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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第四章

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16話 ケイシア

 幼いころ、私は自分が他の人と違うとは思っていなかった。


 世界は、ただ静かだった。


 風が木々を揺らしても、鳥が空を舞っても、祭りの日に人々が集まっても、私の世界には音がなかった。けれど、それは欠けているという感覚ではなかった。物心ついたときからそうだったから、私にとってこの静寂こそが「普通」だった。


 私は耳が聞こえない。


 それを不便だと理解したのは、ずっと後のことだ。


 母は、いつも優しかった。言葉の代わりに、表情や手の動き、触れるぬくもりで、私にたくさんのことを教えてくれた。私の目をまっすぐ見て、ゆっくりと口を動かし、何度でも伝えようとしてくれた。その姿は、今でもはっきりと思い出せる。


 父はいない。


 最初は、それが当たり前だと思っていた。他の家族と自分たちを比べることがなかったからだ。けれど、里の子どもたちの家に遊びに行き、父と母が並んでいる姿を見たとき、ようやく気づいた。

 ――私の家には、父がいないのだと。


 私は、人の身振りや仕草、視線、口の動きから、ある程度その人の考えを読み取ることができた。だから、日常生活に大きな支障はない。ただ、どうしても理解が遅れることはある。


 それが原因で、幼いころは仲間外れにされることもあった。


 いじめ、と呼ぶほど酷いものではない。ただ、一緒に遊んでもらえない。近づいても、少し距離を置かれる。それだけだが、子どもにとっては十分に辛かった。


 そんな私の心を癒してくれたのは、動物たちだ。


 私は動物が好き。


 犬や猫は、私が耳が聞こえなくても、父がいなくても、何も気にしない。ただ尻尾を振り、舌を出して、そこにいてくれる。それが、たまらなく嬉しかった。


 犬たちと戯れ、森を走り回る私を見て、ある日、狩猟リーダーが近寄ってきた。

 狩猟チームに入らないか、と。


 私は弓が得意だ。音のない世界に生きる私は、余計なものに気を取られず、ただ的だけに意識を集中できる。弓を引き、息を整え、放つ――その一連の動作は、私にとって自然なものだ。


 狩猟チームに入ると、すぐにチームの一員として認められた。言葉が喋れなくても、結果がすべてを語ってくれた。


 そんな私の日常に、ある悲しい出来事が訪れた。


 母が、家から出ていくようになった。


 最初は数日で戻ってきた。だから私は、あまり深く考えなかった。けれど、それが何度も続き、やがて母はほとんど家に帰らなくなった。


 ある日、私はこっそりと母の後を追った。


 知らない家で、母は一人の男と会っていた。二人の距離は近く、母の表情は、私が見たことのないものだった。


 それから、母のお腹は大きくなり、やがて子どもが生まれた。


 母はその男と、生まれたばかりの赤ん坊を連れて家に来た。私に見せるためだと言わんばかりに。


 しかし、それきりだった。


 母は、ほとんど家に帰ってこなくなった。

 ――私のことは、忘れてしまったのだろうか。


 胸の奥に、言葉にできない空洞が広がっていった。


 ―――。


 そんな悲しみに沈んでいたある日、一人の旅人が里にやってきた。


 私たちとは明らかに違う顔立ちをしていたが、不思議とすぐに里の人々と打ち解けていった。その旅人は魔法を使い、危険な魔物を討伐するほどの力を持っていた。


(すごい力だ)


 そう思ったが、完璧ではなかった。


 彼は、弓が驚くほど下手だった。


 ある日、突然、弓の練習場に現れ、私と同じ距離から矢を射ち始めた。だが、矢は的から大きく外れるばかり。

(危ない……)


 私は思わず、彼に弓の持ち方や姿勢を教えた。すると彼は満面の笑みで応える。その後も、彼は弓の練習に来て、ある時、私にお菓子をくれた。

(とても、甘くて美味しい)


 そして、彼の足元には、いつも一匹の猫がいた。

(猫に好かれる人に、悪い人はいない)


 そう思った。


 私は、その猫に会いたくて、彼の家を訪れるようになった。彼は身振り手振りで、必死に私に何かを伝えようとする。その様子が、どこかおかしくて、温かかった。


(面白い人だ……)


 果樹園で三人――いや、二人と一匹で過ごしたとき、少しだけ胸がちくりとした。彼と猫は、本当に仲が良かった。まるで長年連れ添った仲間のようだった。


(……少し、羨ましい)


 やがて、祭りの日が来た。


 彼は、私を祭りに誘った。


 母とよく行った祭り。母がいなくなってからは、一度も足を運んでいない。


 けれど、彼と猫が一緒なら、不思議と寂しくなかった。色とりどりの灯り、人々の笑顔、踊る影――音は聞こえなくても、祭りは確かに楽しい。


 そのとき、偶然、母の男にぶつかった。


 母は、私ではなく、その男の心配をしていた。


(私を捨てた母が……)


 胸が締めつけられ、私は母から逃げるように踊りの輪の中へ向かった。


 ―――何故か涙が流れて来る。


 彼と猫は、すぐに私の異変に気づき、心配そうな目で私を見る。


 その視線に、私は決めた。


(私を、あなたたちの仲間にして!!)


 言葉はなくても、気持ちは確かにそこにあった。


 静かな世界だからこそ見えるもの、感じられるものがある。

 私は、あなた達と生きていく。


 そしてオレは学ぶ。


〈静寂は必ずしもハンデではない〉


 と言うことを。

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