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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第七章

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33話 魔物

 オレは、冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた。


 昼過ぎのギルドはいつも通り賑わっている。酒の匂い、革鎧の軋む音、依頼書を剥がす音、笑い声と怒鳴り声が入り混じり、木造の広間は熱気に満ちていた。壁一面に張り出された依頼書の前では、冒険者たちが真剣な顔で紙を睨みつけている。


 だが――オレの視線は、その掲示板を何度確認しても引っかかる一点に向いていた。


(やはり……無い)


 魔物討伐の依頼が、ひとつも無い。


 先日の狩猟クエストで、確かにオレとシャムは“それ”を感じた。森の奥から漂ってきた、あの異様な気配。野生動物とは明らかに違う、禍々しい魔力の揺らぎ。


 あれは間違いなく――魔物だった。


 違和感を抱えたまま、オレは受付カウンターへと向かった。


 以前、商人として依頼を出した時に対応してくれた女性職員が、書類を整理している。髪を後ろでまとめ、きっちりとした制服を着こなした真面目そうな女性だ。


「すみません」


 声を掛けると、彼女は顔を上げ、にこやかに応じた。


「はい、いかがなさいましたか?」


「このギルドには、魔物関連のクエストは無いのでしょうか?」


 オレがそう尋ねると、彼女は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。


「魔物、ですか?」


「ええ」


 彼女は掲示板の方を一瞥し、首を横に振る。


「この辺りでは滅多に魔物は現れませんので……討伐クエストはほとんどありません。ここ数年、大きな報告もありませんし」


 やはりそういう認識なのか。


 オレは小さく息を吸い、声の調子を落として言った。


「先日参加した狩猟クエストで、魔物を見ました」


 言葉が落ちた瞬間、周囲の喧騒が遠のいた気がした。


「……え?」


 女性職員の顔から血の気が引く。手にしていた羽ペンが、かすかに震えた。


「ま、魔物を……?」


「はい。確証はありませんが、明らかに通常の獣とは違う魔力反応でした」


 しばしの沈黙。


 彼女は唇を引き結び、決意したように頷くと――


「少々お待ちください!」


 そう言い残して、カウンター奥の階段を駆け上がっていった。木の階段を踏み鳴らす足音が、やけに大きく響く。


 広間の空気がざわめく。


「魔物だって?」 「この辺りに?」


 冒険者たちがひそひそと声を交わすのが聞こえる。オレは余計な注目を浴びないよう、静かに腕を組んで待った。


 やがて、重たい足取りが階段を降りてくる。


 現れたのは、厳めしい顔つきの中年の男だった。刈り込まれた髭、鍛えられた体躯、鋭い眼光。只者ではない雰囲気を纏っている。


 女性職員がその一歩後ろに控えていた。


「お前が、魔物を見たと言う冒険者か?」


 低く、腹の底に響く声。


 女性職員が慌てて訂正する。


「ギルドマスター、彼は冒険者ではなく、商人としてクエストを依頼された方です」


 なるほど、この男がギルドマスターか。


 オレは一瞬だけ考える。


(ここで隠し事をするのは得策じゃない)


 魔物の存在は街の安全に関わる。下手に立場を偽れば、後で面倒になるだけだ。


「はい。私が魔物を探知しました。商人でもありますが、冒険者としても活動したことがあります」


 そう言って、オレは懐から冒険者証を取り出し、女性職員へ差し出した。


 彼女はそれを受け取り、カウンター脇に置かれたオーブに翳す。淡い光が浮かび上がり、情報を映し出した。


「お名前はカズーさん。ハンドレッド等級の魔法使いです」


 広間が再びざわつく。


 ハンドレッド等級――決して低くはない。


 ギルドマスターは顎に手を当て、鋭い視線でオレを見据えた。


「魔法使いが、どうやって魔物を探知した?」


 来ると思っていた質問だ。


 オレは落ち着いた声音で答える。


「私の仲間に狩人がいます。彼女が魔物の気配を察知しました」


「ほう……」


 ギルドマスターは目を細める。


「確かに、優れた狩人なら可能だろう。お前の仲間とは、最近登録したエルフたちか?」


 その言葉に、思わず鼓動が跳ねた。


(なぜ……)


