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異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 渇望を求めて〜  作者: カズー
第三章

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11話 練習場

 朝食を終え、まだ胃の奥に温かさが残っているうちに、オレは弓の練習場へ向かうことにした。

 そう決めたのは、狩猟リーダーのエンダールからもらった一言が、やけに頭に残っていたからだ。


「弓が上手くなるには、毎日練習する必要がある」


 簡単な言葉だが、妙に重みがあった。

 才能だのセンスだのではなく、「毎日」という積み重ね。その地道さこそが、弓を扱う者に必要なのだと、あの男は知っているのだろう。


 練習場に到着すると、予想以上に人が多くて驚いた。

 弓を引く音、矢が空気を裂く音、的に突き刺さる乾いた衝撃音。それらが一定のリズムで重なり、広い練習場全体を満たしている。


(今日は、ずいぶん賑やかだな……)


 どうやら昨日が何か特別な日だったらしく、その影響で皆、気合が入っているようだった。


 練習場自体はかなりの広さがあり、的も距離ごとにいくつも並んでいる。場所自体にはまだ余裕があるが、それでも何となく、暗黙のルールのようなものが存在している気がした。


 練習を終えて戻ってきたエルフの男性に、思い切って声を掛ける。


「すみません。私は弓の初心者なのですが、この練習場には何か決まり事とかあるのでしょうか?」


 彼は一瞬きょとんとした後、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。


「特に無いよ。強いて言えば……奥の方は上級者、手前は初心者って感じかな」


 なるほど、とオレは周囲を見回す。

 確かに、手前には子供のエルフたちが多く、小さな体で懸命に弓を引いている。一方、奥の方では大人のエルフたちが、まるで儀式のように静かな動作で矢を放っていた。


 距離もまるで違う。

 奥の上級者たちは、100メートル以上離れた的を狙い、手前の子供たちは20〜50メートルほどの距離だ。


 ふと、奥の方に見慣れた姿を見つける。

 今日も、ケイシアが弓の練習をしていた。


 彼女はちょうど休憩中だったらしく、こちらの視線に気づいたようだ。

 オレは軽く手を上げて挨拶をすると、彼女もまた、控えめに手を上げ返してくれた。


 さて、どこで練習するべきか――。


 昨日はケイシアに連れられて、10メートルの位置から矢を射った。

 だが、そこには子供たちしかいない。というより、10メートルで練習している子供すら、実際にはいない。


(……うーん)


 一瞬迷ったが、オレは決断する。


(決めた!)


 上級者と子供たちの中間あたり。

 80メートルほどの位置に立つことにした。


(ここなら、ちょうど良いだろう……)


 そう思って場所に着いた瞬間だった。


 鋭い視線――いや、明確な殺気を感じた。


 振り向く間もなく、ケイシアが一直線にこちらへ歩いてくる。

 何も言わず、彼女はオレの腕を掴むと、そのまま有無を言わせぬ力で引っ張った。


 連れて行かれた先は、子供たちが練習しているエリア。

 しかも、彼らよりもさらに的に近い、10メートルの位置だった。


 周囲の子供たちが、一斉にこちらを見る。


「なんだ、このおじさん、ここでやるのか!」


 笑い声が上がる。


(恥ずかしい……)


 だが、ケイシアは腕を離さない。

 その無言の圧に、オレは観念し、10メートルから練習を始めることにした。


 ケイシアは、オレのすぐ横に立ち、じっと構えを見ている。


「シュー!」


 放った矢は、見事に明後日の方向へ飛んで行った。


 爆笑が起こる。


「何だあれ!」 「下手くそだ!」 「は、は、は、は!」


(しまった……)


 型に集中せず、周囲を気にして射ってしまった。

 恥ずかしさと同時に、冷や汗が背中を伝う。


(この腕で遠くから射っていたら……誰かに怪我をさせていたかもしれない)


 オレは、心からケイシアに感謝した。


 彼女を見ると、次の矢を番えるのを待っているようだった。


 深呼吸を一つ。

 弓を構え、矢を番える。


 すると、ケイシアがそっとオレの腕に触れ、位置を修正する。


 ――静かだ。


 周囲の音が遠のき、意識は的だけに集中する。


「シューー……パン!」


 矢は、真っ直ぐ的に突き刺さった。


 子供たちから拍手が起こる。


「パチパチパチパチ!」


(こんな近くで、拍手されるのは……正直、恥ずかしい)


 だが、オレは初心者だ。

 笑われようと、拍手されようと、練習するしかない。


 それからも、オレはこの位置から射ち続けた。

 命中率は相変わらず半分ほどだが、先ほどのように全く違う方向へ飛ぶ矢はなくなっていく。


 そんな中、子供の一人がケイシアのもとへ駆け寄った。


「ケイシア、私の弓も見て」


(……あれ?)


 オレは、彼女が耳が聞こえないと聞いていた。

 どうやって通訳するべきか考えたが、そんな心配は不要だった。


 ケイシアはその言葉を理解したかのように頷き、子供のもとへ向かう。

 矢を射る様子を見て、間違った型を丁寧に直していた。


(言葉が、わかるのか……?)


 さらに他の子供たちも集まってくる。

 彼女は一切話さないが、子供たちの言葉を理解している様子だった。


 やがて、せがまれるままに、ケイシアは試し射ちを始める。


(……綺麗だ)


 無駄のない動き。

 理想的な型。


「シューー……パン!」


 矢は、的のど真ん中を射ち抜いた。


 喝采が上がる。


「ケイシア凄い!」 「綺麗、ケイシア!」 「可愛い!!」


 オレも、心の中で同じことを思っていた。


(本当に……綺麗な型だ)


 その後休憩をするのか、ケイシアは子供たちを連れて木製の長椅子に腰掛け、鞄から果物を取り出した。

 子供たちは慣れた様子で並び、一人ずつ受け取っていく。


「ありがとう!」 「いつもありがとう!」


 彼女は、一人一人に微笑み返す。


(……天使の笑顔だ)


 見惚れていると、近くの男の子がオレに言った。


「お前も貰っていいんだぞ!」


(そんなに欲しそうな顔、してたか……?)


 苦笑いしていると、ケイシアが果物を一つ差し出してきた。


(受け取ってしまった……完全に子供枠だ。これは威厳が危ない)


 オレはアイテムボックスを確認する。


(……あった)


 【ビスケットが入った袋】

 以前、鉱山都市の冒険者ギルドで女性スタッフから貰ったものだ。


 オレはビスケットを取り出し、子供たちに配り始めた。


「皆、お菓子だよ」


「何だこれ!美味いぞ!」


 あっという間に列ができる。


「まだあるから、落ち着いてな」


 全員に配り終えた……と思ったら。


 最後尾に、ケイシアが並んでいた。


(……欲しいのか?)


「ケイシア、どうぞ」


 そう言って渡すと、彼女は満面の笑顔を向けてくれた。


 そしてオレは学ぶ。


〈意思疎通に言葉は要らない〉


 と言うことを。

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