18話 来客?
―――翌日。
収穫祭の喧騒が嘘のように去り、村には静けさが戻っていた。
空は高く澄んでいるが、時折ひやりとした風が肌を撫で、いつ木枯らしが吹き始めてもおかしくない季節になっていることを感じさせる。
そんな中、オレが借りている家の前に、エルフの女性の姿があった。
ケイシアだ。
彼女は両手いっぱいに荷物を抱え、耳が冷えないようにフードを少し深く被っている。
ノックの音無しで、鍵のかかっていない扉が音を立てて開いた。
「キーー」
「カズー、おはよう」
昨日の泣き声とは違い、柔らかく澄んだ声が頭に響く。
「……え?」
オレが状況を理解するより先に、ケイシアは、当然のように家の中へ入ってくる。
まるで、ずっと前からここに住んでいたかのような自然さだ。
「え!? ケイシア、どうしたんだ?」
驚いて声を上げるオレを気にも留めず、ケイシアは持ってきた荷物を床に降ろすと、あっさりと言った。
「カズー、今日から私もここで暮らすわ」
(……どういう事だ!?)
頭の中で混乱が渦を巻く。
思わず問い返した。
「ケイシア、自分の家があるだろう?」
しかし、彼女は一切の躊躇も見せず、きっぱりと言い切る。
「私たちは、もう仲間よ。一緒に住むのは当然のことだと思うの。シャムは一緒に住んでいるでしょ」
そう言うと、もう話は終わりとばかりに荷解きを始め、棚の空いた場所に私物を並べ始める。
その後ろ姿を見て、オレは言葉を失った。
――今のケイシアは、心に深い傷を負っている。
そんな彼女を、理由も聞かずに追い返すことなんて、オレには出来ない。
(……仕方ないか)
深く息を吐き、オレは流れに身を任せることにした。
◆ ◆ ◆
ひと段落ついた後、オレはゲームシステムを通してケイシアのステータスを確認する。
名前:ケイシア
種族:エルフ
ジョブ:[狩人]
「……レベル32?」
思わず声が漏れる。
見た目の印象とは裏腹に、かなり高レベルだ。すでに狩人としてのジョブスキルも習得している。
対して、オレの現在のジョブは[弓兵]。
(狩人と弓兵……何が違うんだ?)
確認してみると、弓兵は兵士寄りのスキル構成で、扱える弓も一般的なもののみだ。一方、狩人の弓は長弓が使えるらしい。
オレはアイテムボックスからロングボウを取り出し、ケイシアに差し出した。
「ケイシア、この弓、使えるか?」
彼女は少し驚いたように目を瞬かせながらも受け取り、慣れた手つきで弓を構える。
矢を番える仕草は無駄がなく、長年鍛錬してきたことが一目で分かる。
「……出来ると思うわ」
「そうか。なら、少し試してみてくれ」
オレは彼女の様子を観察しながら、自分のスキルについて考えていた。
スキルがあっても、オレ自身は弓がまったく上達しない。
(スキルがあっても、才能がなければ意味がない……ってことか)
苦笑しつつ、オレは一旦弓兵としてのレベル上げを諦めることにした。
そして、ジョブを[土の魔法使い]へ変更する。
オレが目指すのは、《サンドアロー》。
このゲームシステムには一定の法則がある。
魔法属性ごとに使える魔法が決まっている。火の魔術師で《ファイアアロー》が使えたのなら、土でも同系統の魔法があるはず。
(土の矢なら普通の矢と変わらない……しかも、魔法の矢は追尾する)
そんなことを考えながら、ふとケイシアの詳細ステータスをさらに確認すると、見慣れない項目が目に入った。
――ジョブ:[風の精霊使い]
(……なんだそれ!? 凄そうだ!)
思わず声を上げる。
「ケイシア! [風の精霊使い]というジョブ、知ってるか?」
「いいえ、知らないわ」
興味なさそうに、あっさりと返される。
オレは以前のことを思い出していた。
シャムと仲間になった時、シャムもジョブ[ビーストテイマー]を持っていたが、自覚がなかった。
だが、オレがゲームシステムを通してジョブを切り替えたことで、能力が開花した。
(これも、隠れた才能……!)
