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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第四章

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19話 驚き

 オレは、シルエリア様のその一言に、思わず息を呑んだ。


「シルエリア様が……[精霊使い]!?」


 思考が追いつかず、間の抜けた声が口からこぼれる。

 目の前にいる彼女は、エルフの里の長老であり、いつも穏やかで気品に満ちた女性だ。しかも、精霊使い――この森の特別な存在だとは、正直思ってもみなかった。


「ええ。そうですけれど?」


 シルエリアは少し首を傾げ、当然のことを言われても困る、というような表情を浮かべる。


「私はこの里の長老であり、精霊使いでもあります。収穫祭の時、私が精霊様へ祈りを捧げていたのを見なかったのですか?」


 そう言われて、記憶が呼び起こされる。

 確かに、収穫祭の広場で、彼女は祭壇の前に立ち、静かに祈りを捧げていた。周囲の空気が澄み、風がそよぎ、草木がざわめいたあの瞬間――。


「はい……見ました」


 オレは素直に頷きつつも、首をかしげる。


「でも、てっきり長老としての儀式だと思ってました」


 するとシルエリアは、少し呆れたように、それでいて子供を諭すような柔らかい口調で言った。


「何を言っているのですか。精霊様に直接祈りを捧げることが出来るのは、精霊使いだけなのですよ」


(なるほど……)


 オレは内心で納得する。

 この森には、オレの知らない決まりや伝統が、想像以上に深く根付いているらしい。ただの慣習というより、厳格な“掟”に近いものなのだろう。


 話が一段落したところで、オレは意を決して本題を切り出す。


「シルエリア様。一つ、相談があるのですが……」


 彼女は静かに視線を向け、続きを促す。


「何となく、なんですが。ケイシアには……精霊使いの才能がありそうなんです」


 その瞬間、シルエリアははっと目を見開き、ゆっくりとケイシアへ視線を移した。


「本当に!?」


 驚きの色を隠そうともせず、声を上げる。


「エルフの里の子供は、皆、幼い頃に精霊使いの才能があるかどうかを確認しているのですが。でも……もう一度、改めて見てみましょうか」


 そう言うと、シルエリアはケイシアの前に立ち、優しく微笑みかけた。

 ケイシアは少し緊張した様子だったが、その笑顔に安心したのか、こくりと頷く。


 シルエリアは静かに目を閉じ、自分の額をケイシアの額へとそっと合わせる。


「…………」


 周囲が、しんと静まり返る。

 木々のざわめきも、鳥のさえずりも、まるで息を潜めたかのようだった。

 オレは固唾を呑み、二人の様子を見守る。


 しばらくして、シルエリアがゆっくりと目を開いた。


「……確かに」


 彼女はオレの方を向き、静かに、しかしはっきりと告げる。


「ほんの僅かですが、精霊を感じ取る力があります」


 その言葉にオレは喜び、ケイシアも、そんなオレを見て表情がぱっと明るくした。


「カズーさん、これは凄いことですよ」


 シルエリアは続けて言った。


「精霊使いは、生まれ持った才能がなければなることが出来ません。そして、このエルフの森において、極めて重要な役割を担う存在なのです」


 彼女の声には、隠しきれない興奮が滲んでいた。


「どうして、そんなに重要なんですか?」


 オレが尋ねると、シルエリアはオレとケイシアの両方を見渡し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「精霊使いは、このエルフの森そのものを護っているのです。この森は精霊の力によって作物を育み、住みやすい環境を保ち、そして外敵から身を守っています」


(なるほど……)


 オレは周囲の森を見回す。

 豊かに実る果実、穏やかな気候、争いの気配すら感じさせない静寂――。


(だから、この森はこんなにも平和で、暮らしやすいのか)


 納得しているオレに、シルエリアは一歩近づき、真剣な表情で言った。


「カズーさん、お願いがあります」


 嫌な予感が、背筋を駆け上がる。


「ケイシアを、精霊使いの師の元まで連れて行ってください。そして、精霊使いとしての手解きを受けさせてあげてほしいのです」


(……オレが!?)


 思わず心の中で叫んだ。


「なんで、私が……」


 言葉に詰まるオレを見て、シルエリアはにやりと、どこか厭らしい笑みを浮かべた。


「ケイシアは、どうやらあなたにとても懐いているようですから。適任でしょう?」


 そして、追い打ちをかけるように言う。


「その役目を引き受けてくれるなら……あなたとケイシアが一緒に住んでいる件は、不問としましょう」


(なんだよ!さっき問題ないって言ってたじゃないか!)


