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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第三章

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15話 収穫祭

 ―――収穫祭の日。


 オレは前日、ケイシアに収穫祭のことを伝えた。

「明日、村でお祭りがあるんだ。一緒に行かないか?」

 そう身振り手振りで伝えると、ケイシアは一瞬だけ考えるように視線を落とした。


 幼い頃から耳が聞こえない彼女は、この村に古くから伝わる収穫祭の言い伝えや意味を、詳しくは知らない。だからこそ、戸惑っているのだろうと思った。


 そこでオレは、すぐにシャムを指で示し、「シャムも一緒だ」と付け加えた。


 それを見たケイシアは、少しだけ表情を和らげ、こくりと頷いた。


 それで話はまとまった。

(収穫祭の細かい意味までは知らなくても、楽しめればそれでいい。問題はないだろう)


―――そして迎えた収穫祭の日。


 昼を少し過ぎた頃、オレが借りている家の扉が、軽い音を立てて来客を告げた。

「コン、コン」


 規則正しいその音に立ち上がり、扉を開けると、そこにはケイシアが立っていた。


 陽の光を受けて、彼女の髪は淡く輝いている。普段よりも少しだけ身なりを整えているようにも見えた。

 表情は穏やかで、機嫌も悪くなさそうだ。ただ、どこか肩に力が入っているようで、わずかに緊張しているのが伝わってくる。


 オレは軽く笑い、

 自分を指し、次にケイシア、そしてシャムを指差してから、前へと手を差し出した。

「じゃ、皆で行こう!」


 言葉と動作でそう伝えると、ケイシアは少し驚いたように目を瞬かせてから、静かに頷いた。


 歩き出しながら、オレはふと、前の世界のことを思い出していた。

 オレの故郷にも、年に一度だけ開かれる小さな祭りがあった。

 幼い頃、母に手を引かれて出かけた記憶。

 屋台の甘い匂い、人混みのざわめき。

 父は、オレが物心つく前に亡くなっていた。生活は貧しく、普段は贅沢などできなかったが、祭りの日だけは、母が少しだけお小遣いをくれた。

「好きなものを買いなさい」

 そう言って笑ってくれた、あの優しい顔。

 その母も、オレが成人する前に病で亡くなってしまった。

(……まさか、別の世界で、また祭りに行くことになるとはな)


 そんな感慨を胸の奥にしまい込みながら、オレたちは祭り会場へ向かった。

 会場は、村の集会場のすぐ隣にある広場だった。

 すでに多くのエルフたちが集まっており、広場には活気が満ちている。


 食べ物や飲み物は、広場の端に設けられた簡易的な調理場で次々と作られ、村人たちに振る舞われていた。焼き上がるパンの香ばしい匂い、果実酒の甘い香りが、風に乗って漂ってくる。


 子供たちのために用意された遊戯も賑わっていた。

 輪投げに歓声を上げる子供たち、小さな弓と矢で的を狙い、外しては悔しがる姿。大人たちはそれを見守りながら、穏やかに笑っている。


 そんな中、オレたちが広場に足を踏み入れたちょうどその時、関係者らしきエルフたちが集まり、式典の準備を始めていた。


 十人ほどのエルフが、揃いの白い衣装を身にまとい、丁寧に食べ物や飲み物を運んでいる。供物だろうか、大切そうに抱えられていた。

 その中央には、長老のシルエリアが立っていた。普段の穏やかな雰囲気とは違い、表情は引き締まり、どこか緊張した面持ちだ。


 やがて準備が整ったのだろう。


 数人のエルフが横笛を手に取り、静かに息を吹き込む。

 澄んだ音色が広場に響き渡り、ざわめきが次第に収まっていく。


 笛の旋律に合わせ、白装束のエルフたちが、ゆっくりと歩き始めた。


 その後ろには、作業を中断した他のエルフたちも続く。

 何か特別なものを見るように、皆が自然と列を成していった。


 オレも興味を惹かれ、ケイシアとシャムと共に、その後を追うことにした。


 およそ百メートルほど。


 横笛の音が途切れることなく響く中、列はゆっくりと進んでいく。

 やがて辿り着いた先には、一本の巨大な木があった。


 周囲の木々とは明らかに違い、その存在感だけで、ここが特別な場所だと分かる。枝葉は高く広がり、幹は一人では全く抱えきれないほど太い。

(……神木か、何かだろうか)


 白装束のエルフたちは、その木の前に静かに供物を並べていく。

 すべてが置かれると、全員がその場で立ち止まり、目を閉じた。


 風の音と、木々のざわめきだけが聞こえる。

「…………」


 数分にも感じられる静寂の後、長老シルエリアが一歩前に出て、はっきりとした声で告げた。

「皆、ありがとう。儀式は終わりです。祭りを楽しんで下さい!」


 その言葉を合図に、張り詰めていた空気が一気にほどける。


 エルフたちは歓声を上げ、笑顔を見せ始めた。

「よし、祭りだ!」

「今日は飲もう!」

「踊ろう!」


 再び広場に活気が戻り、祭りは本当の意味で始まったのだった。


 皆がぞろぞろと祭り会場へ戻って行く。その流れに混じって、オレたちも再び賑やかな広場へ足を向けた。焚き火の赤い光があちこちに揺れ、笑い声や楽器の音が広場に溶け込んでいる。