オレは迷わず、ケイシアのジョブを[風の精霊使い]に変更する。
レベルは1。使用可能なスキルは《精霊召喚》。
「ケイシア、悪いけど……『精霊召喚』って言ってみてくれ」
「わかったわ」
素直に頷き、彼女は静かに息を吸い込む。
「――精霊召喚!」
オレは固唾を呑んで見守る。
「…………」
何も起こらない。
沈黙が流れ、オレは首を傾げる。
何かが足りない……?
「カズー、何なの?」
答えに詰まっていると、横からシャムが元気よく口を挟んだ。
「ケイシア、主は僕たちに特別な力を授けてくれるニャ!」
その言葉に、ケイシアの目が輝く。
「特別な力……? カズー、私にはどんな力をくれるの?」
オレは頭を掻きながら、正直に答える。
「……ケイシア、オレは力を与えられるわけじゃない。ただ、隠れている能力を引き出せるかもしれないってだけで……」
彼女は少し首を傾げ、完全には理解できていない様子だった。
「オレ自身、自分の能力がまだよく分かってないんだ」
しばらく考えた後、ケイシアは小さく頷く。
「わかったわ、カズー」
そして、ふっと表情を緩める。
「ところで……お腹空かない? もうお昼を過ぎているわ。食事に行きましょう」
その一言で、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。
「……そうだな」
オレは苦笑しながら答える。
―――集会場。
里の中央にあるその建物は、昼時ともなれば人の気配と温かな匂いで満たされる。煮込み料理の香草の香り、焼き立てのパンの香ばしさが混じり合い、腹の虫を刺激してくる。
ケイシアもオレと同じく、普段の食事はこの集会場で取っているらしい。慣れた様子で席に向かい腰を下ろすと、ほどなくして木製の盆に乗せられた食事が運ばれてきた。オレもそれにならい、同じものを頼む。
今日の献立は、香草をたっぷり使って焼き上げた川魚に、根菜がごろりと入った野菜スープ、そして表面がこんがりと色づいた焼き立てのパンだ。川魚の皮はパリッと焼かれ、脂の乗った身からは湯気とともに食欲をそそる香りが立ち上っている。
その川魚を、シャムは目を輝かせながらじっと見つめていた。耳はぴんと立ち、尻尾がわずかに揺れている。隣に座っているというのに、視線は完全に皿の上に釘付けだ。
そんな様子に気付いたケイシアは、ふっと微笑むと、自分の皿を手に取り、川魚をシャムの前に差し出した。
「シャム、これ食べて」
「ケイシア、ありがとうニャ!」
嬉しそうに声を上げたシャムは、遠慮という言葉を知らない勢いで川魚にかぶりつく。小さな牙で身を引き裂き、夢中になって咀嚼する。
「美味しいニャ!」
その無邪気な感想に、ケイシアは思わず笑みを浮かべた。
そこへ、静かな足取りで近づいてくる影があった。長老のシルエリアだ。年を重ねてなお背筋は伸び、銀色の髪はきちんとまとめられている。その眼差しは柔らかいが、どこか全てを見通しているような鋭さも感じさせる。
「あら、あなた達。今日も一緒なのね。仲が良いわね」
楽しそうにそう言われ、オレは思わず苦笑しながら頭を下げた。
「シルエリア様、こんにちは。仲が良いと言うか……ケイシアが借りている家にやって来たのですが、大丈夫でしょうか?」
少し困った顔でそう言うと、シルエリアはわざとらしく目を見開き、口元に手を当てて驚いた素振りを見せる。
「まぁ!やる事が早いわね。ちゃんと責任を取るなら大丈夫よ」
「シルエリア様、冗談は止めて下さい」
即座に否定しつつ、場の空気を変えるように話題を切り替える。
「ところで、一つお聞きしたいのですが……シルエリア様は“精霊使い”をご存知ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、シルエリアの表情が変わった。冗談めいた柔らかさは消え、長老としての威厳が前面に出る。背筋を正し、オレを真っ直ぐに見据えて、はっきりとした声で告げた。
「もちろんよ。私がその[精霊使い]です」
その一言は、周囲のざわめきさえも遠ざけるほどの重みを持っていた。
そしてオレは学ぶ。
〈人には隠れた能力がある〉
と言うことを。