 内心で突っ込みつつも、ここまで世話になっている身で、強くは言えない。

 住む場所も、食事も、全て無償で提供してもらっている。


 オレは小さく溜息をつき、覚悟を決めた。


「……わかりました。ケイシアを案内して、精霊使いの手解きを受けてきます」


 シルエリアは、ぱっと満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「よろしい。一番近くにいる精霊使いの師は、かつて私の弟子でした。きっと、良くしてくれるでしょう」


 そう言って、彼女は地図を取り出し、精霊使いの師がいる場所を丁寧に教えてくれた。


 ◆ ◆ ◆


 オレたちは、一旦、家に戻ることにした。

 夕暮れが迫り、空がゆっくりと橙色から群青へと変わっていく中、静かな道を三人で歩く。足音だけが淡々と響き、今日一日の出来事を反芻するには十分すぎるほどの静けさだった。


 家に着くと、オレはケイシアに向き直り、明日の予定を伝える。


「ケイシア、明日だが、精霊使いの師に会いに行く。そこで、精霊使いとしての手解きを受ける予定だ」


 ケイシアは、オレの言葉を理解して静かに頷く。


 精霊使いの師が住む場所は、ここから歩いて丸一日ほどかかる場所にある。数日は泊まり込みで修行を受けることになるだろう。


 オレは続けて言う。


「何日か家を空けることになる。必要な物があれば、今のうちにオレに預けてくれ。オレは魔法のバッグを持っている」


(実際にはアイテムボックスに入れるんだがな)


「わかったわ」


 ケイシアはそう答えると、部屋の隅に置いてあった自分の荷物を一つ一つ確認し始めた。布の擦れる音、金具の小さな鳴る音が静かな室内に響く。

 やがて、自分で持つ最低限の荷物を残し、それ以外をまとめてオレに差し出した。


 オレはそれを受け取り、意識の中でアイテムボックスを開く。

【ケイシアの荷物】として一枠を使用。


(まぁ、まだアイテムボックスには余裕がある。問題ないだろう)


 その後、就寝についての話になった。

 この家には寝室が一つしかない。簡素だが、使われていないままのベッドが二つ並んでいる。


 オレは一度言葉を選び、真面目な声で告げる。


「この部屋にはベッドが二つある。仕切りを作ってあるから、奥のベッドを使ってくれ」


(紳士として当然の配慮だ。

 シルエリア様の下世話な想像を、事実にするわけにはいかない)


「わかったわ」


 ケイシアは特に気にした様子もなく、素直に頷いた。


 翌日は早朝からの移動になる。

 それぞれ軽く身支度を整え、早めに休むことにした。


「明日は朝早い。もう寝よう。おやすみ」


「ええ。おやすみなさい」


 オレはベッドに横になり、天井を一度だけ見上げてから目を閉じた。

 次第に意識が遠のき、いつものように眠りの底へと沈んでいく。


「スー、スー、スー」


 ―――夜中。


 ふと、眠りの淵で、何か“自分ではない存在”を感じた。


(……シャムが、いつものようにベッドに入ってきたのか)


 そう思っただけで、深く考えることもなく、再び眠りに落ちる。


「スー、スー、スー」


 だが、しばらくして、再び意識が揺り戻される。


(……ん?)


 耳に届くのは、自分とは違う、静かな寝息。


(人の……寝息?)


 重たいまぶたを何とか持ち上げ、ゆっくりと視線を下に向ける。

 月明かりが窓から差し込み、淡く室内を照らしていた。


 そこには――


 毛布に包まれたケイシアが、オレのベッドで静かに眠っていた。


(……どういう事だ!?)


 一瞬、状況が理解できず、オレは自分の記憶を疑う。

 もしかして、自分が奥のベッドに寝たのか?


 だが、手を伸ばせば慣れた位置にある壁、そして足元の感覚。

 間違いない。ここは手前のベッドだ。


(どうする……?)


 ケイシアは完全に眠っている。

 起こすのは気が引けるし、かといってこのままというのも問題がある。


 迷っていると、ケイシアが寝返りを打ち、無意識のままオレの身体を掴んだ。


(まずい! 逃げられない!)


 心臓が一気に早鐘を打ち始める。

 頭の中で選択肢がぐるぐると回る。


(起こすか? 手をどけるか?)


