『鏡の森』
とりあえず読んでみてください。
Ⅰ
気づけば、
私は 森の中にいた。
いつから そこにいたのかは
思い出せない。
ただ、
森は 私の名を 知っていた。
Ⅱ
風が吹くたび、
音もなく 葉が揺れ、
私の輪郭も また 揺れていた。
いくつもの私が、
枝の間を 漂っていた。
Ⅲ
ひとつの貌が
私を 見ていた。
けれどそれは、
私の知らない 私の顔だった。
光のせいだと 思った。
森の構造が 歪んでいるのだと。
そうでなければ、
私の感覚が 壊れてしまう。
Ⅳ
けれど、
どこへ行っても
その貌は 私を 見つめていた。
声にならない
まなざしのように。
Ⅴ
空気に 波紋が 広がる。
声ではないが、
胸の奥に 届くものが あった。
見えないものは、
見ないふりをしても 消えない。
ただ、
かたちを変えて
静かに 沈んでゆく。
Ⅵ
私は 立ちどまり、
目を 閉じた。
風がやみ、
森は しずかに なった。
一枚の葉が
音もなく 落ちた。
それは、
私のなかで 眠っていた
記憶の ひとかけらだった。
Ⅶ
そして私は、
また 歩きはじめた。
夢から さめるように
あるいは 夢へ もどるように。
森の奥へ、
私の知らない 私に 向かって。
読んでくださった方々、ありがとうございました。




