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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第六章

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26話 春…

 ―――翌年、春。


 昨年、オレがこのエルフの里に足を踏み入れてから、いつの間にか一冬が過ぎ去っていた。

 エルフの森の冬は、思いの外、穏やかだが、それでも寒さが無いわけではない。雪が降り積もることはないものの、冷たい空気は森全体を覆い、地面は霜に縁取られる。作物はほとんど育たず、里の者たちは焚き火で暖を取って、静かに春を待っていた。


 そんな季節を越えた今も、オレは相変わらず第二区画でケイシアと共に精霊使いとしての訓練を続けている。

 ここは、柔らかな風が絶えず流れ、木々の葉擦れの音が心地よい。


 ケイシアは毎日のようにシルフの召喚を試みている。小さな風の精霊は姿を現すものの、まだ彼女の言葉に応じてくれることはない。呼び出されただけで満足しているかのように、ふわふわと宙を漂い、やがて気まぐれに消えてしまう。


「……難しいわね」


 そう呟くケイシアの横で、オレもゲームシステムのメニューを開いて確認する。

 ケイシアのジョブ――[風の精霊使い]。確かにレベルは上がっているが、その上昇速度は遅い。シャムも同様だ。敵を倒さなくても、訓練だけでレベルが上がることは確認済みだが、それでも目に見えるほどの成長はない。


(いや……遅いんじゃない。オレが異常に早いんだな)


 そう思い至る。

 おそらく、オレの持つスキル《ファスト・ラーナー》の影響だろう。学習や経験の吸収が早くなるこのスキルのおかげで、オレのレベル上昇速度は常識外れなのだ。


(普通は、こんな簡単にレベルなんて上がらない……そういうことか)


 改めて、自分がこの世界でどれほど特殊な存在なのかを実感していると、背後から静かな足音が近づいてきた。


 振り返ると、そこに立っていたのは長老のシルエリアだった。年齢を感じさせない穏やかな微笑みを浮かべ、柔らかな雰囲気を纏っている。


「カズーさん、お久しぶりですね。ご機嫌はいかがですか?」


「シルエリア様。はい、お陰様で元気に過ごさせていただいております。今日は、どのようなご用件でしょうか?」


 そう尋ねると、シルエリアはにこやかなまま、少しだけ声を潜める。


「カズーさん。あなたとリクレアにお願いがあって来ました。詳しい話は、リクレアの部屋でしましょう」


 そう言って、彼女は集会場の奥へと歩き出す。


「わかりました」


 オレはケイシアに軽く声を掛けて別れ、シルエリアと並んでリクレアの部屋へ向かった。


 木造りの扉を開けると、そこにはいつもと変わらない光景があった。

 リクレアは机に向かい、静かに本を読んでいる。エルフの里では貴重な書物だ。表紙や紙質からして、人間の街から持ち込まれたものだろう。


「リクレア、カズーさん。折り入ってお願いがあって来ました」


 シルエリアが改まった口調で切り出す。

 その雰囲気に、リクレアも本を閉じ、姿勢を正した。


「この里は、長い間、安定して作物を収穫出来ています。しかし……一つ、問題が出てきました」


「問題、ですか?」


 リクレアが少し眉を寄せて問い返す。


「はい。塩が不足しています」


 その言葉に、オレは思わず目を瞬かせた。

 塩――前の世界では、あまりにも身近な存在だったものだ。健康志向だの減塩だのと、むしろ摂りすぎを気にするほどだった。


「塩、ですか……?」


 オレの反応を見て、シルエリアは静かに頷く。


「はい。今までは里の近くで岩塩が採れていましたが、それが枯渇しつつあります。海沿いの人間の街では、塩が手に入ると聞きました。カズーさん、あなたは商人ですね。買取をお願い出来ませんか?」


 この里で受けた恩を思い返す。

 住む場所、食事、仲間、信頼――どれも、簡単に与えられたものではない。


(断れるはずがないな……)


「はい。わかりました。引き受けます」


 そう答えると、シルエリアの表情がほっと緩んだ。


「ありがとうございます」


 続いて、リクレアが問いかける。


「シルエリア様。私には、どのようなご用件が?」


 その言葉に、シルエリアは思い出したように頷いた。


「そうでしたね、リクレア。あなたには“交流隊”を作ってほしいのです」


「……交流隊、ですか?」


「以前、あなたが長老選挙の際に言っていたでしょう。他の街や種族と、もっと交流を持つべきだと。私たち長老も、そう思うようになりました。そのための隊を編成してください。人選も、あなたに任せます」


 予想外の申し出だったのだろう。

 リクレアはしばらく言葉を失い、目を見開いたまま立ち尽くしていた。


「……本当に、よろしいのですか?」


「ええ」


「リクレアさん、良かったですね」


 オレがそう声を掛けると、彼はゆっくりと息を吐き、嬉しさを噛みしめるように小さく頷いた。


 その直後、シルエリアがオレの方を見て言う。


「カズーさん。あなたには、その交流隊の世話役もお願いしたいの。塩の輸送は人間の街の冒険者に依頼して、あなたは隊の管理と補佐をお願い」


(……役割、二つ!?)