 オレはまず、腹ごしらえだと思い、料理と飲み物を受け取りに向かった。大皿には香ばしく焼かれた鳥肉が並び、表面の皮はこんがりと色づいて脂がじんわりと滲んでいる。隣には、揚げたてのパンが山積みになっていて、ほんのりと小麦の甘い香りが漂っていた。飲み物は、琥珀色に輝く果実酒を選ぶ。


 それらをテーブルに並べ、ケイシアとシャムと一緒に腰を下ろす。早速、焼き鳥にかぶりつくと、パリッとした皮の食感の後に、柔らかくジューシーな肉の旨味が口いっぱいに広がった。

「シャム、美味しいな!」


 そう声をかけると、シャムも夢中になって鳥肉を頬張り、耳をぴくぴくさせながら満足そうに尻尾を揺らす。

「美味しいニャ!」


 ケイシアはその様子を微笑ましく眺めながら、果実酒を一口含み、柔らかな笑顔を浮かべている。焚き火の光が彼女の横顔を優しく照らしていた。


 そこへ、儀式を終えたシルエリアが静かに近づいてきた。神聖さを残したままの佇まいで、穏やかな声をかけてくる。

「カズーさん、お祭りにようこそ」


「シルエリア様、収穫祭に呼んで頂きありがとうございます」


 オレが頭を下げて礼を言うと、シルエリアはオレとケイシアを順に見てから、楽しげに告げた。

「もうすぐ、踊りも始まりますので、ぜひ楽しんでいってください」


(……踊りの参加は必須、って雰囲気だな)


 オレは少し気恥ずかしくなり、頭を掻きながら答える。

「あまり、踊りをしたことがないのですが……わかりました。やってみます」


 すると、シルエリアはくすりと笑い、安心させるように言った。

「大丈夫ですよ。ただ、ケイシアと一緒に他の参加者の真似をすれば良いのです。踊りは難しくありません」


 オレはその言葉を聞いて、ケイシアに向き直る。テーブルに両手を置き、踊りの動きを説明するつもりで、ぎこちなく同じ動きを繰り返してみせた。

「ケイシア、他の人と同じように踊るんだ」


 その様子を見たシルエリアは、少し驚いたように目を瞬かせてから、柔らかく微笑む。

「カズーさんは、ケイシアに伝えるのが上手ね。でも、ケイシアは小さい頃に、踊ったことがあるから大丈夫ですよ」


(そうか……オレだけが初心者だったのか)

 オレは果実酒を一口飲み、照れ隠しのように苦笑した。


 やがて、先ほど横笛を吹いていたエルフたちが、今度は一層陽気で軽快な曲を奏で始める。


 弾むような旋律が広場全体に広がると、それに誘われるように、何人かのエルフたちが会場の中央へ進み出て踊り始めた。


 手を広げ、足を踏み鳴らし、曲に合わせて軽やかなステップを刻む。その輪は次第に広がり、気がつけば多くのエルフたちが笑顔で踊りに参加していた。


 オレは、食事を一通り終えると、シルエリアから向けられる強い期待のこもった視線に根負けし、ケイシアに声をかける。

「ケイシア、オレたちも踊ろう」


 そう言って、彼女の手を取り、会場の中央へと連れて行く。


 シャムも負けじと後ろからついてきた。

「僕も行くニャ!」


 オレは周囲の動きを必死に真似しながら、ぎこちなく踊り始める。足がもつれそうになり、手の動きもどこかおかしい。


 ケイシアがそんなオレを見て、楽しそうに笑っている。

(どうやら、オレの踊りは相当変らしい)


 するとケイシアは、見本を見せるように、音楽に身を委ねて踊り始めた。しなやかな動きで、自然にステップを踏み、まるで音楽と一体になっているかのようだ。

(……オレより全然上手い)


 オレは少し悔しくなりながらも、見よう見まねで踊り続ける。次第に、周りの笑い声や音楽に包まれ、細かいことが気にならなくなってきた。


 気づけば、踊ること自体が楽しくなっている。


 シャムも小さな体でぴょんぴょんと跳ね、踊っているのか遊んでいるのかわからない動きをしているが、とにかく楽しそうだ。


 焚き火の光、音楽、笑顔に囲まれながら、オレたちは祭りに身を委ねていた。


 少しすると、軽快だった曲が次第に余韻を残しながら終わり、踊り会場には安堵したような空気が広がった。

 参加者たちは息を整えながら、それぞれ思い思いのテーブルへと戻っていく。


 オレたちも、果実酒と軽食を置いてあるシルエリアのいるテーブルへ戻った。

 喉が渇いていたオレは、差し出された果実酒を一口飲み、ふうっと息をつく。


「カズーさん、踊れてましたよ」


 そう言って微笑むシルエリアの声は、どこか楽しそうだった。

「良かったです」


 短く返しながらも、内心では“転ばなかっただけでも上出来だろう”などと思っている。


 しばらく談笑していると、踊り会場の中央に運営者が姿を現し、軽く手を叩いて皆の注意を集めた。


「これから恒例の男女の踊りを行います。参加者は仮面を取りに来て下さい」


 その言葉に、会場がざわりと色めき立つ。

 好奇心と期待が混ざった空気だ。


 シルエリアがオレの方を見て、当然のように言う。

「カズーさん、あなた達も男女ですので参加して下さい」


(なんか有無を言わさない勢いだ)


