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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第六章

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29話 塩

 今日は、商人のマルコから塩を受け取る日だ。

 朝の冷たい空気を切り裂くように、荷馬車の車輪が石畳を軋ませながら進んでいく。オレは御者台に腰を下ろし、手綱を握りつつ、後ろに乗るエルフたちの様子をちらりと振り返った。


 緑の外套に身を包んだエルフたちは、相変わらず周囲を警戒しながらも、街の喧騒にどこか落ち着かない様子だ。無理もない。ここは彼らの森ではなく、人間の街なのだから。


 やがて視界の先に、商人ギルドの建物が見えてくる。

 石造りの堂々とした建物の前で、一人の男がこちらに手を振っていた。


 商人のマルコだ。


「カズーさん、塩の準備が出来ています」


 柔らかな笑顔でそう言うと、マルコは手際よく塩の袋を荷馬車へと積み込んでいく。白い結晶が詰まった袋は、見た目以上にずっしりと重く、これがいかに貴重な品かを嫌でも実感させられる。


「マルコさん、こちらは代金の金貨7枚です」


 オレがアイテムボックスから金貨を取り出して差し出すと、マルコは丁寧に数え、満足そうに頷いた。


「ありがとうございます。また宜しくお願いします」


 その言葉に軽く会釈を返し、オレは荷馬車の横を歩きながら次の目的地へと足を向ける。


 ――冒険者ギルドだ。


 このままエルフの里へ引き返すことも出来る。

 だが、それでは「交流」をしたとは、とても言えない。


 当初の予定通り、冒険者に塩の輸送を依頼するべきだろう。

 仕事を通して人と関わる――それが、この世界で生きていくために必要な一歩だ。


 冒険者ギルドの場所は、事前にマルコから聞いていた。だから迷うことはなかった。


 だが、実際にその建物を目にした瞬間、説明を聞くまでもなく理解する。

 ――ああ、ここが冒険者ギルドか。


 城塞都市や鉱山都市の冒険者ギルドと造りは似ている。しかし、その規模がまるで違った。横にも縦にも、圧倒的に大きい。


 分厚い石壁に囲まれた建物の正面には、鉄で何重にも補強された巨大な扉が鎮座している。


 それは、まるで城の城門だ。


 この扉の向こうに集まるのが、命を賭けて生きる者たちなのだと、嫌でも理解させられる。


 オレは荷馬車を止め、エルフたちを残したままギルドに入ろうとした。

 その時――。


「私も、冒険者ギルドに連れてって」


 声を掛けてきたのはケイシアだった。

 澄んだ瞳が、期待に輝いている。

「冒険者に興味があったの」


「わかった。じゃ、一緒に行こう」

 そう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「主、シャムも行くニャ!」

 背中のバックパックから、ぴょこんとシャムが顔を出す。


「……最初から、そのつもりだろ」

 そう言いながら、オレはギルドの扉に手を掛けた。


 重い扉を押し開けた瞬間、耳に飛び込んでくる喧騒、怒号、笑い声、金属のぶつかる音、酒の匂い。

 これまで立ち寄った冒険者ギルドとは、明らかに違う。


 広さも桁違いだが、何より人が多い。

 装備もバラバラな冒険者たちが、思い思いに集い、語り、騒いでいる。


 オレは一階に並ぶ五ヶ所の受付カウンターを見渡し、空いている女性職員に声を掛けた。

「すみません。クエストを依頼したいのですが、どうすれば宜しいでしょうか?」


「クエストのご依頼ですね。こちらにお越し下さい」

 穏やかな笑顔でそう言うと、彼女はオレたちを二階へ案内した。


 二階は一階の喧騒が嘘のように静かだった。

 いくつか並ぶ個室の一つに通され、オレとケイシア、そしてバックパックの中のシャムが入る。


 女性は飲み物をテーブルに置き、「少々お待ち下さい」と言って部屋を出て行った。


「主、シャムの飲み物が無いニャ!」

 即座に不満の声が上がる。


「猫にまで飲み物を出すギルドは無いと思うぞ……」

 そう言い返したタイミングで、ドアがノックされ、若い男が入って来た。


「私はこちらでクエストの受付を担当しております。どのようなご依頼でしょうか?」

 落ち着いた口調だが、目は鋭い。

 オレは姿勢を正し、依頼内容を説明した。


「オレの荷馬車で、塩を北の森まで運びたいのですが、その護衛をお願いできますか?」


「塩ですか。北の森とは、具体的にはどちらですか?」


 ここで誤魔化す意味はない。

 むしろ、隠し事をすれば後で問題になる。

「ここから十日ほどの場所にある、エルフの里です。案内役として、二人のエルフが同行します」


 男は一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。

「なるほど。エルフの里……噂には聞いていますが、実際に行った者は少ないですね。距離もありますし、北側とはいえ油断は禁物です」


 そう言って、淡々と条件を提示してくる。

「ハンドレッド等級の冒険者チームで、金貨二十枚。テン等級なら金貨十二枚ですが、塩の輸送でしたらテン等級はお勧め出来ません」


「盗まれる可能性がある?」


「はい。塩は高価ですから」

 即答だった。


「ハンドレッド等級で金貨二十枚……結構高いですね」

 思わず本音が漏れる。


「往復で二十日。五人前後の冒険者が必要です。相場通りですよ」


 理屈は分かる。

 分かるが――財布が痛い。


「……わかりました。ハンドレッド等級でお願いします」


 金貨二十枚を差し出すと、男はにこやかに受け取った。

「ありがとうございます。ちょうどハンドレッド等級のチームが空いておりますので、早ければ明日には受注されるでしょう」


(……また、金が飛んで行った)


 胃が痛い。


 一階へ戻ると、ケイシアが少し興奮した様子でオレに近づいてきた。


「カズー、私、冒険者になりたい」


「……え?」

 唐突すぎて、言葉が詰まる。


「どういう事だ?」


「カズーは冒険者なんでしょう? シャムから聞いたわ。私も冒険者になりたい!」


 その瞬間、バックパックから顔を出していたシャムを睨む。

 シャムは一瞬で察し、すっと中へ引っ込んだ。


 少し考える。

 冒険者登録は無料。

 冒険者証が手に入り、仕事をすれば報酬も得られる。


 何より――仕事を通して、人と関わる。


 それは、確かに「交流」だ。


「……悪くないな」


 オレは頷いた。


「よし、やろう。エルフたち、全員冒険者にしよう」


 ケイシアの顔がぱっと明るくなる。


「まずはケイシアだ。受付に行こう」


 受付カウンターで、さきほどの女性職員に声を掛ける。


「すみません。彼女を冒険者登録してもらえませんか?」


「あ、先程のご依頼者様ですね。ご本人の希望で?」


「ケイシア、頷いてくれ」


 ケイシアは力強く頷いた。


「では、このオーブに手を翳して下さい」


 オレは密かにゲームシステムを操作し、ケイシアのジョブを[狩人]へ変更する。


 彼女がオーブに手を翳すと、淡く光が揺らめいた。


「ケイシアさん、ジョブは狩人。レベルは高いですが、等級はワン等級からになります」


 そう言って渡されたのは、鉄製の冒険者証。

 ★は一つだけ。


 オレの冒険者証には、三つの★が刻まれている。


「……これが、冒険者証」


 ケイシアは宝物を見るように、それを受け取った。


「良かったニャ! ケイシア!」


 シャムが喜びの声を上げる。


 その後、他のエルフたちも次々と冒険者登録を済ませていった。


 そしてオレは学ぶ。


〈仕事は交流になる〉


 と言うことを。

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