4話 仲間といる事
森の奥へ分け入ってからそう時間は経っていなかったが、オレたちは少し早めに野営することに決めた。夕日が木々の隙間から差し込み、苔むした地面に縞模様の光を描いている。幸い、幾つかの倒木に囲まれた、比較的平らな場所を見つけたので、そこでテントを張った。
静まり返った森に火を起こすのは、少しばかり勇気が要った。煙が賞金稼ぎを呼び寄せる可能性もある。それでも、冷え込む森の夜を前にすると、暖を取り、温かいものを口にしたい欲求には勝てなかった。
(巨木がオレたちを隠してくれる。たぶん、大丈夫だろう)
オレはアイテムボックスからシャムの好物である川魚を取り出す。
「シャム、焼いて食べるか?」
そう声をかけると、シャムは大きな瞳を瞬かせ、首を左右に振った。
「猫舌だから、そのまま食べるニャ!」
冗談なのか本気なのか判然としない軽やかな返事。オレは思わず笑いながら、皿に川魚を一匹のせ、シャムに差し出した。シャムは受け取ると、舌をちょこんと出してウィンクしてくる。
(……可愛い)
こういう何気ない仕草が、どれほどオレの心を温めてくれるか。仲間がいるという事実が、これほどまでに心強く、幸福をもたらすものだとは、かつて想像もしなかった。
オレは鍋に水を張り、アイテムボックスから取り出した野菜と塩漬け肉を放り込み、火にかけた。シャムが捕ってくれたウサギも手早く捌いて加える。ぐつぐつと煮立ちはじめた鍋からは、塩漬け肉の旨味が滲み出し、ウサギ肉の淡泊な香りと混ざり合って食欲を誘う匂いが漂ってきた。
「シャム、スープ食べるか?」
「食べるニャ!」
即答するシャムに苦笑しつつ、オレは椀に熱々のスープをよそって差し出す。シャムは舌先でスープを啜り、幸せそうに目を細めた。
「主、美味しいニャ!」
その声は無邪気で、オレの疲れを溶かすほど温かかった。
(猫舌じゃないのか⋯⋯)
食事を終え、冷たい夜気に満ちるテントの中で横になると、シャムが当たり前のようにオレの横に寄り添ってきた。毛皮の柔らかな感触に手を伸ばして撫でると、シャムは気持ちよさそうに喉を鳴らし、細めた目がとろけるように優しい。
(シャム……本当に、気持ち良いな)
森の虫の声と焚火の残り火の匂いに包まれながら、オレはいつの間にか深い眠りに落ちていた。
―――翌日。
目を覚ますと、テント内に差し込む陽光は異様に明るく、外に出れば太陽はすでに真上にあった。どうやら、今までの疲れが一気に出て、昼近くまで眠っていたらしい。
テントの外には、ウサギが十匹ほど整然と並べられていた。
(シャムだな……本当に、なんて優しい仲間だ)
白湯を沸かして飲んでいると、森の奥からシャムが戻ってきた。背後には、昨日の大虎が堂々たる足取りでついてきている。
「主、おはようニャ!」
「シャム、大虎をテイムしたのか?」
「そうニャ! 近くにいたニャ!」
ゲームシステムで確認すると、シャムのMPは一晩で完全に回復していた。安堵しながらオレは川魚をシャムに渡し、自分は固いパンを齧る。
「シャム、ウサギありがとう」
「主が喜んでくれて嬉しいニャ!」
シャムは誇らしげに言いながら、川魚をもぐもぐと食べていた。
食事を終えたオレたちは、森のさらに奥へ進むことにした。この森は木々の姿がどこまでも似通っていて非常に迷いやすいが、その分、巨木が多く、賞金稼ぎたちから身を隠すには絶好の地形だった。
オレは東へ向かうと決め、木々の間を慎重に進む。しばらくすると、シャムが大虎の背から声をあげた。
「魔物が近くにいるニャ!」
どうやら、まだ魔物に気づかれてはいないらしい。
シャムは大虎をテイムしたばかり。シャムのMPの心配はない。
(今なら、やれるだろう!)
オレたちはその魔物を討伐することにした。
「シャム、その魔物のところに連れて行ってくれ」
「わかったニャ!」
数分ほど進むと、そこには一本の巨大な木が静かに立っていた。一見ただの木。しかし、オレの《スキャン》ははっきりとその正体を示す。
―――魔物だ。
オレは攻撃魔法を即座に放つ。
「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール!」
炎の刃は木の表皮を裂き、炎の矢は幹に深く突き刺さり、火球が爆ぜて周囲に火の粉を散らす。大虎も低い咆哮と共に突撃し、鋭い爪で枝を引き裂いた。
だが、トレントはゆっくりとこちらに向き直り、複数の枝がオレたちへと槍のように向けられた。
「ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!」
圧縮された空気が弾丸のように飛来し、オレの体に衝撃が走る。
(空気砲……!)
威力はオレの風魔法――風弾には及ばないが、確かにダメージを伴う攻撃だ。ゲームシステムから敵情報を確認する。
『魔物:エルダートレント』
上位種か……危険だ。
シャムはオレを庇うように大虎の背から飛びかかり、果敢に攻撃を仕掛ける。オレも敵の背後へ回り、槍で連続して突き立てた。十度ほど鋭い刺突を加えると、エルダートレントは呻きのような音を立て、霧となって消え去った。
地面には【中魔石】が一つ残されていた。それを拾い上げたオレは、シャムの様子がどこかおかしいことに気づく。
「シャム、大丈夫か?」
「なんか……気持ち悪いニャ……」
慌ててゲームシステムでステータスを確認する。
『状態異常:毒』
(しまった! 空気砲にデバフ効果が……!)
手持ちの【解毒薬】はすでに使って無い。急いで【ポーション】を飲ませるとHPは回復したが、状態異常は解除されない。
幸いポーションは大量にある。時間稼ぎはできる。
「シャム、バックパックに入れ」
「わかったニャ……」
力なく呟いてバックパックに潜り込むシャム。その瞬間、大虎は森の奥に走り去って行った。
(シャムがテイムを解除したんだな)
どうにかシャムを治す方法を考えながら歩いていると、前方の茂みから複数の気配が近づいてきた。《スキャン》で確認すると敵ではない。
弓を携えた三人組の狩人らしき姿――。
しかし、最も驚愕したのは、彼らに表示された種族名だった。
『エルフ』
そしてオレは学ぶ。
〈安易な行動は死を招く〉
と言うことを。




