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真実の愛を叫んだ貴方と、男爵令嬢の私

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

 最初に、私たちは契約を交わしました。傲慢と名高い王女殿下につきまとわれるのを止める手伝いをしてくれたら、我が男爵領に惜しみのない支援をするという契約を。

 ……えぇ、今考えたらなんと幼稚で浅慮だったのだろうと思います。ですが藁にも縋る想いだったのです。我が男爵領は豪雨で川が氾濫し、民家も押し流され困り果てていたのです。

 お金が、ほしかったのです。


 だから私、彼を愛する気なんて微塵もありませんでした。身分が違い過ぎますし、期間限定だと分かっていましたから。

 我が家にその話がやって来た時。誰もが理解しましたのよ。あぁ、男爵である我が家を選んだのは後腐れなくするためだって。私は長女だけどその前にお兄様の妹であって、家を継ぐ必要がないことも関係しているのでしょう。

 心に堅く誓いました。愛してなるものか、と。だけど酷いんです。王女殿下を退けるための作戦をご存じ?


 そう! 『貧乏な男爵令嬢に傾倒する頭の足らない侯爵子息』なんて脚本を組み立てたんです。

 腰を抱かれて、いつも惜しみのない言葉と甘い視線。あの人は自らを戒めた私の夜を知らないのでしょう。脚本通りにしなければいけないのに、私は段々それができなくなっていきました。

 私は脚本の中では一時共闘しただけのモブですのに。


 今は覚えてないような理由を並べ、何度も彼とデートを重ねました。

 王都の図書館に連れて行ってもらった時は、とても楽しかったんです。肩をくっつけて本を読んで、好きな本を教えてもらって。夕日が図書室に差し茜に満ちて、思わず彼の袖を掴んでしまいそうになりました。


 我が領が復興した際には、お祝いと称してオレンジの実がなる苗木を持ってきてくださいました。以前、王女殿下が屋敷にも突撃してくると悩んでいたので、来ると目星をつけた日に彼の屋敷でお茶会をしたのです。屋敷になるオレンジの実を私が何度も美味しいと言ったのを記憶していたのでしょう。

 私は苗木を侍女に受け取らせながら、頬を紅潮させて喜びました。喜ぶ、フリをしました。


 きっと彼からの施しだったのでしょう。契約満了した後も、私が美味しいと言ったオレンジを食べれるようにという。希少種という話でしたから。

 ……美味しかったのは、彼がいたからですのに。


 いつの間にか、彼は元気の源のような存在にまで心の中で肥大化していきました。

 王女殿下に付き従う女生徒は数多くいました。物を隠されたり、足を踏まれたり。辛いことは多くありましたがその度に彼が庇ってくれるので、同時に仄暗い喜びも感じていたのです。

 

 ――そして、タイムリミットはやって来ました。

 王女殿下が学年末に行われるパーティーで、勝手に王命を出して私たちが婚約破棄するようにと命じてきたのです。

 そんな横暴が許されるわけもありません。他の生徒からは顰蹙を買い、彼も反論なさいました。王女殿下はそれでもなにか叫んでおりましたが、彼が「愛しているのは彼女だ」真実の愛を叫ぶと同時に騎士たちに取り押さえられ連れて行かれました。

 国王陛下にも話が行ったのでしょう。



 こうして、結局彼を諦めきれなかった王女殿下の暴走で、私たちの約二年の契約は無事満了となりました。

 喪失感。心が壊れてしまいそうでした。

 パーティーが終わり。彼に最後会いたかったんです。どこかの部屋で彼は数人の生徒たちと談笑していました。私に別れを告げ、どこかに行ってしまった彼も惜しんでいるのではと勝手に思っていただけに少しだけ胸が痛くて。


