11話 練習場
朝食を終え、まだ胃の奥に温かさが残っているうちに、オレは弓の練習場へ向かうことにした。
そう決めたのは、狩猟リーダーのエンダールからもらった一言が、やけに頭に残っていたからだ。
「弓が上手くなるには、毎日練習する必要がある」
簡単な言葉だが、妙に重みがあった。
才能だのセンスだのではなく、「毎日」という積み重ね。その地道さこそが、弓を扱う者に必要なのだと、あの男は知っているのだろう。
練習場に到着すると、予想以上に人が多くて驚いた。
弓を引く音、矢が空気を裂く音、的に突き刺さる乾いた衝撃音。それらが一定のリズムで重なり、広い練習場全体を満たしている。
(今日は、ずいぶん賑やかだな……)
どうやら昨日が何か特別な日だったらしく、その影響で皆、気合が入っているようだった。
練習場自体はかなりの広さがあり、的も距離ごとにいくつも並んでいる。場所自体にはまだ余裕があるが、それでも何となく、暗黙のルールのようなものが存在している気がした。
練習を終えて戻ってきたエルフの男性に、思い切って声を掛ける。
「すみません。私は弓の初心者なのですが、この練習場には何か決まり事とかあるのでしょうか?」
彼は一瞬きょとんとした後、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。
「特に無いよ。強いて言えば……奥の方は上級者、手前は初心者って感じかな」
なるほど、とオレは周囲を見回す。
確かに、手前には子供のエルフたちが多く、小さな体で懸命に弓を引いている。一方、奥の方では大人のエルフたちが、まるで儀式のように静かな動作で矢を放っていた。
距離もまるで違う。
奥の上級者たちは、100メートル以上離れた的を狙い、手前の子供たちは20〜50メートルほどの距離だ。
ふと、奥の方に見慣れた姿を見つける。
今日も、ケイシアが弓の練習をしていた。
彼女はちょうど休憩中だったらしく、こちらの視線に気づいたようだ。
オレは軽く手を上げて挨拶をすると、彼女もまた、控えめに手を上げ返してくれた。
さて、どこで練習するべきか――。
昨日はケイシアに連れられて、10メートルの位置から矢を射った。
だが、そこには子供たちしかいない。というより、10メートルで練習している子供すら、実際にはいない。
(……うーん)
一瞬迷ったが、オレは決断する。
(決めた!)
上級者と子供たちの中間あたり。
80メートルほどの位置に立つことにした。
(ここなら、ちょうど良いだろう……)
そう思って場所に着いた瞬間だった。
鋭い視線――いや、明確な殺気を感じた。
振り向く間もなく、ケイシアが一直線にこちらへ歩いてくる。
何も言わず、彼女はオレの腕を掴むと、そのまま有無を言わせぬ力で引っ張った。
連れて行かれた先は、子供たちが練習しているエリア。
しかも、彼らよりもさらに的に近い、10メートルの位置だった。
周囲の子供たちが、一斉にこちらを見る。
「なんだ、このおじさん、ここでやるのか!」
笑い声が上がる。
(恥ずかしい……)
だが、ケイシアは腕を離さない。
その無言の圧に、オレは観念し、10メートルから練習を始めることにした。
ケイシアは、オレのすぐ横に立ち、じっと構えを見ている。
「シュー!」
放った矢は、見事に明後日の方向へ飛んで行った。
爆笑が起こる。
「何だあれ!」 「下手くそだ!」 「は、は、は、は!」
(しまった……)
型に集中せず、周囲を気にして射ってしまった。
恥ずかしさと同時に、冷や汗が背中を伝う。
(この腕で遠くから射っていたら……誰かに怪我をさせていたかもしれない)
オレは、心からケイシアに感謝した。
彼女を見ると、次の矢を番えるのを待っているようだった。
深呼吸を一つ。
弓を構え、矢を番える。
すると、ケイシアがそっとオレの腕に触れ、位置を修正する。
――静かだ。
周囲の音が遠のき、意識は的だけに集中する。
「シューー……パン!」
矢は、真っ直ぐ的に突き刺さった。
子供たちから拍手が起こる。
「パチパチパチパチ!」
(こんな近くで、拍手されるのは……正直、恥ずかしい)
だが、オレは初心者だ。
笑われようと、拍手されようと、練習するしかない。
それからも、オレはこの位置から射ち続けた。
命中率は相変わらず半分ほどだが、先ほどのように全く違う方向へ飛ぶ矢はなくなっていく。
そんな中、子供の一人がケイシアのもとへ駆け寄った。
「ケイシア、私の弓も見て」
(……あれ?)
オレは、彼女が耳が聞こえないと聞いていた。
どうやって通訳するべきか考えたが、そんな心配は不要だった。
ケイシアはその言葉を理解したかのように頷き、子供のもとへ向かう。
矢を射る様子を見て、間違った型を丁寧に直していた。
(言葉が、わかるのか……?)
さらに他の子供たちも集まってくる。
彼女は一切話さないが、子供たちの言葉を理解している様子だった。
やがて、せがまれるままに、ケイシアは試し射ちを始める。
(……綺麗だ)
無駄のない動き。
理想的な型。
「シューー……パン!」
矢は、的のど真ん中を射ち抜いた。
喝采が上がる。
「ケイシア凄い!」 「綺麗、ケイシア!」 「可愛い!!」
オレも、心の中で同じことを思っていた。
(本当に……綺麗な型だ)
その後休憩をするのか、ケイシアは子供たちを連れて木製の長椅子に腰掛け、鞄から果物を取り出した。
子供たちは慣れた様子で並び、一人ずつ受け取っていく。
「ありがとう!」 「いつもありがとう!」
彼女は、一人一人に微笑み返す。
(……天使の笑顔だ)
見惚れていると、近くの男の子がオレに言った。
「お前も貰っていいんだぞ!」
(そんなに欲しそうな顔、してたか……?)
苦笑いしていると、ケイシアが果物を一つ差し出してきた。
(受け取ってしまった……完全に子供枠だ。これは威厳が危ない)
オレはアイテムボックスを確認する。
(……あった)
【ビスケットが入った袋】
以前、鉱山都市の冒険者ギルドで女性スタッフから貰ったものだ。
オレはビスケットを取り出し、子供たちに配り始めた。
「皆、お菓子だよ」
「何だこれ!美味いぞ!」
あっという間に列ができる。
「まだあるから、落ち着いてな」
全員に配り終えた……と思ったら。
最後尾に、ケイシアが並んでいた。
(……欲しいのか?)
「ケイシア、どうぞ」
そう言って渡すと、彼女は満面の笑顔を向けてくれた。
そしてオレは学ぶ。
〈意思疎通に言葉は要らない〉
と言うことを。




