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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第八章

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41話 真相

 夕暮れの空は、まるで焦燥を映すかのように赤く滲んでいた。


 オレは焦っている。


 胸の奥が焼けつくように熱い。呼吸は荒く、鼓動は早鐘のように鳴り続けている。だが、頭の芯だけは冷え切っていた。


 ――シャムの探知スキルは正確だ。


 あいつが「いる」と言ったなら、間違いない。エルフたちは船に乗せられている。


 時間は、もうほとんど残されていない。


 エルフが拉致されてからの経過時間を必死に頭の中で計算する。港の手続き、出港許可、船員の準備……。どれも一瞬で済むものではない。ましてや夜間出港など危険極まりない。


 以前、マーブル島の船長から聞いたことがある。


 ――夜の海は牙を剥く。

 他船との衝突、暗礁への乗り上げ。灯りだけじゃ足りねぇ。夜は出るもんじゃねぇ。


 その言葉が脳裏に蘇る。


(まだだ……まだ出港していないはずだ)


 出るとしても、最短で明日の朝。


 ならば今が最後の猶予だ。


(船を一隻ずつ確認するか!?)


 だが、監禁されている可能性が高い。船倉の奥深く、何かで隠されているか魔法で封じられていれば見逃す危険もある。


(やはり……商人ギルドだ)


 違法な売買。密輸。奴隷取引。

 裏で糸を引いているのは、船ではなく“商人”のはずだ。


 オレは踵を返し、港を駆け出す。


 石畳を打つ足音が乾いた音を立てる。傾いた太陽が背後から伸び、長く引き伸ばされた自分の影が前へと走る。まるで、未来へ急き立てるように。


 通りには店じまいを始める商人たちの姿。荷をまとめる音。硬貨を数える乾いた響き。

 焦りが胸を締め付ける。


(選択を間違えれば、取り戻せない)


 今なら痕跡を追える。

 だが、時間が経てば消える。風に流される砂のように。


 思考はまとまらないまま、オレは商人ギルドの前に辿り着いた。


 重厚な木製の扉。鉄の装飾が施され、威圧感すら漂わせる建物。

 一瞬だけ、躊躇が胸をよぎる。


 だが、迷っている時間はない。


 オレは勢いよく扉を押し開けた。


 中は思った以上に人が多かった。

 高価な衣装に身を包んだ商人、帳簿を抱えた若い使用人、取引の最中らしい者たち。


 ざわめきは、オレが開けた扉の音では止まらない。


(この中に……いる)


 犯人が。


 確信はない。だが、勘が叫んでいる。


 オレは一階フロアの中央に進み、振り返る。

 そして、防御魔法を展開した。


「サンドウォール!」


 床が震え、土がせり上がる。

 轟音とともに扉の前に厚い土壁が形成される。退路は塞がれた。


 悲鳴が上がる。

 近くにいた商人が腰を抜かし、帳簿が床に散らばる。


 オレは大声で叫ぶ。


「皆、聞け!オレはカズーと言う!少しだけ時間をくれ!」


 ざわめきが凍る。


「今日、オレの仲間のエルフが拐われた!何か知っていることがあるなら教えてくれ!」


 空気が張り詰める。


 その時、奥の通路から鎧の軋む音が響いた。

 完全武装の警備員が二人、剣を抜きながら近づいてくる。


「お前!今すぐその魔法を消せ!」

 威圧的な声。


 だが、引くわけにはいかない。

 オレは攻撃魔法を放つ。


「ウィンドボール! ウォーターボール!」


 圧縮された風弾と水球が放たれ、警備員に直撃する。

 鎧が叩きつけられ、二人は後方へ吹き飛び、壁に激突した。


「危害を加えたいとは思っていない!だが、従わないなら魔法を使う!」


 静寂。


 誰も動かない。


 オレはフロアを見渡し、一人を指さした。


 高価な絹の衣装。指には金の指輪。胸元には宝石。

 いかにも裕福そうな男。


「そこの商人。あんただ。エルフと拉致に関わりそうな人間を教えろ!」


 男は顔を真っ赤にし、怒鳴った。


「こんなことをしてただで済むと思うなよ!衛兵が――」


 言い終わる前に、オレは床へ魔法を放つ。


「ファイアボール!」


 爆ぜる火球。

 床石が抉れ、焦げた匂いが広がる。


 男は悲鳴を上げ、尻餅をついた。


「次はお前だ。火達磨になるぞ!」

 声は自分でも驚くほど低く、冷えていた。


「わ、私は関わっていない!助けてくれ!」

 その目は泳いでいる。


 嘘ではない。

 だが、何かを知っている目だ。

「では、誰だ!?」


 オレは天井へ向けて魔法を放つ。


「ウォーターボール!」


 天井で水球が弾け、冷水が男の頭上から降り注ぐ。


「止めてくれ!話す!」


 男は叫ぶ。


「マルコだ!商人のマルコがエルフの売買をやっている!」


 その名を聞いた瞬間、背筋が凍った。


 (マルコ!)


