32話 ケイシアの喜び
私はケイシア。
カズーとシャムの仲間。
エルフの里で生まれ育った私にとって、「仲間」という言葉はとても重い意味を持つ。血縁よりも、時間よりも、心で結ばれた存在。それが、カズーであり、シャムだった。
私は、カズーの望みによって[精霊使い]になった。
しかも、エルフの里に伝わる精霊使いとは少し違うらしい。私は[風の精霊使い]と呼ばれる存在だと、カズーは言っていた。
私の精霊の名は――シルフ。
「シルフ召喚」
その言葉を口にすると、ふわりと風が揺れ、白く淡い光が空中に集まる。やがて、手のひらほどの小さな妖精が姿を現す。
白い髪、透き通る羽根、気まぐれそうな瞳。まるで風そのものが意思を持ったかのような存在。
けれど、正直に言えば――まだ、役に立つとは言えない。
私の言葉に従わず、呼び出しても気ままに飛び回るばかり。時には、私の髪を引っ張ったり、頬をつついたりして、からかうように笑う。
「焦らなくていい」
師匠のリクレアは、穏やかな声でそう言った。
「精霊は力では縛れない。信頼関係を築けた時、初めて応えてくれるのだ」
それを信じて、私は毎日シルフを召喚し続けた。
たとえ言うことを聞いてくれなくても、逃げられても、風に笑われても――。
そんな日々の中で、カズーが言った。
「人間の街に行く」
胸が、少しだけ強く打たれた。
里の外の世界。あるとはわかっていたけど、実際に足を踏み出すのは初めてだった。怖さがないと言えば嘘になる。でも、それ以上に胸を満たしたのは――好奇心と、そして何より。
仲間と一緒にいたいという想い。
それが、私を前へと駆り立てた。
里を出てから、十日。
長い旅路の果てに、私たちは人間の街へと辿り着いた。
――圧倒された。
エルフの里とは、何もかもが違う。
果てしなく続く建物の列。石と木で作られた家々は形も大きさも様々で、背の高い建物が空を遮るようにそびえ立っている。道には人が溢れ、笑い声、怒号、商人の呼び声が入り混じり、空気そのものが騒がしかった。
人間は、多かった。
多すぎるほどに。
私は思わずカズーの背中を見つめた。
彼は迷うことなく街を歩き、私たちを導いてくれる。まるで、この場所が自分の庭であるかのように。
カズーは色々なことを知っている。
宿の取り方、店との交渉、街でのルール。私たちエルフが戸惑わないよう、常に気を配ってくれていた。
でも――私は、カズーの仲間。
仲間は、助け合わなければいけない。
今の私は、助けられてばかりだ。
そのことが、胸の奥に小さな棘のように刺さっていた。
そこで、私はシャムに相談した。
「ねえ、シャム……私にも、何か出来ることはないかしら」
すると、シャムは尻尾を揺らしながら、いつもの調子で言った。
「簡単ニャ! ケイシアも冒険者になればいいニャ!
主は魔物を討伐するのが好きニャ!」
その一言で、道は決まった。
私だけではなかった。
エルフたち、全員が冒険者になった。
冒険者としての生活は、これまでとはまるで違った。
「仕事」を受け、働き、対価として【お金】を貰う。
初めて手にした【お金】は、金属の冷たさと重みを持っていた。
それをカズーに差し出すと、彼は驚いたように目を見開き、それから――心から嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、胸の奥が温かくなる。
どうやら、この【お金】で、人間の街では様々な物と交換できるらしい。
食べ物も、武器も、宿も。
この街では、全てが【お金】を必要としていた。
裏を返せば――
この【お金】があれば、何でも手に入るということ。
少しずつ、街の空気に慣れてきた頃。
カズーが、狩猟のクエストを持ってきた。
もちろん、私も参加する。
狩猟は、私たちエルフにとって生活の一部。
森に入ると、身体が自然と動いた。
風の流れを読み、気配を感じ、弓を引く。
カズーから貰ったロングボウは、私の腕に驚くほど馴染んでいる。
矢は迷うことなく獲物を射抜き、私は誰よりも多くの獲物を仕留めることが出来た。
人間たちが、ざわめく。
賞賛の声が上がっているのは分かる。言葉は聞き取れなくても、その表情、その仕草が、全てを物語っていた。
そして、カズー。
彼は誇らしそうに人間たちと話している。
その姿を見て、私は静かに胸の中で呟いた。
(良かった……カズーの役に立てたかしら)
その時、私は学んだ。
変わりゆく世界の中で、恐れるだけでは前に進めないこと。
仲間と共に歩くためには、自分も変わらなければならないこと。
それが、私がこの街で得た、大切な学びだった。
そしてオレは学ぶ。
〈変化を受け入れる〉
と言うことを。




