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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第八章

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42話 救出

 マルコは、地面に散らばった金貨を、両手を使って必死にかき集めていた。石畳の隙間にまで転がり込んだ金貨を爪で引っかき出し、胸元の袋へと押し込む。その目は血走り、周囲などまるで視界に入っていない。


 オレの視線は、そんなマルコではなく――沖に停泊する黒い大型帆船に向いていた。


 月明かりを吸い込んだかのような、艶のない漆黒の船体。高くそびえる三本マストには、畳まれた帆が風で静かに揺れている。まるで闇そのものが形を取ったかのような不気味さを放っていた。


(あの船だ……マルコが逃げようとしていた船)


 オレは迷わず桟橋を駆け、帆船へと続くタラップを駆け上がる。木製の板が足音に合わせて軋む。船上に足を踏み入れようとした、その瞬間――


「何者だ! 勝手に上がってくるな!」


 怒号とともに、見張りの船員が立ちはだかった。日に焼けた顔、粗野な顎髭、腰には湾曲した短剣――カトラス。鋭い眼光がこちらを射抜く。


 だがオレは止まらない。一歩、また一歩と距離を詰める。


「この船にエルフがいるのはわかっている。どけ!」


 その言葉を聞いた瞬間、船員の顔色が変わった。驚愕、そして焦り。やはり図星か。


「貴様!何を知っている――!」


 船員は反射的にカトラスを引き抜いた。月光を受けて刃がぎらりと光る。


(エルフたちがここにいる……間違いない)


 確信と同時に、オレは右手を掲げる。指先に魔力を集中させ、空気を震わせる。


「ファイアアロー!」


 放たれた火矢は一直線に夜気を裂き、船員の胸を貫いた。男は吹き飛び、甲板に倒れ込む。焦げた匂いが立ち込め、短い悲鳴が闇に吸い込まれた。


 オレは振り返る。


「シャム! ケイシアを見つけてくれ!」


 小柄な影が、甲板をすばやく駆け抜ける。


「こっちニャ!」


 猫耳を揺らしながら、シャムは迷いなく船倉への階段へ向かった。その動きはしなやかで、音一つ立てない。


 オレは後を追い、重い船倉への扉を開ける。湿った木材の匂いと、閉ざされた空間特有の淀んだ空気が流れ出す。薄暗い船倉へとシャムが飛び込んだ。


「シャム、大丈夫か?」


「大丈夫ニャ!」


 元気な声が闇の奥から返る。かすかなランタンの灯りが揺れ、積まれた樽や木箱の影を壁に映し出していた。


(敵はまだ騒ぎに気づいていない……)


 不気味な静寂が続く。だが油断はできない。オレは敵に遭遇したときの対処を考えながら慎重に進む。


 やがてシャムが、分厚い扉の前で足を止めた。


「主、ここニャ!」


 その前には、武装した船員が二人。武器を手に持ち、突然現れた猫に驚いている。だがこちらに気づくや否や、目を見開いた。


「侵入者だ!」


 叫ぶより早く、オレは詠唱を終えていた。


「マルチファイアブレード!」


 空中に無数の炎の刃が生まれる。赤橙色の刃が唸りを上げて飛翔し、二人の船員へと襲いかかった。炎が肉を裂き、衝撃とともに男たちは壁へ叩きつけられる。焦げた煙が立ち昇り、静寂が戻った。


 オレは深く息を吐き、扉に手をかける。


「当然、鍵が掛かっているな」


 重厚な鉄製の錠前。力任せでは時間がかかる。


 オレは小さく呟き、意識を集中させる。シーフのスキルを発動。


「アンロック」


 微かな金属音。内部の機構が滑らかに動き、カチリと鍵が外れる音がした。


 ゆっくりと扉を開く。


 中は簡素な牢のような部屋だった。粗末な寝台。そこに――


 エルフたちがいた。


 月光のように淡い銀髪と輝く金髪、透き通る白い肌。九人。疲労してはいるが、全員無事のようだ。そして、その中に――


「ケイシア……!」


 彼女が顔を上げる。瞳が、確かにオレを捉えた。


「カズー、大丈夫よ」


 かすれた声だが、確かな強さがあった。その言葉に胸の奥の緊張がほどける。


 オレは小さく笑みを浮かべる。


「よし、ここから脱出しよう」


 大型帆船の薄暗く湿った船倉から這い出ると、視界を刺したのは燃えるような落日の残滓だった。

 太陽は水平線の彼方へ沈みかけ、空はどろりと濁った紫に染まっている。足元を照らすのは、僅かな「日暮れの残り火」だけだ。


 甲板に出たエルフたちの怯えた吐息が背中に伝わる。だが、安堵の間などなかった。船を取り囲む岸壁には、ぎらつく殺意を剥き出しにした男たちがいた。その数、二十余り。重い革鎧に身を包んだ盗賊たちが、獲物を追い詰めた獣のようにこちらを凝視している。


