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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第三章

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14話 果樹園

 ―――数日後。


 朝の森は、ひんやりと澄んだ空気に包まれていた。

 木々の葉の隙間から差し込む光が、まだ低い太陽を反射して淡く揺れている。


 そんな中、ケイシアが初めてオレを誘ってくれた。

 何かというと、果物の収穫の手伝いだ。


(……オレというより、シャムと行きたかったのかもしれないな)


 そう思いつつも、誘われたこと自体が嬉しくて断る理由などなかった。


 ケイシアの案内で森の奥へと進むと、やがて視界が開ける。

 そこには、広々とした果樹園が広がっていた。


 赤、橙、黄金色。

 様々な色の果実が枝という枝に実り、風が吹くたびに甘い香りが漂ってくる。

 どれも食べ頃らしく、今にも枝から落ちそうなほどだ。


「……すごいな」


 思わず漏れた声に、ケイシアは誇らしげに胸を張る。


 果樹園には、すでに多くのエルフたちが集まっていた。

 老若男女問わず、それぞれが籠を手に、手慣れた様子で果物を捥いでいく。

 笑い声や枝の擦れる音が、穏やかなリズムを刻んでいた。


 オレたちも籠を受け取りに行くと、そこには長老のシルエリアが椅子に腰掛け、全体を見渡していた。


「シルエリア様、おはようございます」


 声をかけると、彼女は少し驚いたように目を瞬かせる。


「あら、カズーさん、おはよう。まさか、あなたがここに来るとは思わなかったわ」


「ケイシアさんに誘われて来たんです」


 そう言ってケイシアを見ると、シルエリアはすぐに納得したように柔らかく微笑んだ。


「まぁ、ケイシアと仲良くしてくれているのね。ありがとう」


「いえ、こちらが仲良くしてもらっています。ケイシアさんとの意思疎通は楽しいです」


 そう答えると、シルエリアは感心したように頷く。


「カズーさんは、良い人のようね。これからもケイシアと仲良くしてあげて」


 オレは二つの籠を受け取り、一つをケイシアに渡した。


 収穫場所は自由らしい。

 ケイシアは慣れた足取りで、どうやら目当ての果実がある方向へ向かう。

 オレもその後を追った。


 作業が始まると、ケイシアは迷いなく果実を選び、丁寧に捥いでいく。

 オレも見様見真似で収穫する。今年は豊作らしく、どこを見ても実がなっている。


(収穫って、こんなに楽しいものなんだな)


 気づけば籠はすぐに一杯になり、長老の元へ運ぶ。

 新しい空の籠を受け取り、またケイシアに渡す。


 ―――。


 しばらくして、ケイシアが一際艶のある果物を一つ手に取った。

 そして、それをシャムの口元へ差し出す。


「主、僕は果物は食べないニャ…」


(あぁ、そうなんだ…)


 オレはケイシアに、シャムを指してから果物を指し、首を横に振る。


「猫は果物を食べないよ」


 ケイシアは理解したようで、少し照れた表情を浮かべながらその果物を自分で齧る。

 だが、その後、何かを尋ねるような仕草をしてきた。


 オレとシャムを指差し、その指同士を近づけ、眉を上げて手のひらを上にする。


(オレとシャムが、どうしてこんなに仲がいいのか……か?)


 オレは正直に答える。


 オレとシャムを指し、両手をしっかりと握る。


「オレとシャムは、仲間なんだ」


 シャムもそれに合わせるように鳴いた。


「ニャー!」


 ケイシアは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた後、ポケットから果物を取り出し、オレに差し出す。

 それを指してからオレを指し、食べる仕草。


(……食べろってことか?)


「ありがとう、頂きます」


 一口かじった瞬間――


「すっぱい!」


 顔が思い切り歪む。

 それを見て、ケイシアは満面の笑みを浮かべている。


(あ、これ……嫉妬だな)


「酸っぱすぎるよ、ケイシア」


 そう言うと、シャムも笑う。


「主、果物は食べない方がいいニャ!」


 その時――


「ク、ク、ク!」


 ケイシアが声を出して笑った。


(……声、出るんだ)


 驚いて見つめると、彼女は少し照れたように口を押さえる。


(そうか……耳が聞こえないだけで、声が出ないわけじゃないんだな)


