12話 ある狩猟の日
ケイシアは、喋ることが出来ないが、不思議なことに、こちらの言っていることはきちんと理解しているようだった。
オレが注意深く観察していると、ケイシアは会話の最中、必ず相手の口元をじっと見ている。視線は逸らさず、言葉が紡がれるたびに、口の形や動きを逃すまいとするかのようだ。
(……読唇術のようなものだろうか)
この異世界には、少なくともオレの知る限り、手話のような体系化された意思疎通の方法は存在しない。
筆談という手段も、紙やペンが貴重品である以上、気軽に使えるものではない。
だからこそ、ケイシアは相手の口の動きや表情、仕草から意図を読み取っているのだろう。
だが、それだけでは説明がつかない点もある。
ケイシアは幼い頃から耳が聞こえないと聞いた。つまり、音としての「言語」を学習する機会が無かったはずだ。
(ということは……)
彼女は言葉を“音”としてではなく、“形”や“動きのパターン”として認識しているのではないだろうか。
さらに言えば、表情の微細な変化や視線、身振り手振りも含めて、相手の意図を総合的に読み取っているのかもしれない。
(……凄い技術だ)
感心せずにはいられなかった。
―――狩猟の日。
森には朝の冷たい空気が残り、土と葉の匂いが濃く漂っている。
鳥の声と風に揺れる木々のざわめきが、狩りの舞台を整えていた。
ケイシアは、待ち伏せチームに参加している。
軽装ながらも、弓と矢を携え、静かに配置につく姿は、まるで森の一部のように自然だった。
一方、オレは監視チームの中にいる。
魔物が現れた際に対処するのがオレの役目だ。シャムも一緒に来ており、今はオレのバックパックの中で丸くなっている。
(まだ、オレの弓では狩猟は出来ない……)
自嘲気味にそう思いながら、周囲に気を配る。
やがて、いつものように追い立てチームが動き出した。
犬たちの鋭い鳴き声と足音が森に響き、獲物を狩場へと追い込んでいく。
狩場には、待ち伏せチームが等間隔で配置されている。
緊張感が張り詰める中、獲物が姿を現す瞬間を待つ。
やがて、ケイシアの正面に、鹿が飛び出してきた。
疾走する鹿の蹄が地面を蹴り、枯れ葉が舞う。
その一瞬を、ケイシアは逃さなかった。
彼女は音もなく弓を構え、滑らかな動作で矢を番える。
呼吸を整え、迷いのない目で狙いを定め――そして放った。
「シューーーー……グサ!」
空を切る矢の音の直後、鈍い感触音が響いた。
矢は鹿の急所に深々と突き刺さり、鹿はその場で力を失って崩れ落ちる。
一撃必殺だった。
他の狩猟メンバーも次々と獲物を仕留めていく。
狩りは順調に進んでいる――その時だった。
見張り役が、切迫した声でオレに叫ぶ。
「追い立てチームの背後に魔物が出た!」
オレは即座に判断し、走り出す。
背後で、シャムがバックパックから顔を出した。
「主、魔物が3匹いるニャ!」
(トレント3匹か! 多いな!)
木の魔物――鈍重だが耐久力が高く、油断すると甚大な被害を出す相手だ。
「シャム! 獣をテイムして、魔物を牽制出来ないか!?」
「わかったニャ! やってみるニャ!」
シャムは周囲を素早く見渡し、意識を集中させる。
「……いたニャ!」
小さくそう呟き、スキルを発動する。
「テイム!」
ほどなくして、褐色の毛並みを持つ狼が1頭、森の中から姿を現し、こちらへ駆け寄ってきた。
狼はオレと並走しながら、魔物のいる方向へと向かう。
そこには、シャムの言う通り、3匹のトレントがいた。
太い幹に枝をうねらせ、不気味な存在感を放っている。
オレは先制攻撃を仕掛ける。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
炎の刃が舞い、トレントの枝を切り裂く。
燃え盛る矢が幹に突き刺さり、火球と土球が直撃して爆ぜた。
(トレントには、この魔法のコンボが一番効果があるようだ)
オレは間髪入れずに、再び詠唱する。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
その間、テイムされた狼が素早い動きでトレントの周囲を走り回り、注意を引きつける。
だが、その2匹のトレントが、オレを狙って動き出した。
(狼は速い。攻撃が当たらないから、オレに狙いを定めたのか!?)
「シャム! 3匹は相手出来ない! 一旦引くか!?」
すると、シャムが叫ぶ。
「主、待ってニャ! 新しいスキルを使うニャ!」
「ストレングス!」
シャムの声と同時に、狼の身体が赤いオーラに包まれた。
(強化スキルか!)
次の瞬間、赤いオーラを纏った狼がトレントに突撃する。
「ドーーン!」
激突音と共に、1匹のトレントが倒れ、隣のトレントの進路を塞いだ。
(なんて突撃だ!)
オレは、この好機を逃さない。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
集中砲火を浴びたトレントが霧散する。
(先ずは1匹!)
続けて、もう1匹に標的を切り替える。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール! サンドボール!」
強化された狼の牙と爪が、木の身体を容赦なく引き裂く。
(強化された獣は、こんなに強いのか!?)
トレントは悲鳴のような音を立てて崩れ、消えていった。
最後の1匹も、起き上がる前に至近距離から魔法を叩き込み、完全に消滅させた。
(3体討伐完了!)
その瞬間、狼を包んでいた赤いオーラが消え、狼は静かに森の奥へと去っていった。
「シャム、大丈夫か?」
「疲れたニャ……」
ゲームシステムのメニューでステータスを確認すると、シャムのMPは0になっていた。
(MP切れでテイムが解けたようだ)
狩猟メンバーたちが、心配そうにこちらへ集まってくる。
「大丈夫か?」
「あぁ、魔物は討伐した」
その中に、ケイシアの姿もあった。
彼女はオレの方へ近づいてくる。
(……何だ? 近いな)
そう思った次の瞬間、ケイシアは手を伸ばし、オレのバックパックの中でぐったりしているシャムをそっと抱き上げた。
疲労で抵抗する力も無いシャムは、そのままケイシアの腕の中に収まる。
ケイシアは、慈しむようにシャムを抱きしめ、優しく頭を撫で始めた。
シャムはされるがままだ。
(……また一人、猫好きが現れた)
そしてオレは学ぶ。
〈エルフも猫が好き〉
と言うことを。




