30話 仕事
―――荷馬車が交易都市を出発してから、すでに十日が過ぎていた。
石畳の道、周囲には高い城壁や商人の建物。エルフの里とは全く異なる環境の中、エルフたちは冒険者として働き始めていた。
現在の人数は、男のエルフが三名、女のエルフが六名。ケイシアもその中にいる。もともと同行していたエルフの男二名は、荷馬車の道案内のため、エルフの里へと戻って行った。
彼らは冒険者としては、まだ最下級のビギナー等級――ワン等級だ。そのため、魔物討伐や本格的な護衛といった危険なクエストを受けることは出来ない。彼らに割り振られる仕事といえば、倉庫での荷運び、建物の清掃、酒場の裏方手伝いなど、冒険者らしさとは少し距離のあるものばかりだった。
だが、エルフたちは文句ひとつ言わず、むしろ楽しそうに働いていた。
「この箱、思ったより重いですね」
「人間の街は物が多くて面白いわ」
「掃除の仕事も、やってみると悪くないな」
初めて触れる“労働”という概念。決められた時間に働き、汗を流し、その対価として金属の貨幣を受け取る。それらすべてが、エルフたちにとっては新鮮な体験だった。
自然と共に生きる彼らは、里では必要最低限の役割をこなすだけの日々を送っていた。変化の少ない生活の中で、知らず知らずのうちに溜まっていた倦怠感。それを、この街での仕事が少しずつ洗い流しているように見えた。
オレにとっても、彼らが働いてくれることは本当に有り難かった。
すでに塩の購入は終え、護衛の冒険者も雇っている。今、オレが支払っているのは宿代と食費だけだが、人数が多い分、それなりの出費になる。エルフたちの稼ぎは、一人あたり一日で大銅貨四枚ほど。それをすべて取り上げてしまえば、働く意味も喜びも無くなってしまうだろうと思い、半分だけを宿代として受け取ることにしていた。
赤字分を計算してみると、オレが毎日支払っている金額は、大銅貨二十四枚になる。十日も経てば、金貨二枚と銀貨四枚。数字として並べると、どうしても不安が胸をよぎる。
(……まだ余裕はある。でも、毎日確実に減っていくのを見ると落ち着かないな)
そう思いながらも、交流が永遠に続くわけではないと自分に言い聞かせ、今は耐えることにした。
食費については、あえてエルフたち自身に支払ってもらっている。本来なら当然のことなのだが、彼らには“お金の価値”という感覚がほとんど無い。だからこそ、実体験として覚えてもらうために、稼いだ金で自分の好きな料理を注文させていた。
これが、予想以上に好評だった。
「今日は何を食べようかな?」
「それは高すぎるぞ。銅貨が足りない」
「じゃあ、これにするわ。……あ、お酒も頼んでみようかしら」
銅貨を指先で弾きながら、真剣にメニューと睨めっこをするエルフたち。その姿はどこか微笑ましく、同時に新しい世界へ踏み出しているのだと実感させられる。
自分で働き、金を稼ぎ、その金で自分の欲しいものを選ぶ――。その当たり前の行為が、彼らにとっては大きな喜びとなっていた。
そんなある日、いつもの雑用とは違う、少し毛色の変わったクエストが舞い込んできた。
「皆、狩猟のクエストがある」
ギルドの掲示板を指さしながら、オレはエルフたちに声を掛ける。
「森で増えすぎた野生動物が、近隣の村の畑を荒らしているらしい。弓が使える冒険者なら、ワン等級からでも参加可能だ。やってみないか?」
一瞬の沈黙の後、エルフたちの表情が一斉に明るくなる。
「狩り、ですか?」
「鹿や猪なら慣れています」
「ぜひやりましょう!」
全員が迷いなく賛同した。
内容を詳しく聞くと、対象となるのは鹿や猪といった野生動物で、魔物はいない。その野生動物が人里に降りてきて作物を荒らしているため、数を減らしてほしいという依頼だ。エルフの森でも日常的に行ってきた狩りと、ほとんど変わらない。
弓を引く感触、獲物の気配を読む感覚――。
人間の街で覚えた新しい生活の中に、彼らが生まれ育った森の技が活かせる場が訪れようとしていた。
エルフたちは弓を手に取り、静かに気持ちを引き締める。
その背中を見ながら、オレは思った。
この狩りは、彼らにとって“仕事”であると同時に、自分たちの誇りを再確認する機会になるのかもしれない、と。
そしてオレは学ぶ。
〈変化は価値を生む〉
と言うことを。