 それ以上に、彼が発する言葉すべてに目を疑いました。


「あの子と結婚するんだろう?」

「まさか。王女殿下を避けるためだけの存在だよ。……そうでなければ、あんな女性、選ばない」


 彼の周りにいる方々は困っているようでした。先ほどのパーティーでは王女殿下に進言し、学園でも私に気を遣ってくださった正義感の強い彼らにとっても居心地の良い話ではなかったのでしょう。


 せせら笑う彼に、男子生徒が冷笑を送ります。


「そんな言い方ないだろう。どうしたんだ、普段はそんなこと言う奴じゃないだろう」

「ふん。家の復興のためと契約を結んだくせに、私に恋情を持つような彼女に尽くす言葉はない」


 カッと頬が熱を持ちました。

 怒りではありません。見透かされていたと恥ずかしくなったのです。


 それ以来、家に引きこもってしまいました。


 一週間ほど経ち。お父様が私に一つの縁談を持ってきました。その時にようやく、世間を知ろうと思うくらい視野が広がり。

 彼が悪人として社交界で噂になっている話を聞きました。


◇◇◇


「――どうしてその話を僕に? 一応婚約者候補ですよ?」


 おどけたように言う彼に、私は微笑んだ。

 長い長い話にも真摯に耳を傾ける彼は、とても良い人だ。おかしくってクスクス笑う。


「だって、レイゼン様なのでしょう? 貴方が私に婚約を申し込んだ理由は」


 私の想い人――レイゼン様はどうやら、とても不器用な人らしい。自らの悪評を立て、私に非なんてなかったと思わせるなんて。

 目の前に座る彼を、一度だけ見たことがある。将来レイゼン様に仕える従者、ファメント伯爵子息だ。屋敷で一度だけすれ違った。

 最初は瓶底めがねをかけていた彼と目の前にいる端正な顔の彼が繋がらなかったけど、それはどうでも良かった。


 私の下に彼をこさせたのはレイゼン様だという自信があったから。だからお茶会にも応じた。


 じっと見つめれば、観念したように首を振った。


「いやはや、ご慧眼、と呼ぶべきでしょうか。いつからお気づきになられていたのですか?」

「引きこもったせいで随分と遅くなってしまいましたが、気づきますわ。だってレイゼン様、真面目過ぎます。悪評を立てすぎて、謹慎中の王女殿下から手紙が来たんですよ? 『私たち、仲間なのね』と」

「おや、あの方には反省という言葉はないようですね」


 婚約申し込んだファメント伯爵子息からの手紙と共に、両親から手渡された手紙の山。両親が適当な理由をつけ手紙を代筆してくれたようだが、数多くの茶会への招待状があった。


「私が困らないように、自分が犠牲になんて……優しすぎます」

「どうでしょう。かっこつけたがりなだけですよ。僕が保証します」

「あら」


 それで。額を突き合わせる。


「彼は今どこへ?」

「今夜も夜会へ。どデカい一花を咲かせてくるとおっしゃっていました」

「まぁ。それは是非とも止めなければなりませんね」

「えぇえぇ」


 ぐっと拳を握る。決意は決まった。彼はそっと微笑む。


「良かった。これ以上は殴ってでも止めようと思っていたのですが、平和的解決を望めそうで」

「あら? 平和的解決は無理かもですよ」


 え。口をぽかんと半開きにする彼に笑う。


「どかんとかましてやりましょう」

 彼が吹いた。釣られて私も笑う。


 暫く笑い合ってから、彼はなんというか不屈の精神って感じですねぇと涙を拭った。


「そうですね。男爵令嬢とは言っても、領民と一緒にど根性で解決してきましたから」


 だから言葉も、油断すれば淑女らしくないのが出てきてしまう。

 ふと、俯いてドレスを握りしめた。


「……でも、ど根性だけではどうにもならないことも知りました。あの時は色んな対応に追われ東奔西走という感じで、皆疲弊しきっていて……」


 誰も助けてはくれなかった。仲が良かった貴族も、我が領ほどではないが被害が出て支援なんて言うことすら憚られた。

 そんな時、彼が来た。

 騎士やお金、色んなことを緻密に計算し支援してくれた。心が解れるのが分かった。この人が好きだと。


「でもやっぱり、ど根性も時には大事だと思います。それを、彼に伝えたくなったんです」


 

