31話 狩り
今回の狩猟クエストには、実に百人規模の冒険者が参加していた。
森の入口付近には人が溢れ、革鎧や簡易鎧の擦れる音、弓や槍を調整する金属音が絶えず響いている。これだけの人数が一斉に動く光景は、さすがに圧巻だった。
狩りの方法自体は、エルフの森で行われてきた狩猟と大きく変わらない。追い立て役と、待ち伏せ役に分かれ、森の奥から獲物を押し出すやり方だ。
唯一違う点があるとすれば、エルフの森では犬を使うところを、今回は使わないという点だった。その代わりに、冒険者たちが武具を叩き、音で獲物を驚かせて追い立てる。
エルフたちは弓を使うため、当然ながら待ち伏せチームに配置された。オレは通訳として、彼らと同じ場所に陣取っている。
森の中は静かだった。風に揺れる葉の擦れる音と、遠くで鳴く鳥の声だけが聞こえる。だが、その静けさの裏には、これから起きることを予感させる張り詰めた空気があった。
やがて、少し離れた場所にいるクエストリーダーが腕を上げ、合図を送る。
「追い立てを始めろ!」
その声をきっかけに、森の奥から金属音が響き始めた。
「カーン! カーン! カーン! カーン!」
剣の柄や盾、槍の石突きを打ち鳴らす音が、一定のリズムで森に反響する。二十人ほどの追い立て役が、等間隔に広がりながら、こちらへ向かって進んで来ているのが分かる。
待ち伏せチームは、全体で八十人ほど。エルフたちは、その中の一区画を任されていた。ケイシアも、その中心に立っている。
「ケイシア、追い立てが始まった」
オレが小声で声を掛けると、ケイシアは短く、しかし確かな動きで頷いた。
「………」
言葉は無い。その代わり、彼女の視線はすでに森の奥を射抜くように定まり、全身から緊張感が伝わってくる。
周囲のエルフたちも同様だった。耳を澄まし、風の流れ、葉の揺れ、地面を踏みしめる微かな振動――あらゆる気配を逃すまいと集中している。
野生動物は魔物ではない。そのため、オレのシーフのスキル《スキャン》では、位置を捉えることが出来なかった。
「シャム、野生動物を探知出来るか?」
オレは、バックパックの中にいるシャムに小声で問いかける。
「出来るニャ!」
即答だった。シャムは顔を出し、鼻をひくひくと動かしながら周囲を確認する。
「主、動物たちがこっちに向かって来るニャ! うさぎもいるから、僕が獲ろうかニャ?」
「いや、止めておこう。間違って狩猟の的にされるかもしれない」
この状況で余計な混乱は避けたい。そう告げると、シャムは少し残念そうに耳を伏せた。
オレはすぐにケイシアの方を向き、低く声を落とす。
「ケイシア、獲物が近いとシャムが言っている」
「………」
ケイシアは応えなかった。ただ静かに、以前オレが渡したロングボウを構える。滑らかな動きで弦を引き絞り、呼吸を整え――そして放った。
「パッン! シューーーー」
弓弦の鋭い音と、空気を切り裂く矢の音が重なる。
「命中ニャ!」
シャムの声とほぼ同時に、森の奥で何かが倒れる鈍い音がした。
ケイシアは一切の迷いなく、二射目を放つ。
「パッン! シューーーー」
「また、命中ニャ!」
矢は連続して獲物を捉えていた。オレの目にも、次第に森の中を駆ける影が見え始める。鹿だ。何頭もいる。その中に、体格の大きな猪も混じっている。想像していた以上の数だった。
それを合図にしたかのように、他のエルフたちも一斉に動き出す。
「シューーー!」
「シューーー!」
「シューーー!」
矢が放たれるたびに、空気が震え、獲物が次々と倒れていく。若いとはいえ、さすがはエルフ。無駄のない動きと正確な射撃で、確実に仕留めていた。
中でも、やはりケイシアは別格だった。
彼女のロングボウは、他のエルフたちの弓よりも射程が長く、矢の威力も明らかに高い。鹿だけでなく、突進してきた猪すら、鎧のような皮膚を貫いて撃ち抜いていく。
倒れた猪が地面を転がり、土と葉が舞い上がる。その光景を見ながら、オレは思わず息を呑んだ。
――これは、単なるビギナー等級の狩猟じゃない。
エルフたちの本領が、人間の冒険者たちの前で、はっきりと示されつつあった。
どれくらいの時間が経っただろうか。体感ではあっという間だったが、森の光の傾き具合を見るに、およそ一時間ほどは経過している。
目の前には、獲物が――文字通り、山のように積み上がっていた。
「大漁ニャ!」
シャムが誇らしげに鳴く。
(……魚じゃないけどな)
心の中で突っ込みを入れつつ、周囲を見渡す。すでに生きた獲物の気配は完全に消えており、森には再び静けさが戻っていた。待ち伏せチームのエリアでは、エルフたちがそれぞれ自分の獲物の前に座り込み、手慣れた様子で解体作業に入っている。