 内心で驚きつつも、人間であり、商人であり、外の世界を知るオレだからこそ出来る役目だということも理解していた。


「わかりました。シルエリア様。出来る限り、尽力します」


「頼むわね、カズーさん」


 そう言って、シルエリアは優しくオレの手を取った。その手の温もりが、確かな期待と信頼を伝えてくる。


 こうして、オレは塩の調達と、エルフの里初となる“交流隊”という、二つの大きな役割を背負うことになった。


 ―――出発日。


 朝靄がまだエルフの里を包み込んでいる中、リクレアは交流隊の最終確認を終えていた。

 今回の交流隊は問題なく組織された――むしろ、問題があったとすれば希望者が多すぎたことだろう。若者たちの間では外の世界への興味と期待が高く、参加希望者は予想を大きく上回った。


 結果として、選抜された交流隊は全て若者で構成されることになった。

 活気はあるが、その分、未熟さも抱えた集団だ。


(……その交流隊を、オレが世話するのか)


 胸の内で小さく息を吐く。

 責任の重さが、ずしりと肩にのしかかる感覚があった。


 しかも、今回の旅には――オレの仲間も同行する。


 当初、ケイシアだけは里に残していくつもりだった。交流隊の護衛と引率だけでも手一杯になるのは目に見えていたからだ。しかし、その考えは彼女の一言であっさりと打ち砕かれた。


「カズー、私はあなたの仲間でしょ! 私も一緒に行くわ!」


 強い意志を宿した瞳でそう言われ、言い返す言葉を探していると、横から援護射撃が飛んでくる。


「ケイシア、一緒に行こうニャ!」


 シャムだ。

 いつの間にか小魚をくわえ、満足そうに尻尾を揺らしながら同意している。


(……その魚は誰に貰ったんだ!?)


 思わず心の中で突っ込むが、二人――いや一人と一匹を同時に敵に回すのは得策ではない。オレは観念したように肩を落とした。


「……わかった。ただし、ケイシア。危なくなったら、絶対に逃げるって約束してくれ」


「わかったわ!」


 即答だった。

 その笑顔に、逆に不安を覚えつつも、それ以上は言えなかった。


 今回の目的は塩の購入だ。その資金は、里で育てた作物や薬草を売って工面することになっている。

 荷馬車には、束ねられた薬草が百束を優に超え、さらに多くの作物がぎっしりと積み込まれていた。


(……これを売るのもオレの仕事か。荷が重いな、色んな意味で)


 交流隊のエルフは全部で十名。

 男が五人、女が五人。全員が弓と矢、そして短剣で武装しており、緊張と期待が入り混じった表情をしている。


 目的地は、ここから南東に位置する交易都市。

 エルフの里からは、およそ十日ほどの旅路だ。


 出発の時刻、見送りに長老シルエリアとリクレアが姿を見せた。


「では、カズーさん。頼みましたね」


 その言葉に、オレは深く頷く。


「はい。出来る限り、頑張ります」


 続いてリクレアが交流隊の面々を見渡し、静かに声をかける。


「皆さん、気をつけて」


 荷馬車には交流隊の一人が御者として乗り込み、オレとケイシアはその横を歩く。

 シャムはというと、オレのバックパックの中にすっぽりと収まっていた。


「出発ニャー!」


 やけに元気な声が背中から聞こえる。


(……今日もシャムは元気だな)


 オレたちは、ゆっくりと、しかし確実にエルフの里を後にした。


 ◆ ◆ ◆


 ―――夕方。


 太陽が傾き、赤く染まる空の下、ようやく森を抜け出すことができた。

 荷馬車で森を進むには、どうしても遠回りが必要になる。さらに途中、魔物――トレント――に進路を塞がれ、思うように速度を上げられなかった。


 その結果、予定よりもかなり遅れてしまった。


 周囲は見渡す限りの荒野。

 オレは立ち止まり、皆に声を掛ける。


「今日は、ここで野営にしよう」


 異論はなかった。

 人数はオレたちを含めて十二人と一匹。この規模なら、盗賊も魔物も簡単には手を出してこないだろう。

 万が一の場合でも、シャムのスキルがあれば早期発見が可能だ。


 交流隊の面々は手慣れた様子で準備を始め、やがて簡素だが温かい食事が完成した。

 鹿肉の煮込みと固パンだ。


「カズーさんも、どうぞ」


「ありがとう」


 体に染みる温かさだった。


 食事を終え、それぞれが寝支度を始める。

 オレもテントを張り、ようやく腰を下ろそうとしたその時――。


「カズー」


 振り返ると、ケイシアが当然のようにオレのテントに入ってきた。


「私も同じ処に寝る。仲間だから」


「いや、いや……それは不味いだろ」


 必死に止めようとするが、彼女は気にも留めず荷物を置く。


「シャムも一緒ニャ!」


 いつの間にかシャムまで入り込み、ケイシアに体を擦り付けて喉を鳴らしている。


(……これじゃ、オレが寝れない)


 冷や汗をかきながら、オレは素早く判断した。

 アイテムボックスから【エバキュエーションキット】をもう一つ取り出し、新たに簡易テントを設営する。


 中に寝袋を敷き、ケイシアに差し出した。


「……ケイシア。オレの隣だし、それでいいだろ。この中に包まって寝るんだ」


 一瞬、考えるような素振りを見せた後、彼女は納得したように頷く。


「今日はケイシアと寝るニャ!」


 そう宣言し、シャムは迷いなくケイシアの隣に丸くなった。


(……危なかった)


 ようやく静かになった自分のテントに戻り、オレは深く息を吐いた。


 夜空には星が広がり、荒野を渡る風が微かにテントを揺らしている。


 そしてオレは学ぶ。


〈誘惑は突然やってくる〉


 と言うことを。

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