28話 観光
取り敢えず、農作物の売却と塩の購入は無事に済ませることが出来た。
結果だけ見れば成功だが、収支を考えれば完全に赤字だ。
(……まあ、仕方ないか)
農作物はその場でマルコが引き取ってくれた。彼は手際よく荷を確認し、慣れた様子で倉庫に運んていく。こちらとしては助かったが、塩に関してはすぐに用意できないらしく、受け渡しは三日後になるという。
「すみません。量が量だから、どうしても時間がかかります」
マルコはそう言って肩をすくめた。
オレたちはその言葉に頷き、彼に教えてもらった近場の宿屋へ向かうことにした。
できる限り安い宿――そう頼んだ結果、案内されたのは豪華でもなく、かといってボロボロというわけでもない、ごく普通の宿屋だった。
石造りの建物は年季が入っているが、壁や扉はきちんと手入れされており、商人や旅人が多く利用しているのだろうという印象を受ける。
オレは受付に立っていた男に声をかけた。
「なるべく安く、三日間泊まりたいのですが、部屋はありますか?」
受付の男は帳簿から顔を上げ、少し考えるように顎を撫でる。
「ああ、空いてるよ。
大部屋の共用なら一泊一人、大銅貨二枚。
二人部屋の個室は一泊一人、大銅貨六枚。
一人で個室を使うなら銀貨一枚だ。朝食は全部ついてる」
数字を聞いた瞬間、オレは頭の中で必死に計算を始めた。
これまでの出費、これから必要になる金……。
(節約できるところは、削らないと)
「では――」
オレは覚悟を決めて告げる。
「大部屋の共用を六人、三泊。
二人部屋の個室を六人、三泊でお願いします」
流石に女性のエルフたちを大部屋に放り込むわけにはいかない。
男たちは大部屋、女性は二人部屋。これが限界の妥協点だった。
受付の男は手早く計算を終え、淡々と告げる。
「金貨一枚と銀貨四枚だ」
オレは黙ってアイテムボックスを開き、言われた通りの金を支払う。
(人数が多いから……これでも、かなり高くつくな)
さらに、荷馬車をどこに置けばいいか尋ねると、宿の裏手にある置き場を教えられ、その上で荷馬車代として大銅貨三枚を追加で請求された。
(……本当に、金がどんどん消えていく)
ため息を飲み込み、オレたちは宿に落ち着いた。
―――翌朝。
簡素だが清潔なベッドから起き上がり、オレはもう一つの任務について考えていた。
それは「交流」。
(前の世界で、友達すらまともに作れなかったオレに……交流、ね)
そもそも交流とは何だ。
経済的な交流なら、昨日すでに売買はした。
技術的な交流? 文化交流?
だが、エルフたちは人間の言葉がわからない。
言葉も通じない相手と、どうやって交流すればいいのか。
(……考えても仕方ないか)
取り敢えず朝食を食べながら考えよう。そう思い、オレはエルフたちを連れて食堂へ向かった。
朝食はブュッフェ形式で、好きなものを自由に取る方式らしい。
オレは焼き立てのパン、香ばしい焼き魚、グリルしたチキン、野菜炒め、根菜たっぷりのスープと、気が付けばお盆に乗り切らないほど食べ物を取っていた。
エルフたちにも食べ方を説明すると、その中の一人が目を輝かせて言う。
「好きに取って良いというのは、里の食堂と似ているなぁ!?」
その言葉を聞いて、オレはつい説明せずにはいられなかった。
「似てはいるが、ここはお金が必要なんだ。
オレが昨日お金を払ったから、皆が食べられる」
彼はしばらく考え込み、やがて静かに言った。
「人間の街は……常にお金が必要ということか?」
「そうだ。お金が無いと、この街に入ることすら出来ない」
改めて、エルフの里との違いを強く感じる。
(まずは……この都市を見て回るか)
オレはそう決め、食事をしているエルフたちに声をかけた。
「今日は、この都市を見て回ろう」
(見るだけでも、交流にはなるはずだ)
食事を終えた後、オレはエルフ全員を連れて街を歩き回ることにした。
交易都市だけあって、道は広く、石畳は整備され、商人ギルドの周囲には様々な店が軒を連ねている。
人の往来も激しく、あちこちから呼び込みの声や金属の触れ合う音が聞こえてくる。
十二人の団体行動になるため、できるだけ広い店を選んで入る。
最初に入ったのは服屋だった。
エルフたちの服は植物の繊維を編んで作られたものだが、店に並ぶ服は様々な生地が使われ、色合いも豊かで、細かな刺繍が施されている。
特に女性のエルフたちは目を輝かせ、楽しそうに服を眺めていた。
「いらっしゃいませ。この服など、あなた様にとても良くお似合いですよ」
店員が一人の女性エルフに声をかけるが、言葉が分からず、彼女はきょとんとした表情を浮かべる。
「あ、すみません」
オレは慌てて間に入る。
「今日は見せてもらうだけで、買う予定は無いんです」
そう言って、エルフたちを促し、店を後にした。
次に入ったのは武具店。
大きな店内には剣や槍、盾、弓矢などが所狭しと並んでいる。
男のエルフたちは弓を手に取り、興味深そうに眺めていたが、すぐに首を振った。
「カズーさん、この弓は駄目ですね。これでは当たりませんよ」
そう言って弓を元に戻し、あっさり店を出ていく。
(やっぱり、弓の技術はエルフの方が上か)
色々な店を回っているうちに、いつの間にか昼を過ぎていた。そこでオレたちは食堂に向かった。
昼食と夕食の間の時間帯だったためか、食堂には数人しか客がいない。
オレたちは別々のテーブルに分かれて座り、食事はまとめてオレが注文する。
「すみません。この都市の名物料理は何でしょうか?」
店員に尋ねると、魚介料理だという。
それを全員分、パン付きで注文し、代金として銀貨二枚を支払った。
運ばれてきた料理を口にしたエルフたちは、初めての味に目を丸くし、あちこちで感想を言い合いながら楽しそうに食べている。
その光景を見て、オレは少しだけ肩の力が抜けた。
(……どうやら、交流の第一歩は踏み出せたらしい)
そしてオレは学ぶ。
〈観光は異文化理解を助ける〉
と言うことを。