 静寂を破ったのは、卑怯な笑みを顔に貼り付けた男、マルコの怒声だった。彼は金貨が詰まった重そうなバッグを掲げ、手下どもへ非情な号令を下す。

「エルフには傷をつけるな! 商品価値が落ちるからな! ……だが、先頭の人間は構わん。八つ裂きにして殺せ!」


 盗賊たちが一斉に、獲物を狙う蜘蛛のように距離を詰めてくる。不思議と矢は飛んでこない。エルフたちを誤射して「商品」を損なうのを恐れているのだろう。


「ここはオレが引き受ける」

 オレは背後のエルフたちを庇うように一歩前へ出る。

 オレはタラップの端、逃げ場のない境界線に立ち、向かってくる暴徒を睨み据えた。

「お前らか……! 罪もないエルフたちを拉致したのは!」


 問いかけに対し、返ってきたのは沈黙と、引き抜かれた剣が放つ冷たい銀光だけだった。

 彼らはただの強欲な駒だ。

「なら、容赦はしない。……ファイアボール!」


 掌から放たれた灼熱の火球が、タラップに足をかけようとした先頭の男に直撃する。

 凄まじい衝撃波と共に男の体は宙を舞い、夜の闇へと消えていった。


 間髪入れず、別の男が怒号を上げながら駆け上がってくる。オレは迷うことなく、次なる攻撃魔法を撃つ。

「ファイアボール!」


 至近距離で炸裂する炎。男はそれを避けようと身を捩らせたが、バランスを崩して暗い海面へと叩きつけられた。

「ジャッバーン!」という鈍い水音が、死の旋律のように響く。


 タラップに殺到する盗賊の群れ。包囲を許せば終わりだ。オレは、広範囲を制圧する全体攻撃魔法を解き放った。

「マルチファイアブレード! ファイアレイン!」


 暗闇を切り裂き、数多の炎の刃が乱舞する。逃げ惑う盗賊たちの肉を焼き、衣服を切り裂く。さらに上空からは、火の粉の雨が情け容赦なく降り注いだ。

「ぎゃああ! 熱い、火が、火が消えねえ!」


 のたうち回る男たち。その混乱を逃さず、オレは攻撃魔法をさらに加速させる。

「逃がさない。――ファイアアロー!」


 自動追尾の機能を付加した火矢が、逃げ遅れた盗賊の背を正確に貫く。魔法の嵐に、さっきまでの傲慢な勢いはどこへやら、盗賊たちは完全に怯え、足が止まった。


「何を怯えている! 奴を討ち取った者には、特別報酬だ。これを見ろ!」

 マルコがバッグから金貨を掴み出し、夕闇の中で黄金の輝きを散らつかせる。その輝きに目を眩ませた盗賊たちが、再び獣のような歓声を上げた。

「オーーーーッ!!」


 欲に駆られた亡者どもに、オレは最大級の追撃を見舞う。

「ウォーターレイン! ウィンドレイン!」


 降り注ぐ激しい水が盗賊の視界を奪い、凄まじい突風が彼らの体勢を根底から崩す。足元を滑らせ、突風に煽られ、翻弄される無力な群れ。そこへ、トドメの連撃を叩き込んだ。


「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール! サンドボール!」


 連続して放たれる魔力の奔流が、港の静寂を完全に破壊した。炎の刃が裂き、火矢が突き刺さり、爆ぜる土塊が骨を砕く。もはやそこにあるのは戦闘ではなく、一方的な掃討だった。


 生き残った盗賊たちの目に宿っていたのは、戦意ではなく「絶望」だった。オレは冷徹な眼差しで、後方で震えるマルコを射抜く。

「ひいぃっ……!」


 マルコは金貨のバッグを背負い、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


(これで終わったか…)


 だがその先には、また別の影が迫っていた。

 赤い松明の列。整然とした足音。こちらへ向かってくる数え切れないほどの兵士の集団。


 それがマルコの呼び寄せた追手なのか、それとも騒ぎを聞きつけた公的な軍なのかは、まだわからない。


 背後は逃げ場のない海。正面には正体不明の軍勢。

 だが、オレの心は驚くほど静かだった。この短くも激しい死闘の中で、オレは一つ、揺るぎない真理を魂に刻んでいた。


 そしてオレは学ぶ。


〈悪人に容赦は無用だ〉


 と言うことを。

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