 エルフであることは隠していたはずだ。常に深くフードを被らせ、無用な視線を避けてきた。


 だが、仕事ぶりから勘づかれたのかもしれない。いや、冒険者登録時に種族名が出たのだろう。ギルドマスターともなると個人情報も見ることが出来るはず。ここで、嘘はつけない。


 オレは覚悟を決め、頷いた。


「はい。そうです」


 そして、慎重に問いを重ねる。


「エルフということで、迫害や差別を受けることはありませんか?」


 一瞬、ギルドマスターは怪訝な顔をしたが、すぐに鼻を鳴らした。


「珍しい種族ではあるがな。少なくとも、この街でエルフが迫害されているという話は聞いたことがない」


 腕を組み、はっきりと言い切る。


「仕事をしてくれるなら、皆、冒険者だ。それだけだ」


 その言葉に、胸の奥に張り詰めていた糸がふっと緩む。


「……良かった」


 小さく息を吐き、続ける。


「ですが、その魔物について名前までは分かりませんでした。遠目に気配を感じただけです」


 ギルドマスターは数秒考え込み、やがて決断したように顔を上げた。


「わかった。緊急クエストを発令する」


 その声は広間全体に響き渡る。


「森の調査および魔物の探索・討伐だ。腕に覚えのある者は準備しろ」


 冒険者たちが一斉に動き出す。


 そして、ギルドマスターは再びオレを見る。


「カズー。発見者のお前も参加してもらう」


 当然だろう。


 あの気配を最初に感じたのはオレたちだ。責任はある。


「わかりました」


 そう答えた瞬間、胸の奥にわずかな高揚が灯った。


 この街では滅多に現れないという魔物。


 それが意味するものは何か。


 森で感じた、あの底知れぬ気配。


(嫌な予感がするな……)


 だが、後退はできない。


 オレは静かに拳を握り、来るべき戦いに備えるのだった。


 ◆ ◆ ◆


 ギルドを出た後、オレは宿に戻り、ケイシアの部屋の扉を閉めると小さく息を吐いた。


 窓の外では夕暮れの鐘が鳴っている。橙色の光が差し込み、部屋の中を静かに染めていた。


 ベッドの端に腰を下ろし、向かいに座るケイシアを見る。


「すまない」


 オレは正面から頭を下げた。


「オレの能力は、できる限り隠しておきたい。今回の件……ケイシアが魔物を探知したことにしてくれないか?」


 オレのゲームシステムは便利すぎる。便利すぎる能力は、時に危険を呼ぶ。目立てば利用される。利用されれば、自由はなくなる。


 ケイシアは一瞬だけ目を細め、そして柔らかく微笑んだ。


「もちろんよ」


 金色の髪が肩で揺れる。


「私たちは仲間じゃない」


 その言葉は、思った以上に胸に響いた。


 シャムがベッドの上で尻尾をぱたぱたさせながら声を上げる。


「僕もわかったニャ!」


 小さな胸を張るその姿に、思わず苦笑する。


「頼りにしてるぞ、シャム」


「任せるニャ!」


 小さな拳を突き上げる仕草が妙に勇ましかった。


 こうして、役割は決まった。


 魔物を“見つけた”のはケイシア。


 オレはあくまで補助。


 それでいく。


 ―――翌朝。


 朝靄の残る街を抜け、オレたちは冒険者ギルドへ向かった。


 扉を開けると、昨日よりも張り詰めた空気が漂っている。緊急クエストの告知が広間中央に掲げられ、すでに何人もの冒険者が装備を整えていた。


 受付の女性職員が、こちらに気づいて軽く会釈する。


「カズーさん、お待ちしておりました」


 差し出された依頼書には、赤い印章が押されている。


「こちらが依頼クエストになります。内容は森の魔物探索および討伐。メンバーは、カズーさんのチームに加え、多くの冒険者チームが参加します。よろしいでしょうか?」


(なぜオレに確認を?)