 今日、塩の受け渡しで顔を合わせた商人。

 笑顔で握手を交わしたばかりの。


「……本当にマルコか?」


 喉が乾く。


「嘘なら次は当てる」


 男は震えながら叫ぶ。

「嘘じゃない!ここにいる商人なら皆知っている!他の者に聞いてみろ!」


 オレは周囲を見渡す。


 視線を逸らす者。

 唇を噛む者。


 そして――ゆっくりと、全員が無言で頷いた。


 胸の奥で、怒りが爆発する。


 利用されたのか。


 だが、感情に飲まれるな。


 今は――動く時だ。


 土壁の向こうで、遠くから警鐘の音が響き始めていた。


 時間は、もう残されていない。

 胸の奥で、何かが軋む音がした。


 ――マルコ。


 オレは、昨日の商談を必死に思い返す。


 あいつは塩を急いで売却したがった。普段なら値を吊り上げ、駆け引きをする商人が、昨日は妙に焦っていた。多少の損も気にせず、一気に手放した。


「次の大口商品を仕入れる予定でしてね」


 そう言っていた。


 その時は深く考えなかった。商人なら珍しくもない話だ。


 だが――


(その“大口商品”が……エルフたちか!?)


 血の気が引く。


 さらに思い出す。

 今日、塩の受け渡しのため、マルコはオレをわざわざ倉庫まで案内した。必要以上に丁寧に。時間をかけて。


 もし、あの時間に。


 もし、オレがあの場に縛られていなければ。


 エルフたちを守れたかもしれない。


(やられた……!)


 拳を握りしめる。爪が掌に食い込む。


「シャム!マルコを見つけられるか!?」


 オレの叫びに、シャムが素早く反応する。


「やってみるニャ!」


 猫耳をぴんと立て、目を閉じる。

 周囲のざわめきが遠のいたように感じる。


 シャムの探知能力は常軌を逸している。

 敵の残滓、匂い、気配、足音――すべてを統合して“探る”。


 数秒が、永遠のように長い。


 そして。


 シャムが、ぱちりと目を見開いた。

「主、マルコからケイシアの匂いがするニャ!こっちニャ!」


(ケイシアの匂いがするということはマルコで間違いない!)

 言うが早いか、シャムを追って駆け出しながら、オレはすぐに魔法を解除する。


「サンドウォール消えろ!」


 土壁が崩れ、砂となって床へ落ち消えて行く。

 外から差し込む夕陽が、フロアを赤く染めた。


 扉を出ると外には、騒ぎで集まった人々が押し寄せていた。中に入れず苛立っていた野次馬たちがどよめく。


 だがシャムはその足を止めない。

 小柄な体を活かし、人混みの隙間を縫うように走り抜ける。


「シャム行け!」


 オレも人だかりを押しのけ、必死に追う。


 石畳を蹴る音。

 荒い呼吸。

 夕暮れの冷たい風が頬を打つ。


 やがて視界の先に、見覚えのある背中が現れた。


 大きなバックを抱え、必死に走る男。


 マルコだ。


 振り返る顔には焦燥と恐怖。

 商人ギルドでの騒動を見ていたのだろう。裏口から逃げ出したに違いない。


(やはり裏口があったか……!)


 マルコはこの街の住人だ。地理を知り尽くしている。

 路地裏を縫うように走り、曲がり角を巧みに利用する。


 なかなか距離が縮まらない。


「くそっ……!」


 ゴミ樽を蹴り倒し、木箱を飛び越える。

 路地の湿った匂いが鼻を刺す。


 そして――


 路地を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。


 港だ。


 夕陽を浴びた海が赤く染まり、無数の帆船が静かに並んでいる。

 縄の軋む音、波の打ち寄せる音。


 マルコは迷わず、一隻の大型帆船へ向かって走る。


 黒い船体。高いマスト。

 すでに出港準備を整えている雰囲気があった。


(船の中に隠れられたら厄介だ……!)


 船倉に入られれば追跡は困難になる。


 オレは攻撃魔法を放つ。


「ファイアアロー!」


 放たれた火矢が、一直線にマルコへ向かう。

 狙いは致命傷ではない。


 足だ。


 火矢が太腿を貫いた。


「ぎゃあああっ!」


 悲鳴と共にマルコが転倒する。

 抱えていたバックが宙に舞い、石畳へ叩きつけられる。


 衝撃で口が開き、中身が飛び出した。


 ――金貨。


 大量の金貨が夕陽を反射し、眩い光を放つ。


 ちゃりん、ちゃりん、と乾いた音が広がる。


 その光景を見た瞬間、すべてが繋がった。


 エルフを買い取り。

 船で別の街へ運び。

 さらに高値で売る。


 差額で莫大な利益。


 この金貨は、その取引の証。


「マルコ!止まれ!」


 オレは剣呑な声で叫ぶ。


「誰にその金貨を渡すつもりだ!?」


 マルコは地面に転がったまま、足を押さえ、歯を食いしばる。


「止めろ……!この金貨は……テザール伯爵様に渡すものだ!」


 その名を聞いた瞬間、世界が静まり返った気がした。


 ――テザール伯爵。


 この地の領主。


 法を司り、税を徴収し、民を守るはずの存在。


 その男が。


 金のために、エルフを売る?


 背筋が凍る。


 怒りよりも先に、冷たい理解が訪れた。


 ああ、そうか。


 商人一人でこんな大それた取引ができるはずがない。

 エルフの拉致。港の許可。出港の優遇。警備の黙認。


 すべてが揃わなければ成立しない。


 つまり――


 最初から“守られていた”のだ。


 オレは、ゆっくりと拳を握る。


 理想ではない。

 正義でもない。


 金。


 それが、この街を動かしていた。


 そして今、オレはその構造に触れてしまった。

 赤く染まる港で、金貨が冷たく輝いている。

 波音だけが、静かに響いていた。


 そしてオレは学ぶ。


〈為政者は金のために動く〉


 と言うことを。

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