへ」
シルエリア長老は柔らかい笑みを浮かべて、オレを案内してくれた。
案内された先にあったのは、里の中でもひときわ大きな二階建ての建物だった。
周囲の家々と比べても明らかに立派で、どこか神聖さすら感じさせる。
「ここは集会場となります。食堂や倉庫、会議室……
里の者が必要とするものは大抵ここに揃っています。まずはこちらへどうぞ」
長老が案内してくれたのは二階の一室だった。
扉を開けると、そこは広い倉庫のような空間で、
壁際には武器や防具、生活用品、農具まで、実にさまざまな物資が並んでいる。
棚の間を歩くと、木の香りと薬草の香りがほのかに混ざり、エルフの里らしい落ち着きを感じた。
長老は棚から丸い水晶玉――オーブを取り出し、オレに向き直る。
「カズーさん、何か身分証はありますか?」
(オーブか……。確かに、外から来る人間には確認が必要だよな)
オレは、クルワンの弟子の身分証、ハンドレッド等級の冒険者証、
それに商人ギルドの一般会員証の三つを持っている。
ここには商人として入ったので、商人ギルドの会員証を選んだ。
「これでお願いします」
長老に会員証を手渡すと、長老はそれをオーブに翳した。
オーブの内部に淡い光がゆらりと灯り、確かめるように脈動する。
「……確かに商人のようですね。ありがとうございます」
長老は頷いて会員証を返してくれた。
(良かった⋯)
そのまま一階へ案内される。
建屋の一階は広々とした食堂になっており、朝の柔らかな光が差し込む中、たくさんのエルフが静かに談笑しながら食事を取っていた。
「カズーさん、こちらへどうぞ」
長老に促されて席に着くと、すぐに料理が運ばれてきた。
どうやら長老が事前に手配してくれていたらしい。
木製の皿に盛られた野菜のスープは湯気とともに優しい香りを立て、木の実がぎっしり練り込まれたパンは見ただけで食欲をそそる。緑色のフルーツはカットされ、瑞々しい果汁が光を反射してキラキラしている。
口に運ぶと、野菜のスープは驚くほど優しく、心の奥が温かくなる味だった。
パンの木の実の歯ごたえは心地よく、香ばしさが後を引く。
フルーツは甘酸っぱく、口いっぱいに清涼感が広がる。
気付けば、オレは無言で一心不乱に食べていた。
長老はそれを邪魔せず、微笑みながら静かに待っていてくれる。
食べ終えて、ふぅと息をついたところで、長老が穏やかに話し出した。
「カズーさんは、商人とのことですが……
何か、この里で売買を考えているものはありますか?」
オレはアイテムボックスにある物を思い浮かべながら、
この里で需要がありそうな物を選ぶ。
(この朝食を見る限り、穀物や野菜、果物は豊富だ。生活物資も揃ってる。
なら……これだな)
「【ハイポーション】ではどうでしょうか?」
長老は目を瞬かせ、少し驚いた様子を見せた。
「良いですが……そんなに数を持っているようには見えませんが……」
オレは自分のバックパックを軽く指差す。
「魔法のバッグを持っています。でも内緒でお願いします。高価な物ですので」
「ああ、なるほど……。それなら納得です。
カズーさんは、何か欲しいものはありますか?
生憎、お金はあまり持ち合わせておりません……」
欲しいものは、もう決めていた。
「【解毒草】が欲しいのですが、【解毒薬】と違いはありますか?」
長老は頷きながら説明してくれる。
「【解毒薬】の元になる材料が【解毒草】です。
解毒草には消費期限がありますが、解毒薬にはありません。
ただ、解毒薬を作るにはアイテム士に依頼しなければなりませんので……。
もし【解毒草】でよければ、ハイポーション1本につき100束お譲りしますよ」
(価値基準が全然違う……!)
だがオレにはアイテムボックスがある。
中に入れてしまえば劣化とは無縁。
【解毒草】でも【解毒薬】でも、オレにとっては同じだ。
「わかりました。では、こちらでお願いします」
オレはハイポーションを一本取り出し、長老へ差し出した。
長老は目を丸くしながら受け取った。
「本当に……良いのかしら?ありがとう。
解毒草100束を集めるには数日かかるのだけど、待っていてくれる?」
(オレにとってはむしろ好都合だ。この里は隔絶されていて、賞金稼ぎも、男爵の追手も来られるはずがない)
「もちろんです。
私はエルフの里に興味がありますし、できれば長期間滞在したいぐらいです。
こちらでは物々交換が基本だと聞きましたが、よければ――滞在費としてお納めください」
オレは金貨を一枚差し出した。
長老の顔がぱっと明るくなる。
「まぁ!金貨を頂けるの!ありがとう!
お金はあって困るものではありませんからね。
いつまででも、ここに居てちょうだい!」
(やっぱり、長老ともなると“お金の大切さ”ってやつがよく分かってるんだな……)
そしてオレは学ぶ。
〈お金の有難味〉
と言うことを。