 断る隙もなく、空気に押される。


「あ、はい。わかりました」


 オレは立ち上がり、運営者の元へ向かって仮面を二つ受け取る。


 大きな木の葉で作られた仮面だ。


 それを持ってシルエリアの元へ戻り、言う。

「シルエリア様、仮面を付けて踊るなんて面白いですね」


「はい。これは顔を隠しても相手の事が分かるかどうか試すのです。顔では無く、心が通じ合っているかを確認するのです」


 なるほど、随分とロマンチック……いや、精神的に高度な踊りだ。


 ケイシアは、どうやら経験があるのか、慣れた手つきで仮面を装着している。

 オレも仕方なく仮面を顔に当て、視界が少し狭くなるのを感じながら固定した。


 やがて運営者が仮面を配り終え、再び声を張り上げる。

「では、女性の参加者は前に来てください」


 オレはケイシアを指差し、それから会場を指す。

「ケイシアだけ、最初に行くようです」


 シルエリアは優しくケイシアの手を取り、そのまま会場の中央へと導いた。


 女性参加者たちが集まったのを確認すると、運営者は続ける。

「では、女性参加者は今の場所から他の場所に移動してください」


(なるほど、場所を変えて男性参加者にわからなくさせるのか)


 会場内を移動する足音が重なり、位置関係が一気に曖昧になる。


 その瞬間、横笛奏者が静かに曲を奏で始めた。

 柔らかく、しかしどこか緊張感を含んだ旋律だ。


「では、相手の女性を見つけて踊ってください」


 その合図と共に、男性参加者たちが一斉に動き出す。

 女性たちは、自分の相手ではないと感じると、すっと身をかわして距離を取っていく。


(なかなか、難しいようだ。だが、オレにはシャムがいる!)


「シャム、ケイシアを見つけてくれ」


「わかったニャ!」


 シャムは尻尾を揺らし、周囲を見渡すとすぐに反応した。

「主、こっちニャ!」


 オレはシャムの後を追う。


「ケイシアは、あそこニャ!」


(確かにケイシアだ。流石シャム)


 仮面越しでも、あの雰囲気は間違いない。

 オレが近づくと、ケイシアも気づいたようで、こちらを見てにこりと笑った。


 ……次の瞬間、彼女はくるりと背を向けて走り出した。


(え!?なんで逃げるの!?)


 慌てて追いかけると、ケイシアはそれに合わせて軽やかに逃げていく。


(どうやら、他の参加者が違う相手から逃げるのを見て勘違いしているようだ。困った⋯)


 オレは必死に距離を詰めようと駆け足になる。

 ケイシアは振り返りながら、楽しそうに笑っている。


 気づけば、踊り会場の外にまで出てしまっていた。


 その時だった。


 木の影から突然、一人の男性エルフが姿を現し、ケイシアと正面からぶつかった。

「ドン!」


 鈍い音と共に、ケイシアは後ろへ倒れる。


「ケイシア、大丈夫か?」


 オレが駆け寄ると、ケイシアは立ち上がることも忘れ、男性をじっと見つめていた。


 男性が心配そうに声を掛ける。

「大丈夫かい?君」


 すると、その背後から赤ちゃんを抱いたエルフの女性が現れ、不安げに言った。

「あなた、大丈夫?」


「あぁ。私は大丈夫だが、ぶつかった仮面の踊り子が大丈夫かな?」


 その光景を見た瞬間、ケイシアは何かに気づいたように目を見開く。

 そして何も言わず、踵を返して走り去っていった。


 呆然とする男性にオレは頭を下げる。

「すみませんでした」


 そう言い残し、急いでケイシアを追いかける。


 ケイシアは、踊り会場の一画で立ち止まり、まるで時間が止まったかのように呆然としていた。

「⋯⋯⋯⋯」


 オレはそっと近づき、ケイシアの手を取る。

「どうしたんだ?大丈夫か?」


 ケイシアは、泣いている。溢れる涙を抑えきれない。


 そして、ケイシアは、涙で濡れた瞳で、オレの脇にいるシャムを一度見てから、ゆっくりとオレの方を向いた。


 その瞳には、迷いと決意が入り混じったような色が浮かんでいる。


 何かをオレに伝えようとしている――そんな様子だった。


 その瞬間。


 視界の端に、見慣れたゲームシステムのメニューにポップアップが浮かび上がる。


『ケイシアと仲間になりますか?』


 仲間の申請だ。


 そしてオレは学ぶ。


〈踊りは難しい〉


 ということを。

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