17話 新しい仲間
オレの視界の端で、淡く青白い光が揺らめいた。
次の瞬間、ゲームシステム特有の無機質なウィンドウが、空中に静かに浮かび上がる。
『ケイシアと仲間になりますか?』
突然表示されたその文字に、オレは一瞬だけ息を呑んだ。
仲間の申請――それは、これまで一度しか見たことがない、重みのある選択肢だ。
再びケイシアへと視線を向ける。
彼女は、何かを必死に訴えかけるように、ただ黙ってオレを見つめていた。
言葉を持たない彼女の瞳は、涙で揺れ、瞳の中から涙が零れ落ちる。
その奥に宿る感情は、単なる悲しみではない。
すがるような希望と、すべてを失うかもしれないという絶望が、ないまぜになって渦巻いている。
(ここで、この申請を断れば……)
その先を考えるのが、怖かった。
きっと彼女の中で、残っている最後の光まで消えてしまう。
オレは短く息を吐き、今この瞬間における「最善」を選ぶことにした。
指先でウィンドウに触れる。
『承諾』
「ピコン」
軽い電子音が、静かな空気を震わせる。
それは、確かに仲間が増えたことを告げる音だった。
「私を……あなた達の仲間にして!!」
唐突に、頭の中に女性の声が響いた。
反射的に身構える。
だが、その声はシャムのものではない。
「どういう事だ!?」
オレが思わず声を上げると、ケイシアも驚いたように周囲を見回した。
「何!? 何か聞こえる!」
辺りには、オレとシャム、そしてケイシアしかいない。
誰かが近づいてきた気配もない。
その瞬間、脳裏にひとつの記憶がよみがえる。
シャムが仲間になった時――あの時も、同じように頭の中で声がした。
(そうか……)
オレは確信する。
これは、ゲームシステムによる能力。
仲間同士で意思疎通を可能にする力だ。
「シャム、今の女性の声が聞こえたか?」
「主、聞こえるニャ!」
即答だった。
(やはり……)
どうやら、この能力は仲間全員に共有されるらしい。
オレは、ケイシアを正面から見据え、落ち着いた声で話しかけた。
「ケイシア。君は、今オレの仲間になった。だから、この能力でオレたち全員と意思疎通ができるようになったんだ」
ケイシアは、少し首を傾げる。
「……ケイシア?」
その反応を見て、オレはようやく気づいた。
(そうか……)
彼女は生まれてからずっと、音を知らない。
誰かが呼ぶ声も、自分の名前も、聞いたことがないのだ。
だからこそ、今聞こえた言葉が、自分自身を指すものだと分からない。
オレは、ゆっくりと、はっきりと、噛みしめるように伝えた。
「そう。君の名前は、ケイシアだ」
「ケイシア、ニャ!」
シャムも、嬉しそうに声を重ねる。
ケイシアは、目を見開いたまま動かない。
突然、“音”という概念が世界に現れ、なおかつ、自分の意思が誰かに届く――。
その事実に、理解が追いついていないようだった。
やがて、彼女の表情は驚愕から戸惑い、そして微かな感動へと変わっていく。
シャムの時もそうだったが、この能力は、思考を勝手に読み取るものではない。
仲間が「伝えたい」と意思を持った瞬間にだけ、言葉として共有される。
さらに、距離にも制限があり、近くにいなければならない。
だからこそ、まるで本当に会話をしているかのように感じられるのだ。
オレは、その点をきちんと説明することにした。
「ケイシア。この能力には制限がある。
まず、オレの仲間としか使えない。君が仲間でいないと発動しない。
それから、君が伝えようとしなければ、オレたちには届かない」
一拍置いて、問いかける。
「……わかるか?」
ケイシアは、オレを真っ直ぐ見つめてから、はっきりと答えた。
「うん」
「そうだ。その調子だ。そうやって意思を伝えようとすれば、オレたちは君の言いたいことを理解できる」
その言葉をきっかけに、ケイシアの表情が変わった。
混乱が薄れ、代わりに好奇心が前に出てくる。
「あなたは、誰?
この猫は……シャムって言うの?」
「そう。この猫はシャムだ。
そしてオレは、カズー」
オレは自分の胸に手を当てる。
「オレは人間で、君はエルフという種族だ。
まあ、ほとんど変わらないけど」
少しだけ言葉を選び、続ける。
「この能力は、神様からもらったものだ。
この世界には存在しない力だから……内緒にしてくれ」
(もっとも、ケイシアとシャムは他人と会話できない。
この秘密を漏らすとしたら、オレ自身だろうが)
「カズー……人間……
私は……エルフ……」
ケイシアは、ひとつひとつ確認するように、言葉を反芻する。
その様子を見て、オレは思い出した。
「ケイシア。さっき……どうして泣いていたんだ?」
ケイシアの表情が、少し曇る。
「カズー。
さっきぶつかった人……あの人は、母の男。
近くにいたのは……私の母」
彼女の顔が、強張る。
「母は……私じゃなくて、男の心配をしていた」
その言葉には、長年積もり続けた痛みが滲んでいた。
自分の元から去っていった母を。
オレは、優しく言葉を返す。
「でも、ケイシア。君は仮面をつけていただろう?
きっと、お母さんは君だと気づかなかったんだ」
慰めの言葉だった。
真実かどうかは分からない。
だが、今の彼女には必要な言葉だった。
ケイシアは、少し黙ったあと、静かに言った。
「……もう、いいの」
そして、はっきりと続ける。
「私は……あなたの仲間!」
そう言って、彼女はオレの手を取った。
その手は小さく、震えていたが、確かな温もりがあった。
彼女はもう、過去ではなく、前を見ている。
(……心の仮面が、外れたのかもしれないな)
そしてオレは学ぶ。
〈新しい方向を見出すことで前に進める〉
と言うことを。