クエストリーダーからは、「仕留めた獲物は各自のもの」と通達が出ていた。村への被害対策が主目的とはいえ、これほどの数があれば報酬としては破格だ。
それにしても――凄まじい量だった。
オレは、ナイフを手に鹿を捌いているケイシアのそばに近づき、声を掛ける。
「ケイシア、良くやったな」
彼女は一瞬だけ手を止め、こちらを見上げる。
「カズー、ありがとう。でも……」
視線を足元の獲物の山に向け、少し困ったように眉を寄せる。
「獲った獲物が多すぎて、捌ききれないわ」
確かに、彼女の周囲だけでも鹿や猪が何頭も転がっている。これを全部処理するには、相当な時間と労力が必要だろう。
「それなら、オレが貰ってもいいか?」
そう言うと、ケイシアは少し驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。
「勿論よ。私たちは仲間じゃない」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。
「それなら、オレのアイテムボックスに入れよう」
オレがそう言うと、ケイシアは立ち上がり、自分が仕留めた獲物の方へオレを案内した。
オレは、一頭ずつ、丁寧に獲物をアイテムボックスへと収納していく。
(アイテムボックスの中なら腐らない。何時までも保管出来る)
その様子を見ていた他のエルフたちが、次第に手を止め始めた。
「それなら、私のもお願い出来る?」
「全部は持ち帰れないから助かるわ」
「カズーさん、これも頼みます」
次々と差し出される獲物。オレは断る理由もなく、黙々とアイテムボックスへ放り込んでいく。
気が付けば、アイテムボックスの中は文字通り獲物の山だった。最終的に数えてみると、鹿が九十九匹、猪が三十匹。
(……今までの赤字の補填とさせて貰おう)
そう内心で呟いたところで、クエストリーダーが全体に向けて声を張り上げた。
「皆、良くやってくれた! 今日のクエストは終了だ!」
その言葉を合図に、森の中に緊張が解けた空気が広がる。オレたちは、装備を整え、街へと戻る帰路に就いた。
エルフたちは、クエスト成功の余韻に包まれていた。普段はどちらかといえば無口な彼らだが、今日は違う。
「あの鹿、良い当たりだっただろう?」
「猪を倒した時の感触、久しぶりだったわ」
「人間の森も悪くないな」
仲間同士で戦果を語り合い、時折笑い声が上がる。
(……なんか、いい感じだ)
そんな和気藹々とした空気の中、不意にバックパックの中からシャムの声が響いた。
「主、魔物ニャ!」
「魔物だと!? 近いのか?」
「まだ、遠いニャ!」
オレは即座に足を止め、索敵スキルを発動する。
「スキャン!」
視界に、赤い光点が一つ浮かび上がった。位置は左後方。距離はあるが、確かにこちらを捉えている。
「トレントか?」
「木の魔物ではないニャ!」
シャムの否定に、オレは慎重に赤い光点の方へと歩み寄る。だが、数歩進んだところで、その光点が急に反転し、森の奥へと遠ざかっていった。
「……逃げられたか」
「逃げたニャ……」
深追いはしない。オレとシャムは踵を返し、エルフたちの元へ戻ると、何事もなかったかのように再び歩き出した。
やがて、冒険者ギルドへと到着する。
中に入ると、参加者全員に食事が用意されていた。大皿に盛られた肉料理、色とりどりの野菜、山のように積まれたパン。そして、それぞれの席には泡立つエールが置かれている。
クエストリーダーが前に立ち、声を上げる。
「皆、今日は本当に良くやってくれた! 思っていた以上に獲物を駆除出来た!」
そして、ニヤリと笑いながら、エルフたちを指さす。
「特に、新入りのあんた達には驚いた!」
ざわめきが広がる中、彼ははっきりと言った。
「今日の最優秀者は、ケイシアだ!」
一瞬の静寂の後、ギルド内が歓声に包まれる。
「オーオー、良いぞ!」
「弓の名手だ!」
「可愛い、嬢ちゃん!」
中には意味不明な声も混じっていたが、その辺りは無視だ。
乾杯の声と共に、他の冒険者たちが次々とエルフたちの元へ集まってくる。ケイシアは喋れないため、自然とオレが応対役になる。
戦い方の話、弓の話、森の話。酒を片手に、言葉と笑いが行き交う。
オレたちは、確かに交流していた。
今回、エルフたちは人間の街の人々と交流したことで、信頼を勝ち取り、こうして人と人――いや、人とエルフを繋ぐ力にもなった。
そしてオレは学ぶ。
〈環境適応者は勝ち残る〉
と言うことを。