 

 夜会では、レイゼン様がいそいそとしていた。また自身の悪評を高めてきたのだろう。今は勝利の余韻に浸っているようだ。


 だから私は堂々と、ホールの中央を歩いた。貴方の菫色のドレスを纏って。皆の注目を集めるために。

 人の視線が伝播するように私に向けられていく。彼が最後の一人。手に持ったシャンパンがするりと床に落下した。


「フェリシア……。いや、メークレン男爵令嬢、なにか用か?」

 無理してる無理してる。そんな雑な言葉遣い、一番嫌っていたのに。


「ごきげんよう。今日私は、」


 淑女失格、そんなの上等。


「――真実の愛を叫びに来ました」


 声を張る。皆に聞こえるように。


「災害で我が領が困難に陥っている時に彼が来てくれたのが馴れ初めです! 王子様来たかと思いました、あまりにも一目惚れです!」

「な……!」


 一瞬でレイゼン様の顔が朱に染まった。ワタワタ口を塞ごうとしてくるが、ひらりと躱す。


「毎日好きが増えていきました! 唯一恨んでいる所は、契約で結ばれた婚約なのにと悩んで睡眠不足にさせられたことです!」


 皆が私を見定めている。緊張で唇を舐めた。


「私は彼を愛しています。だから私への悪口を聞いた時、とても悲しかった。けど後になって気づきました。わざとやっていると」


 もしかしたら、誰もが彼に思う所があったのかもしれない。だからホールはこんなにも静まり返っている。真実を聞くために。


 私はレイゼン様の両手を取った。いつもみたいに。


「愛しています。もう一度、私の婚約者になってほしいです」

「…………」


 ポツリ。言葉が零れた。


「君を、学園で見たことがあった。本をよく読んでいて、真面目な人だと思った。だから契約を持ちかけた」

「はい」


 頷く。


「穏やかな子で、いいなって思ってて……一緒にいる度に、楽しかった。だけど君の気持ちを無視してそんなこと、駄目だと自分を戒めたんだ」

「え? 私が貴方に好意を抱いていて気持ち悪い、みたいなこと言ってませんでしたか?」

「悪評を立てるためのでっち上げだよ。そんな奇跡、ないと思っていたから」


 じわじわと頬に熱が集まる。好き。言葉の破壊力に、脳が痺れた。

 気持ちが溢れて、慌てて下を向く。必死に言葉を紡いだ。


「春が来たら、オレンジが花をつけます。もう少ししたら、実をつけます。……もし樹が枯れてしまっても、ずっと一緒に、いてくださりませんか?」


 返事はなく。崩れ落ちるように、レイゼン様に抱きしめられた。周囲から息を呑む音が広がり、次いで割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 顔が赤くなった。覆いかぶさる彼のお陰でそれは誰にも露呈しなかったが。

 さすがに抱きしめられるのも恥ずかしくて抗議をしようと顔をそろりと上げる。


 刹那、私は一筋の彼の弱さを見た。私の頬に落ち、二つの涙が混じり合って。


「「一生、傍にいてください」」


 真実の愛は重なり、おかしくて笑いあった。

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 女性が愛の告白をする場面に最近、ハマっています。 いいですね。 大衆の面前で、愛を思いっきり叫んで。 オレンジ、見事に実をつけるといいですね。
こんなに派手なすれ違い痴話喧嘩からの元サヤ身分差カップルを見せられてしまったら、周囲の貴族は当分話題に困らないでしょうし、そのうち劇にもなりそうですねw
もう少し王子の感情の吐露が欲しかったです。 契約婚約を破棄せざるを得ないすれ違いの描写や彼女を手放さないといけない切実さ (強い男が情けなくなる様が好きな女の叫び) おかわりの要望ととらえてください…
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