39話 拉致の調査
オレは、まず冒険者ギルドで情報収集をすることに決めた。
街の中央広場を抜け、石畳を踏みしめながら走って冒険者ギルドへ向かう。胸の奥がざわつく。嫌な予感が、まるで冷たい指で心臓を掴むように離れない。
重厚な木製の扉を押し開けると、昼間だというのにギルド内は妙に静まり返っていた。いつもなら酒と笑い声と怒号が入り混じる場所だ。だが今日は、空気が張り詰めている。
そして、奥のカウンター前に立つ大柄な男――ギルドマスターが、腕を組んだままオレを待っていた。
「カズー、状況を説明する。こっちに来い!」
低く、よく通る声。逃げ道を与えない響きだった。
元より、ここへ来たのは状況を知る為だ。否という選択肢は存在しない。
「お願いします!」
オレが即座に答えると、ギルドマスターは無言で踵を返し、階段へ向かう。軋む木の階段を上り、二階の個室へ入る。扉が閉まると、外の喧騒は完全に遮断された。
重苦しい沈黙。
ギルドマスターは椅子に腰を下ろすと、ゆっくりとオレを見据えた。
「カズー……お前の仲間のエルフ全員が拐われた」
すでに冒険者から聞いていたが、改めてギルドマスターから言われる事で現実味が帯びた。
「……どういう事ですか?」
自分でも驚くほど低い声が出る。喉が乾いていた。
オレは身を乗り出し、問い詰める。しかしギルドマスターは目を細めるだけで、すぐには答えなかった。
「わからない。だが事実だ。エルフ全員――九人だ。姿が消えた」
九人。
頭の中に、一人一人の顔が浮かぶ。
全員が消えた?
「エルフは美男美女だ。奴隷商人が高値で買い取る可能性は高い」
その言葉に、血が一気に沸騰した。
「奴隷商人が黒幕ですか!?」
思わず叫んでいた。
拳を握りしめ、歯を食いしばる。胸の奥から怒りが噴き上がる。
「落ち着け! カズー!」
ギルドマスターの怒号が部屋を震わせる。
「エルフは全員で九人だ。そう簡単にこの街を出ることはできん。門番も馬鹿じゃない。荷馬車いっぱいのエルフを見れば必ず止める」
……確かにそうだ。
九人ものエルフ。隠しきれる人数ではない。
だが――
(時間が経てば経つほど不利になる)
奴らが裏道を使う可能性もある。地下水路、偽装された商人証、賄賂。考えればきりがない。
「ギルドマスター。私は商人ギルドで怪しい商人がいないか調べてみます」
オレは顔を上げる。
「わかった。こちらも冒険者を動かそう。城門、裏市場、地下ギルド……すべて当たらせる」
「ありがとうございます」
礼を言うと同時に、オレは部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、ギルドを出る。冷たい外気が頬を打つ。
走りながら、オレはゲームシステムを確認する。
視界の端に浮かぶ仲間のステータス表示。
・名前:ケイシア HP:300/300
(攻撃はされていない……少なくとも今は)
だが、位置情報は表示されない。ゲームシステムでは仲間の居所までは分からない。
歯噛みする。
(以前、収穫祭でシャムがケイシアを見つけた……)
あの時、シャムは匂いで追跡していた。
オレは走りながら叫ぶ。
「シャム! ケイシアを探してくれ!」
バックパックがもぞりと動き、次の瞬間、黒い影が飛び出す。
「わかったニャ!」
シャムは地面に着地すると、鼻をひくつかせた。
そして一方向へ駆け出す。
「頼む!シャム!」
オレも全力で追いかける。
石畳を蹴り、路地を抜け、市場を横切る。人々の驚く声が背後に流れていく。
シャムは迷いがない。
約三十分、息が切れ、脚が悲鳴を上げ始めたころ、視界が一気に開けた。
潮の匂い。
港だった。
大型の帆船が何隻も停泊している。白い帆が風に揺れ、甲板では船員たちが忙しなく動いている。停泊できない船は沖で揺れていた。
波の音。カモメの鳴き声。縄の軋む音。
だが、オレの耳には自分の鼓動しか聞こえない。
シャムが止まり、地面の匂いを嗅ぐ。
「主……ここでケイシアの匂いが消えているニャ」
その言葉に、背筋が凍った。
(船に……乗せられたのか!?)
船ならば、城門を通る必要はない。
海へ出てしまえば、他の都市へも簡単に移動できる。
甲板を見上げる。
どの船だ?
沖に出た船か?
まだ停泊中の船か?
(不味いぞ……!)
時間がない。
ここで動かなければ、本当に手が届かなくなる。
オレは拳を握りしめ、港を睨みつける。
この世界で、最も追跡を困難にする移動手段。
怒りと焦燥が、胸の奥で渦巻く。
「待っていろ……必ず見つける」
潮風の中、オレは次の行動を決意した。
そしてオレは学ぶ。
〈拉致には船が使われる〉
と言うことを。




