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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第八章

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43話 エルフとは

 薄く煤けた交易都市の石畳の上に、重たい足音が幾重にも重なっていた。金属鎧の擦れる音、槍の石突きが地面を叩く乾いた響き、馬の鼻息。正体不明の軍勢――いや、もはや正体は明らかだ。領主の私兵たちが、半円を描くようにオレたちを包囲していた。


 その列の中に、見覚えのある背中があった。


 マルコだ。


 先程まで狼狽していたあの男が、今は安堵したような顔で軍勢の中央へと駆け寄っていく。そして、豪奢な刺繍の入った深紅の上着を纏う男――貴族然とした威圧感を放つ人物の前にひざまずいた。


「マルコ、何をしている? 不手際が過ぎるぞ!」


 低く、腹に響く声。怒気を含みながらも、どこか芝居がかった抑揚がある。


「伯爵様、お助け下さい! あの魔法使いがエルフを奪った上、こちらを攻撃して来るのです!」


 マルコは、泥にまみれた石畳に額を擦りつけんばかりに縋りついた。伯爵と呼ばれた男は、そんな彼を足元で踏み潰す虫でも見るような目で見下ろす。


「マルコ、約束の金を渡せ。さすれば、あのエルフたちは儂がお前に売った物となる。奴は領主の物を横取りしようとする盗賊だ」


 言葉の端々に、計算と打算が滲んでいた。


 マルコは震える手で、金貨の詰まった重そうなバックを護衛騎士へ差し出す。鎧越しに受け取った騎士は、無言で伯爵へ手渡した。


「伯爵様、こちらがご用意した金貨七千枚になります」


 バックの口が緩められ、黄金色の光が覗く。伯爵は指先で数枚をつまみ、軽く確かめると満足げに鼻を鳴らした。


 そして、ゆっくりと顔を上げ、オレを見据える。


「魔法使い。エルフは領主たる儂がこの商人に売った物だ。死にたくなければ、エルフを渡せ!」


 周囲の兵士たちが一斉に槍を構え直す。空気が張り詰める。


 恐らく、兵士たちは商人ギルドでの騒ぎを“収める”ために、動いていたのだろう。


 ――領主が拉致に関与するのか!


 オレは、背後にいるエルフたちの気配を感じる。九人。震えを堪えながらも、決して声を上げない。


「オレはエルフの里から彼らの世話役を申し受けている。彼らエルフたちは、絶対に渡さない!」


 声が自然と大きくなる。胸の奥から湧き上がる怒りが、言葉を押し出していた。


 テザール伯爵は眉を顰める。


「魔法使い、儂はこの地の領主である。儂の領地にある物は全て儂の物である!」


 即座にオレは反論する。


「エルフは物ではない! エルフには人権がある。身分に関係なく対等だ。彼らの生命、健康、自由、所有物を奪ってはならない!」


 オレの声は、石壁に反響して広がった。


 しかし、伯爵は冷ややかに言い放つ。


「エルフは人ではない。人ならざる物だ」


 その言葉に、兵士の何人かが当然のように頷いた。


 確かに、この世界の“種族名”は明確に分けられている。ゲームシステムでは、エルフはエルフ。オレは人間。


 だが――。


 森の中で助けられた日々。共に食事を囲み、狩りをし、笑い、泣いた時間。冒険者として肩を並べて働いた。


 これらが、物との関係なはずがない。


「エルフは人間と同じだ。オレを助け、一緒に生活し、ここでは冒険者もやっている! エルフは誰のものでもない!」


 テザール伯爵は、呆れたようにため息をついた。


「もう良い。これ以上犯罪者と話しても仕方がない。そうだろう、鉱山都市のムートン」


 その名が出た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


 軍勢の後方から、小柄で痩せた男が歩み出る。見慣れた顔。鉱山都市でクエストを共にした、あの温厚な男。


「はい。間違いなく鉱山都市で領主の息子を殺害した賞金首、“破滅の魔術師”です」


 冷たい声だった。


「ムートンさん……どういう事ですか!?」


 思わず叫ぶ。


 彼は、視線を逸らさずに答えた。


「カズーさん。私はあなたの顔がわかります。バルグラ男爵様よりここに派遣されていたのです。これでやっと鉱山都市に戻れます。しかも、賞金の一部と昇進もするでしょう」


 そこにあったのは、後ろめたさではなく、打算と安堵だった。


 ――自分の迂闊さを思い知る。


 バルグラ男爵の手は、既にこの交易都市にまで及んでいた。バルグラ男爵の領地を出れば安全だと、どこかで高を括っていた。


 甘かった。


 テザール伯爵が声を張り上げる。


「あの賞金首を討ち取った者には金貨百枚を与える!」


 兵士たちの目が光る。


 オレの賞金は金貨千枚のはずだ。どういう配分だ?と一瞬くだらない疑問が浮かぶ。だが、そんな事を考えている余裕はない。


 敵は数百の正規兵。


 背後には守るべき九人のエルフ。


 突破は不可能に近い、


 戦うしかない。


 勝てるのか――?


 兵士たちの視線が、エルフたちに向けられているのを感じる。その目には、憎悪も悪意もない。ただ、当然のような“区別”がある。


 人と、人でないもの。

 所有する側と、される側。

 悪意なき断定。


 その瞬間、オレは悟る。


 差別は、怒りや憎しみだけで生まれるのではない。

 無意識の中にある「当然」が、誰かを物に変える。


 兵士たちの槍先が、ゆっくりとこちらへ向く。

 風が吹き、エルフの一人の銀色の髪が揺れた。


 オレは魔法の杖を握り直す。

 胸の奥で、怒りが渦を巻く。

 この理不尽を打ち砕く力が、果たして自分にあるのか。


 それでも――


 守ると決めたのだ。


 そしてオレは学ぶ。


〈差別は無意識に行われる〉


 と言うことを。

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