13話 意思疎通
最近、ケイシアが、オレの借りている家に頻繁に顔を出すようになった。
その理由は、ほぼ間違いなくシャムだ。
オレとシャムはいつも通り、朝の集会場で簡単な朝食を済ませ、まだ少し冷たい空気の中を並んで家へと戻った。木造の家々の隙間を抜けるように歩いていると、遠くからでもすぐに分かる人影が見えた。
玄関の前に、ケイシアが立っていたのだ。
(今日もか……)
そう思いつつも、どこか悪い気はしない。シャムも既に気付いたのか、尻尾をピンと立てて足取りが軽くなっている。
「ケイシアさん、おはよう」
オレが声をかけると、ケイシアは少し驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかな笑顔を浮かべて小さく頷いた。朝日に照らされたその笑顔は、どこか安心感がある。
「どうぞ、ケイシアさん」
オレが扉を開けて中へ招くと、ケイシアは一瞬ためらうように足を止め、それから静かに中へ入ってきた。相変わらず遠慮がちだが、その仕草ももう見慣れてきた。
ケイシアは背負っていた鞄を下ろし、口を開けると、中から小さな魚を数匹取り出した。銀色の鱗がまだ濡れて光っている。
(新鮮そうだな。今朝獲ったばかりだろうか?)
「魚ニャ!」
その瞬間、シャムが弾かれたように飛びついた。小魚に齧り付き、幸せそうに喉を鳴らしている。
(嬉しそうだな……シャムも、ケイシアも)
ケイシアはしゃがみ込み、魚を食べるシャムの頭を優しく撫でている。その表情は穏やかで、まるで家族を見るような目だった。
最近、オレはケイシアと会話を試みている。
オレもケイシアも言葉は通じないし、手話も知らない。だが、不思議なことに、身振り手振りだけでも意外と意思疎通は出来るものだった。
オレはケイシアを指差し、それから両手を前に出して軽く眉を上げ、手の平を上に向ける。
「ケイシアは、これからどこ行くの?」
するとケイシアは、迷うことなく弓を引く仕草をした。
(弓の練習か)
オレも自分を指差し、同じように弓を構えるジェスチャーをする。
「オレも弓の練習に行くよ」
するとケイシアは、自分を指したあと、手の平をオレの方へ差し出した。
(……教えてくれるってことか?)
オレは軽く頷き、にこっと笑顔を向ける。
「ありがとう」
ケイシアも、同じように笑顔で応えてくれた。
(ちゃんと会話が出来てるな。……中々、楽しい)
「シャムも行くか?」
「行くニャ!」
(完全に、餌で飼い慣らされている……)
こうしてオレは、ケイシアとシャムを連れて弓の練習場へ向かった。
実は、オレには今日どうしても試したいことがあった。
度重なる魔物討伐のおかげで、オレの弓兵のレベルはいつの間にか20に到達していた。
レベル10で覚えた《盾》のスキルは、弓を使う以上どう考えても両手が塞がるため、正直言って使い道がない。
(完全に捨てスキルだ……)
だが、レベル20で手に入った新スキルは違う。
《三連射》――矢を三度、連続で放つ技。
(格好いい!)
弓の練習場に到着すると、いつも通り、子供たちが使っている的よりも前方、距離10メートルの位置に立つ。
ケイシアは約束通り、オレのすぐ横に立ち、構えや姿勢を静かに観察していた。
「シューー……」
放たれた矢は、無情にも的を外れる。
(いきなりか……)
焦って次の矢を番えた瞬間、ケイシアがそっとオレの肘に触れ、わずかに位置を下げた。
言葉はないが、その意図ははっきりと伝わる。
そのまま矢を放つ。
「シューー……パン!」
矢は的の中央付近に突き刺さった。
(良かった……)
その後も黙々と矢を射続け、気付けば20本ほど放っていた。結果は相変わらず、当たるのは半分程度だ。
(だが、今日は違う……!)
オレは矢筒から三本の矢を同時に取り出す。
(必殺のスキルを試す!)
「三連射!」
そして、立て続けに矢を放った。
「どうだ!」
「シューーー……、シューーー……、シューーー……」
――結果は惨憺たるものだった。
三本とも、まるで意思を持ったかのように、的とは全く違う方向へ飛んでいく。
振り返ると、ケイシアが明らかに怒った表情でこちらを見ていた。
(……やり過ぎた)
オレは素直に眉と首を下げる。
「ごめん」
ケイシアは一瞬驚いたように目を丸くし、それから小さく息を吐いた。
その時、オレは改めて理解した。
それは弓の技術よりも、今日一番の収穫だったのかもしれない。
そしてオレは学ぶ。
〈言葉が無くても意思疎通は出来る〉
と言うことを。