 一瞬疑問に思ったが、表情には出さない。


「はい。問題ありません」


 オレが答えると、女性職員はにっこりと微笑んだ。


「では、カズーさん。クエストリーダー、よろしくお願いします」


 ――やはり、そういうことか。


(発見者だから、か)


 責任を押し付けられたわけではない。信頼された、と考えるべきだろう。


「わかりました」


 そう答えた瞬間、背中のバックパックがもぞもぞと動いた。


「主、僕もいるニャ!」


 ひょこっと顔を出すシャム。


 周囲の冒険者が一瞬ざわつく。


 オレは小さく笑った。


「もちろんだシャム。二人と1匹だ」


 こうして、オレはクエストリーダーを任された。

「皆、先ずは魔物の発見を優先してくれ!」


 各冒険者チームがギルドを飛び出していく。


 オレとケイシア、シャムも決意を決めて行く。


 ◆ ◆ ◆


 オレたちは、ベテラン冒険者チームと一緒に森を進む。


 森の入り口は、朝露に濡れていた。


 木々の隙間から差し込む光が、揺れる葉を照らしている。鳥の鳴き声が聞こえ、風は穏やかだ。


 一見すれば、平和な森。


 だが――あの日、確かにここで魔物の気配を感じた。


 オレは立ち止まり、意識を集中させる。

「スキャン」


 視界の奥に、情報を探る感覚が広がる。


 ……。


(反応なし)


 眉をひそめる。


 周囲を見渡すが、魔力の異常は感じられない。


「魔物の気配はあるか?」

 後ろのメンバーに問いかける。


 ケイシアも目を閉じ、静かに森と同調する。

「……動物はいる。でも、魔物の気配は無いわ」


 肩の力が少し抜けると同時に、不安が芽生える。


(見間違いだったのか? いや、あの赤い光点は確かだった。ゲームシステムは嘘をつかない)


 その時――


「僕に任せるニャ!」

 シャムが勢いよく飛び出した。


「おい、待て!」


 小さな身体が木々の間をすり抜けていく。


「シャム、一人では危険だ!戻れ!」


 オレとケイシアはすぐに追いかけた。

 落ち葉を踏む音が重なる。

「ケイシア、シャムの場所はわかるか?」


「わかるわ。こっちよ!」

 彼女は迷いなく方向を示す。


 ケイシアの感覚はやはり鋭い。


 しばらく進むと、茂みの向こうから足音が聞こえた。


 そして――


 シャムが現れた。


 その隣には、一匹の狼。

 灰色の毛並み、引き締まった体躯。野生の鋭い目。


 ベテラン冒険者たちが一斉に武器を抜く。


「待て!」

 オレは即座に制止した。


「その狼は大丈夫だ。武器を仕舞ってくれ」


 疑念の視線が向けられる。


 だが、オレが狼にゆっくりと歩み寄り、頭を撫でると、狼は静かに目を細めた。


 緊張が解ける。


 シャムが胸を張る。

「僕がテイムしたニャ!」


 なるほど。


 やるじゃないか。


「魔物の場所へ行くニャ!」

 シャムの命令に、狼が駆け出す。


「主、こっちニャ!」


「全員、続け!」


 オレはリーダーとして声を張る。

 森を駆ける音が重なり、息が荒くなる。


 ―――三十分後。


 狼が突然、足を止めた。


 シャムが低い声で言う。

「主、あそこに魔物がいるニャ」


 その魔物を、オレもすでに気づいていた。


 走りながら何度も《スキャン》を使用していたからだ。


 そして今――


 視界の端に、はっきりと表示される。


『敵:オーク』


 木々の奥、太い幹の陰。


 隆起した筋肉、手には粗末だが大きな棍棒。

 豚のような鼻息が、森の静寂を破る。

 その姿を見た瞬間、理解する。


(やはりいた)


 そして、同時に悟る。


 ――魔物は、特別な場所にだけ現れるわけではない。


 森の奥でも、街の近くでも。

 どこにでも現れる可能性がある。

 それが、この世界の現実だ。


 オレは静かに魔法の杖を構えた。

「戦闘準備」


 緊急クエストは、今まさに本番を迎えようとしていた。


 そしてオレは学ぶ。


 〈魔物は何処にでも現れる〉


 と言うことを。

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