5話 森の里
近づいてくるエルフ三人は、深くフードを被り、光を拒むように顔を隠していた。すれ違えばただの狩人としか思えない。しかし、近くで見ると、その歩き方や纏う空気の透明さが、どこか人間とは違う。
オレは槍をアイテムボックスに戻し、敵意が無いことを示すと、胸の前で軽く手を上げた。
「やぁ、こんにちは」
三人はピタリと足を止め、驚愕に目を見開いた。リーダー格らしき男が、訝しむようにオレを見ながら口を開く。
「ご機嫌よう。エルフの言葉が……ずいぶん上手だね」
(ああ、そうか。ゲームシステムのお陰で、オレはどんな言語でも翻訳して話せる。それを知らない彼らからすれば、突然現れた人間が流暢にエルフ語を使うなんて、そりゃ驚くよな。でも、逆に言えば、言語以外の知識は何も持ってないってことだ)
「ありがとうございます。エルフの文化に興味があって、独学で学んだんです。でも……ここに来るのは初めてで。エルフの街って、近くにあるんですか?」
「街なんて大層なものじゃないよ。あくまで“里”だ。私たちは“エルフの森”と呼んでいる。……君は何の目的で、そんな場所へ向かおうとしているんだい?」
エルフの瞳が、陽光の反射とともに鋭く光った。
オレは少し考え、もっとも無難で、なおかつシャムを救う糸口になりそうな返事を選ぶ。
「私は商人のカズーと言います。エルフに興味があって、ぜひ一度その里を訪れたくて……あと、取引もできればと。しかし、それ以上に——」
オレはそっと抱えていたシャムを持ち上げた。小さな体が、呼吸のたびにか細く震えている。
「この猫が、魔物にやられて衰弱してしまって。助けてもらえないでしょうか?」
リーダーのエルフはシャムを見ると、眉を寄せ、小さく唸った。
「これは……エルダートレントの毒だね。里に戻れば解毒草がある。薬草かポーションは持っているかい?」
「はい。さっきポーションを飲ませましたし、予備もたくさんあります」
バックパックを叩くと、エルフの口元に安堵の笑みが浮かんだ。
「それならよかった。猫に薬草を与えるのは難しいからね。……案内しよう。“エルフの森”へ」
そう言って三人は踵を返し、森の奥へと軽やかに歩き始めた。驚くほど速い。オレは思わず小走りになりながら、その後を追った。
男が二人、女が一人。揃って美男美女で、どこか中性的な雰囲気を持っている。背は高く、女でさえオレと同じくらいの身長だ。風に揺れたフードの隙間から、耳が少しだけ見えた。想像していたような極端に長い耳ではなく、ほんの少し尖っている程度——それでも、彼らが紛れもなくエルフであると示していた。
(ファンタジーの定番、エルフ……まさか本当に会えるとは。しかも、シャムを助けられる可能性があるなんて……助かった……)
―――1時間後。
道順はまったく分からない。ほとんど同じ景色が続く森の中を、北へ南へ、くねるように進んできた。人間の感覚では絶対に迷う、そんな道のりだ。
鬱蒼と茂る木々の前で、エルフたちが立ち止まった。普通なら避けて通るような、密度の高い緑の壁だ。
だがエルフが一歩近づいた瞬間——
ざわり、と森が息をした。
生い茂った木々が音もなく動き、緑の壁が裂けて道が生まれていく。
(おお……!これ、秘密の通路ってやつじゃないか……!)
「まだ里までは少しかかる。ついてきて」
彼らの声は、森の中に吸い込まれるように柔らかく響いた。
やがて地面がなだらかになり、踏みしめるたびに草の香りがふわりと舞う。風の質が変わった。湿り気のある森の空気から、どこか生活の匂いが混ざった空気へ。
そして——
「おお!これが……エルフの里か!」
思わず声が漏れた。
そこに広がっていたのは、想像すら追いつかない光景だった。
高くそびえる巨木と、太くてしっかりした木の上に、いくつもの木造の建物が立ち並び、枝から枝へと延びる橋が森全体を網の目のようにつないでいる。
生活音が風に乗って降りてきて、鳥のさえずりと混ざり合う。
果実をつける木々、薬草らしき葉の香り、木漏れ日を浴びて輝く川の流れ。
そのすべてが、森という一つの大きな生命の一部のように調和していた。
見渡す限り、自然と人の営みが溶け合い、共に息をしている。
エルフは多くないが、通りすがる者たちの表情に敵意はなく、柔らかな眼差しがオレを包み込んだ。
(なんだろう……胸がすっと軽くなる。この空気……平和って、こういう感覚だったんだな)
そしてオレは学ぶ。
〈自然との共生〉
と言うことを。