 そこへ、他の作業者が声をかけてきた。


「今日の作業は終わりだ。食事を出すから来い」


 オレはケイシアに食べる仕草をして、皆の後について行った。


 広場にはテーブルと椅子が並べられ、次々と料理が運ばれてくる。

 温かいスープの湯気、焼き立てのパンの香り、鹿肉のグリルと野菜の彩り。


 近くにシルエリアが一人で座っていたので、オレたちはそのテーブルに腰を下ろした。


「カズーさん、お疲れ様」


「収穫は楽しかったです。ケイシアさんも楽しそうでした」


 そう言ってケイシアを見ると、彼女はシャムを優しく撫でている。


「良かったわ」


 ケイシアは鞄から魚を取り出し、シャムに与える。


「ケイシア、ありがとうニャ!」


 それを見ていたシルエリアが、ぽつりと口にした。


「ケイシアが元気になって良かったわ」


 オレは思わず聞き返す。


「……何かあったんですか?」


 シルエリアは、少しだけ視線を伏せ、何かを思案するように指先を組んだ。その沈黙は短いものだったが、なぜか妙に重く感じられた。やがて彼女はゆっくりと顔を上げ、静かな声で口を開いた。


「カズーさん、これは……ケイシアの家族の問題なんです」


 その言葉の響きに、オレは自然と背筋を伸ばす。シルエリアは淡々と、しかし慎重に言葉を選ぶように続けた。


「ケイシアが物心ついたときには父親がいませんでした。母親と二人きりで暮らしてきました。ケイシアは生まれつき耳が聞こえませんでしたが、母親はとても熱心に、愛情深く育てていたそうです。表情で語りかけ、時間を惜しまず寄り添って……ケイシアも、そんな母親を心から慕っていました」


 その情景が自然と頭に浮かぶ。音のない世界で、母と子が寄り添いながら生きてきた日々。耳の聞こえない子供を育てる苦労は、オレの想像を遥かに超えているだろう。


 オレは思わず問い返していた。


「……今は、慕っていないと?」


 シルエリアは小さく首を横に振る。


「いいえ。ケイシアの気持ちは、きっと今も変わっていません。ただ……状況が変わったのです」


 一瞬、間を置いてから彼女は続ける。


「ケイシアが成人した後、母親は再婚しました。そして、新しい命を授かり、子供を産んだのです」


(なるほど……)


 胸の奥で、何かが静かに腑に落ちる感覚があった。ケイシアがいつもどこか寂しげで、人混みの中でも少し距離を置いているように見えた理由。それは、単なる性格ではなかったのかもしれない。


「母親は、新しい子供が生まれてから、あまりケイシアに会っていないようです」


 シルエリアの声は変わらないが、その目にはわずかな憂いが滲んでいる。


「今のケイシアは……ほとんど一人で過ごしています」


 その言葉が、胸に刺さる。


 そして、シルエリアはまっすぐにオレの方を向いた。


「カズーさん。ケイシアと、友達になってくれませんか?」


(……!)


 予想もしなかった言葉に、思考が一瞬止まる。


(い、いきなりオレに振られた!?)


 内心で動揺しながらも、オレは慌てて言葉を選んだ。


「あ、はい。もちろんです。私は……もう友達だと思っています」


 そう答えると、シルエリアはほっとしたように、柔らかな笑顔を浮かべた。


「それなら良かったわ」


 そして、まるで思い出したようにシルエリアは言葉を続ける。


「明後日、収穫祭があります。ケイシアを誘って来なさい。とても楽しいお祭りですよ」


(断る理由はないな)


「お誘いありがとうございます。行かせて頂きます」


 そう答えると、シルエリアは満足そうに頷いた。


「収穫祭は、神聖な行事です。精霊様に一年の実りへの感謝を捧げる、大切な儀式でもあります」


 彼女は少し声を弾ませながら続けた。


「そしてね、この収穫祭で踊りを共にした男女は、幸せになると言い伝えられているのです。ですから……あなたも、ケイシアと踊ることを許しましょう」


(……どういう事だ?)


(この長老、何か勘違いしているじゃないか?)


 内心の動揺を隠しながら、オレは無難な返事を選ぶ。


「ケイシアは友達ですので……これからも仲良くしたいと思っています」


 するとシルエリアは、意味ありげな笑みを浮かべて切り返してきた。


「友達から恋人になることは、よくあることですよ」


 そう言って、楽しそうに締めくくる。


「では、収穫祭で」


 こうして話は終わった。


 そしてオレは学ぶ。


〈果物は熟れてからが良い〉


 と言うことを。

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