44話 交易都市の戦い
眼前に広がるのは、松明の火に照らされた数百を超える軍勢。対して、こちらはオレ一人。
すっかり日が暮れ、重苦しい暗闇が辺りを支配し始めている。
オレは、刻一刻と悪化するこの状況を打開する方法を必死に模索した。
闇夜に紛れて脱出することも頭をよぎったが、オレの背後には守るべきエルフが九人いる。
ここは岸壁だ。逃げ道は敵が塞いでいる一方向のみ。後ろは荒れ狂う海。
さらに、兵士たちが掲げる無数の松明が夜の帳を焼き切り、ネズミ一匹すり抜ける隙間も与えてはくれない。
十メートル程の幅しかない岸壁の道。その最前列から、鉄の盾を構え、片手剣を抜いた兵士十人が、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
規律の取れた足音が、死のカウントダウンのように響く。
オレはすぐさま防御魔法を構築した。
「ファイアウォール! サンドウォール!」
炎の壁と土の壁。
この種の魔法は有効範囲が固定されている。それぞれ幅は五メートル。合わせて十メートルある。
二つの異なる属性の壁を展開することで、敵の直進を物理的に遮断した。これで簡単にはこちらへ踏み込めないはずだ。
さらに、視覚に頼れない暗闇を補うため、索敵魔法を起動する。
「スキャン!」
視界に投影されるゲームシステムによる効果。
防御魔法の向こう側、濃密な闇の中に、敵の存在を示す赤い光点が無数に浮かび上がった。
オレはその中の一つ、先頭にいる光点に意識を鋭く集中させ、指先を突き出す。
「ファイアアロー!」
放たれた炎の矢は、唸りを上げて夜空を切り裂いた。
二メートルの高さに展開した魔法障壁の上を、まるで生き物が縫うように走り、狙い違わず敵の胸元へと突き刺さる。
ゲームシステムで、捉えた赤い光点が一つふっと消滅した。
(やはり誘導機能のある魔法は優秀だ。こちらの防御魔法を自動的に避けて敵を穿ってくれる)
手応えを感じたオレは、間髪入れずに次を放つ。
「ファイアアロー!」
炎の矢が、次なる犠牲者を闇の中から炙り出し倒していく。
だが、敵もさるもの。正面が塞がれていると見るや、オレが展開していた土壁を数人がよじ登り始めた。
オレは、奴らが壁の頂点に手をかける瞬間に合わせ、四つの属性魔法を同時に解き放つ。
「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
火、風、水、土。四色の魔弾が乱舞し、壁の上の敵を容赦なく叩き伏せる。
凄まじい衝撃に晒された敵兵たちは、悲鳴を上げる間もなく壁の向こう側へと吹き飛ばされていった。
息を整え、次なる一撃を構えていたその時だ。
敵陣の奥深くから、戦場を支配する冷徹な指示が聞こえてきた。
「魔法使いの位置は大体わかった。――弓兵、構え! 射殺せ!」
直後、空気を震わせる不吉な風切り音が重なった。
「シュー、シュー、シュー、シュー、シュー――ッ!!」
百本を超える矢が、月の光を弾きながら巨大な死の放物線を描く。
それは雨のように、逃げ場のないオレの周囲へと殺到した。
「――っ、あぁッ!!」
不意に、左肩を熱い衝撃が貫いた。
遅れてやってくるのは、神経を直接焼かれるような激痛。一本の矢が深く、肉に食い込んでいた。
オレは歯を食いしばり、薄れそうになる意識を力ずくで引き戻す。
震える手で矢を掴み、逆棘の抵抗を無視して一気に引き抜いた。
「アァ……ッ!!」
傷口から鮮血が迸る。だが、オレには《オート・リカバー》のスキルがある。
じわりと、HPとMPが自動的に回復し始め、傷を修復しようと蠢く。
(耐えろ……。傷口も、時間が経てば塞がるはずだ……)
しかし、壁の上には再び敵の影。
負傷したオレの姿を確認した兵士が、勝ち誇ったように叫ぶ。
「致命傷ではないが、矢が当たったぞ! 奴も不死身ではない!」
その言葉が合図となった。敵陣から野獣のような歓声が巻き起こる。
「行けるぞ! 畳み込め!」
「魔法使いの首だ! 金貨100枚は俺たちがいただくぞ!」
士気が跳ね上がる。先程までの盗賊とは一線を画す、統率された殺意の波。
オレは痛みを怒りで塗り潰し、壁を登り切ろうとする敵の群れに右手を突き出した。
「マルチファイアブレード!」
複数の炎の刃が螺旋を描いて乱舞し、壁の上の敵を容赦なく切り裂く。
灼熱に焼かれた身体が、次々と壁から転落していった。
本来なら《ファイアアロー》を連発して後方の弓兵を殲滅したい。
だが、オレの魔法には「同じ魔法を同時展開できない」という制約がある。
おまけに射程が足りず、これでは弓兵まで届かない。
(クソッ、先ずはこの矢の雨を防ぐしかない……!)
第二射の気配を感じ、オレは即座に新たな防御魔法を展開した。
「ファイアシェル!」
オレの周囲を覆うように、半円状の激しい炎の障壁が展開される。
直後に降り注いだ矢の群れは、障壁に触れた瞬間、パチパチと音を立てて燃えカスとなり、地面に力なく落ちていった。
炎の揺らめきの向こう側に見えるのは、一糸乱れぬ動きで次なる手を打つ軍勢の姿。
充実した装備、訓練された連携、そして揺るぎない規律。
(強い……)
戦慄と共に、オレはその身に刻み込んでいた。
本物の武力の壁を。
そしてオレは学ぶ。
〈正規兵の強さ〉
と言うことを。