 その時、ベッドの上にいたシャムがむくりと起き上がった。


「主、どうしたニャ?」


 オレは声を潜め、シャムに囁く。


「ケイシアが……オレのベッドで寝ているんだ」


「駄目なのかニャ?」


 オレは即座にシャムを睨む。


「駄目に決まっているだろう」


「なら、移動するニャ!」


 そう言うなり、シャムは軽やかに奥のベッドへと跳び移り、くるりと丸くなった。


 オレも覚悟を決め、そっとケイシアの手を外そうとした――その瞬間。


 ケイシアが、もぞりと身じろぎし、半ば夢の中のような表情のまま起き上がった。

 毛布に包まれたまま、何事もなかったかのように奥のベッドへ歩いていく。


 そのままベッドに横になり、そこにいたシャムを軽く撫でると、再び眠りに落ちた。


「スー、スー、スー」


(……シャムと寝たかっただけか)


 一気に力が抜ける。


(紛らわしい……)


 結局、その夜、オレは一睡も出来なかった。


 ―――翌朝。


 薄く霧のかかった朝の空気の中、オレとケイシア、そしてシャムは、第二区画にあるという精霊使いの師のもとへ向かって歩き出した。

 これまで滞在していた第一区画とは違う区画で、隣接はしているものの、生活圏としてははっきりと分けられているらしい。


 エルフの里には馬もいるが、基本的な移動手段は徒歩だ。森の中に張り巡らされた道は、歩く者のために作られている。

 オレもケイシアも狩猟チームの一員だ。長距離の徒歩には慣れているし、足取りも軽い。


 本来であれば、その日の夕方頃に到着する距離だと聞いていたが、オレたちは昼過ぎには目的地へ辿り着いていた。

 木々の間が少し開けた場所に、それはあった。


 第一区画にあった集会場とよく似た建物。

 周囲の建物よりも一回り、いや二回りは大きく、二階建ての威容は、この区画の中心的な施設であることを物語っている。


 建物の中へ入ると、一階の造りは第一区画の集会場とほぼ同じだった。

 広々とした食堂には木製の長机が並び、何人かのエルフたちが静かに食事をしている。食器の触れ合う音と、穏やかな会話が微かに響いていた。


 オレは近くにいた給仕の女性エルフに声をかける。


「すみません。我々は第一区画から精霊使いの指南を受けに来た者ですが、精霊使いの師はこちらでよろしかったでしょうか?」


 女性エルフは一瞬、警戒するようにオレたちを見たが、要件を聞くと表情を緩めた。


「あぁ、お弟子さんね。ここの二階になるわ。付いてきて」


 そう言って、女性エルフは先に立ち、オレたちを二階へ案内してくれた。


 二階に上がると、第一区画の集会場とはまったく違う光景が広がっていた。

 廊下の両側にはいくつもの扉が並び、それぞれが個別の部屋になっているようだ。学びと研究のための空間――そんな印象を受ける。


 女性エルフは廊下の一番奥の部屋の前で立ち止まり、振り返る。


「ここよ」


 オレは軽く息を整え、扉をノックした。


「コン、コン、コン」


 少し間を置いて、中から落ち着いた声が返ってくる。


「入り給え」


 オレは扉を開け、中へ入った。


 部屋の中では、一人の男性エルフが机に向かい、書物に何かを書き込んでいた。30代ぐらいだろうか。

 こちらに気づくと、ペンを置き、静かに視線を向けてくる。その眼差しは鋭いが、どこか理知的で落ち着いている。


 オレは一歩前に出て名乗った。


「私は、カズーと言います。こちらはケイシアです。第一区画から来ました。シルエリア様の推薦で、精霊使いの手解きを受けに来ました」


 そう言って、オレはシルエリア様から預かっていた推薦状を差し出した。


 精霊使いの師はそれを受け取り、黙って目を通す。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた。


「……なるほど。わかりました。精霊使いの手解きをしましょう。私のことは、リクレアと呼んでください」


 オレは深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 だが、リクレアは推薦状をもう一度見直すと、少し首を傾げた。


「ところで、カズーさん。推薦状には、あなたも一緒に精霊使いの手解きを受けるように書いてありますが、どういう事でしょうか?あなたは人間ですよね?」


(え! オレもやるのか……)


 内心で驚きつつも、オレはシルエリア様の意図を考え、言葉を選んで答えた。


「はい、私は人間の商人です。私はケイシアと意思疎通ができます。恐らく、ケイシアは耳が聞こえないので、シルエリア様は私がケイシアを補佐することを望んでいるのだと思います」


 リクレアはすぐには納得しなかったようで、オレをじっと見つめる。


「人間のあなたに、その補佐が務まるのですか?」


 これ以上詳しいことは言えない。だから、オレは迷わず断言した。


「ケイシアは、オレの仲間ですから」


 その言葉を聞いた瞬間、横にいたケイシアがぱっと表情を明るくし、オレの手をぎゅっと取ってきた。


『カズー、ありがとう』


 それはゲームシステムを通した声で、リクレアには聞こえていない。


 だが、その仕草と表情だけで、何かが伝わったのだろう。

 リクレアは小さく息を吐き、微笑みながら言った。


「わかりました。良いでしょう」


 その瞬間、オレは直感的に思った。


 これまでの行いが、オレに精霊使いと言うものを理解させてくれるかもしれない。


 そしてオレは学ぶ。


〈行動が新たな道を作る〉


 と言うことを。

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